オーガニック野菜の「本質」を理解している東京都町田市の住民は生ゴミをゴミ箱に捨てない。

東京の西部にある町田市は地図で見ると神奈川県に食い込むように立地していることから、「東京の盲腸」や「神奈川県町田市」と揶揄されることが少なくありません。

そんな町田市は最近では都心へのアクセスが良い街として取り上げられる機会が増えてきて、確かに快速急行に乗れば新宿から町田へは30分でアクセスできます。

しかしそれは最近の話で、それまでは快速急行は1時間に3本程度しかありませんでしたし、幹線道路もいつも渋滞しているため町田から他の街に出て行くことに対する心理的ハードルは比較的高かったのです。

そうした背景もあって、町田に住む人の多くの人はわざわざ手間をかけて他の街に出かけることを面倒に感じ、結果的に住民が町田駅前に滞在することで駅前は大きく発展することとなりました。



そして今では町田市のすぐ近くにある八王子市、相模原市、そして大和市などに住む人々が町田で買い物をすることによって、町田は都心から30キロも離れているにも関わらず、商圏人口200万人を擁する巨大な商業都市となったのです。(1)

大都市からアクセスしにくいという地理的ハンデを背負っているがゆえに、町田は他の街とは少し違った独自の発展を遂げているようで、その一つにラーメンが挙げられるでしょう。

年間約800杯のラーメンを食べ、日本一ラーメンを食べた男として有名なラーメン評論家、大崎裕史さんは町田のことを街自体が大規模なラーメン博物館のようだと述べています。(2)

町田市は、東京の都心と神奈川を結ぶところに位置するという地理的要因によって、東京と神奈川の双方からラーメンが集まるため、町田には現在のラーメンのトレンドが凝縮されているのだそうです。(3)

また、町田にあるラーメン屋は、東京の都心部や横浜といったラーメン激戦区から次々とやってくるラーメン屋と常に味の競争にさらされる運命にあり、負ければあっという間に淘汰されてしまう入れ替わりの激しい街であるため、必然的に街全体の食のレベルが底上げされることにもなります。





そんな食のレベルが高い町田では現在、ラーメンだけではなく町田で採れたオーガニック野菜が少しずつ注目されているようです。

町田の歴史を遡ってみると、町田は高度成長期に東京のベッドダウンとして宅地開発が行われ人口が大幅に増加するまでは、もともと田畑が広がる豊かな田園地帯でした。

町田市によれば、生産地と消費地との距離が近い町田では住民が日常的に質の高い農産物を食べてきた歴史があると言い、そういった意味では町田市民が食べ物の味にうるさいことは当然のことなのかもしれません。

最近では昔ながらの農家に混ざって、新規に参入した若い世代が農業に取り組むのが町田農業の特色となりつつあるようですが、町田では彼らが作った野菜を地域の中で循環させる仕組みが確立されており、それが町田農業を支えているのです。

例えば、町田駅から歩いて7分ほどのところにある「ぽっぽ町田」では毎週2回、火曜日と木曜日に町田産野菜市場が開かれており、市内10軒の農家から採れたての野菜が並び、街の中心部で新鮮な地元野菜が買えるとして大勢の人が訪れます。



さらに町田市内で18年間続くイタリアンの人気店「エルヴェッタ」ではオーナーシェフの桜井一夫さんが自ら買い付けた10種類以上もの町田野菜を使った焼き野菜や野菜のスープパスタなどが地元民に愛されているようです。

このように町田ではオーガニック野菜を始めとした質の高い農産物を循環させる仕組みが整っているのですが、オーガニックという言葉を辞書で調べてみると、そこには「生命の本質」という意味が書かれています。

それは言い換えれば、オーガニックとは人間の本質的な考え方や生き方に関わってくるライフスタイルだと言うことが出来るのかもしれません。

オーガニックと聞くと、有機栽培や健康に良い食べ物という曖昧なイメージが定着しているものの、オーガニックをとことん追求していけば最後にたどり着くのは環境問題だと言われています。

