谷根千「これからの商店街の生き残りは『テーマパーク化』にかかっている」
経済産業省が数年おきに行っている商店街の実態調査によれば、全国にある8000の商店街のうち、「繁栄している」商店街はわずか1%程度しかないのだそうです。
とはいえ、商店街は時代錯誤と言われるようなった現在でも客足が途絶えない商店街があることも事実で、「谷根千(谷中・根津・千駄木の頭文字をとった呼称)」はその一つに数えられます。
谷根千には地元に根ざした商店が数多く存在する一方、外部からの客足が途絶えないことで有名で、なんと来訪者の8割が外部から訪れているのです。
さらに来訪客の大半が「まちをブラブラしてみたい」という動機のもとまちを訪れており、さながらテーマパークのような立ち位置にいることが分かります。もしかすると、谷根千にはこれからの商店街のあり方のヒントが隠されているのかもしれません。
そもそも谷根千は東京の台東区と文京区をまたいで存在する特殊なエリアです。
実はこのエリアは、江戸時代に台地上の谷地を生かして敵が進入しづらいまちづくりが行われてきたため、区画整備に不向きで都市整備が遅れがちでした。
それに加え、関東大震災と第二次世界大戦の被害から免れ、多くの建物が残ったこともあって、当時の町並みが今も残っているのです。
しかし、こうした町並みが評価されるようになったのは最近になってからのこと。1969年に東京メトロ千代田線が開通した際には、谷中で人の流れが大きく変わり駅前の商店街からお客さんが激減、その結果、谷中は「寺と墓ばかりの時代遅れのまち」と呼ばれるようになります。
またバブル期に差し掛かると各地で再開発計画が持ち上がるようになり谷根千も例外ではありませんでした。
しかし乱開発に危機感をもった地元住民たちは再開発でまちを新しくするのではなく、「修復・保存