それがどういう意味かと言うと、本当に質の高い野菜を手に入れようと思えば、まずはその野菜が栽培されている農場の土から見直す必要があり、さらに言えば、その土を支えている気候にまで気を回さなければ本当に良質な野菜を作ることは出来ないということなのです。



本当に質の高い食材を求める延長線上には必ず環境問題があると言えますが、実はその環境問題に関して先進的な取り組みをしているのがオーガニック野菜の街となりつつある町田市だと言えます。

町田市は「ごみゼロ都市宣言」を行い、実際に町田市のゴミの総量は2005年度の14万4000トンをピークに2009年度には11万9000トンにまで減少しました。(4)

その結果、町田市の1人あたりの1日のゴミ量は約700グラムで、全国平均が900グラムであることを考慮すれば、1日あたり200グラム、1年間に換算すると1人あたり70キロもゴミが少ないことになります。



ゴミを捨てる際に東京23区では半透明の袋であればどんな袋でもゴミ袋に使えるでしょう。

しかし、町田市では10枚で640円のゴミ袋を購入しなければならないを制度を導入し、その結果、市民がゴミを極力出さない努力をしたことにあるようですが、その背景には1人の物理学者の姿がありました。

その物理学者とは、東京大学原子核研究所などを経て、現在は首都大学東京の理学研究科教授で理学博士の広瀬立成氏であり、町田市は広瀬氏と手を組むことで物理学の知恵を借りて環境に負担をかけずにゴミを減らす方法を模索し始めたのです。

これまで、町田市を含む全国の自治体ではゴミを焼却してきました。

それはゴミを焼却処分する方法がもっとも衛生的だと考えられているからで、冷蔵庫やごみ収集体制が十分に整備されていなかった明治12年までに、不衛生な環境が原因で伝染病が流行し、10万人以上が死亡した歴史を繰り返さないためだと言われています。(5)

また、国土の狭い日本においてゴミをそのまま埋め立てることは現実的ではないとして次々と焼却炉が作られた結果、狭い日本列島に1400基ものゴミ焼却炉がひしめくようになり、現在の日本は世界中にあるゴミ焼却場の65%以上を保有する世界一のゴミ焼却大国となったのです。(6)



日本中の家庭や職場から出るゴミの総量は1年間で5000万トンにものぼり、これは東京ドーム136個分に相当すると言われますが、それらのゴミも燃やしてしまえばそこには、わずかな灰が残るだけでそのほとんどは消えてしまったように思えます。(7)

ところが、町田市のゴミ対策に協力している広瀬氏は物理学の基本法則に「物質不滅の法則」というものがあると言い、この法則によれば、仮にゴミを燃やしてもその総量はそのままどこかに残るのだそうです。(8)

例えば、5000万トンのゴミを燃やして500万トンの灰が残れば、それを差し引いた4500万トンはガスになって大気中に拡散されたことになると言います。

そしてそのゴミを焼却して発生した4500万トンのガスには水蒸気や温暖化ガスと共にさまざまな有害物質が含まれているのだそうで、何もしなければ永久に大気中に漂うこととなり、その一部は海、土、そして植物に吸収されます。

環境省の統計によれば、こうしたゴミの処理には年間1兆8000億円、国民1人あたり約1万5千円もの莫大な税金が使われていることが分かっています。

これは言い換えれば、私たちはお金を払って農地を汚染し、さらに汚染された農地でできた野菜を食べて結果的に自分の体を自分で汚していることと変わらないのではないでしょうか。(9)

私たちが毎年大金を払いながら焼却しているゴミの内訳を見てみると、年間5000万トンのゴミの内、約43%ものゴミが生ゴミであることが環境省の調べで分かっており、町田市と物理学者の広瀬氏はここに目を付けました。(10)



ゴミにはプラスチックなどの「人工ゴミ」と、生ゴミなどの「自然ゴミ」があって、人工ゴミは焼却するしかない一方、自然ゴミは自然に還すことができるため、生ゴミを自然に還す方法を町田市は模索し始めたのです。

その結果、町田市のマンションなどに電動式生ごみ処理機が導入されることとなり、これは生ゴミをマシーンに投入すると、1日後には分解されて堆肥になり土に還すことができるというもので、町田の農家や個人で園芸を行う人などに無料で堆肥を提供しています。(11)

この生ごみ処理機はマンションだけではなく一戸建てに住む人でも購入したり借りることもでき、さらに購入費の一部は町田市によって補助されるのです。



今後の重要な課題はこうしてできた堆肥が市内の農家に大規模に受け入れられ、農産物として市民の食卓に戻ってくるといった「本物の循環」であり、町田市は少しずつ成果を上げていると言います。

こうして見てみると、質の高い食品を追求した町田市が食べ物の根本である環境問題に取り組み始めたのは自然な流れだったのかもしれません。

ただ、町田の取り組みが興味深いのは、市民が環境問題に取り組みやすい下地を作ったことにあると言えるのでしょう。

そもそも私たちは「地球のために◯◯しましょう!」とか「環境を守るためにXX」と表面的に語っていても、実際のところは環境問題と言われても規模が大きすぎて具体的なイメージが湧きにくいため、なかなか具体的な行動には繋がりません。



しかし、町田市のように新鮮で良質な野菜が日常的に手に入る環境を作ってしまえば、まずは「自分たちの健康のため」にオーガニックの野菜を手にする人が増え、徐々に農作物に対する理解が深まるにつれて、農作物と環境問題を結びつけて考えるキッカケに繋がるのです。

実際に町田市がゴミ問題に取り組み、実際に成果を上げている姿を見れば、「まずは自分のため」が適切なアプローチだとよく分かります。

体に「入れる」食べ物に気を遣う人は大勢いる一方で、最終的にゴミを「出す」ところにまで気がつく人は少ないですが、恐らく上手にゴミを処理する方法を知らないと本当に良い食べ物を体に入れることはできないはずです。

そういった意味では、体に「入れる」食べ物に気を遣い、最後にゴミを「出す」ところまで気が回る町田市ほど先進的な街はないのかもしれません。


【参考書籍】

(1)地域批評シリーズ編集部 (著), 諸友大 (著), 佐藤正彦 (著)『日本の特別地域 特別編集56 これでいいのか』(マイクロマガジン社、2014)Kindle

(2)ムック編集部 (編集)『町田本 最新版[雑誌] エイ出版社の街ラブ本』(エイ出版社; 不定期版、2017)

(3)ムック編集部 (編集)『町田本 最新版[雑誌] エイ出版社の街ラブ本』(エイ出版社; 不定期版、2017)

(4)地域批評シリーズ編集部 (著), 諸友大 (著), 佐藤正彦 (著)『日本の特別地域 特別編集56 これでいいのか』(マイクロマガジン社、2014)Kindle

(5)福渡和子 (著)『生ごみは可燃ごみか』(幻冬舎メディアコンサルティング、2015)Kindle

(6)広瀬 立成 (著)『ごみゼロへの道―町田市と物理学者の挑戦』(第三文明社、2009)P10

(7)福渡和子 (著)『生ごみは可燃ごみか』(幻冬舎メディアコンサルティング、2015)Kindle

(8)広瀬 立成 (著)『ごみゼロへの道―町田市と物理学者の挑戦』(第三文明社、2009)P12

(9)福渡和子 (著)『生ごみは可燃ごみか』(幻冬舎メディアコンサルティング、2015)Kindle

(10)広瀬 立成 (著)『ごみゼロへの道―町田市と物理学者の挑戦』(第三文明社、2009)P72

(11)地域批評シリーズ編集部 (著), 諸友大 (著), 佐藤正彦 (著)『日本の特別地域 特別編集56 これでいいのか』(マイクロマガジン社、2014)Kindle


著者:高橋将人 2018/5/21 (執筆当時の情報に基づいています)
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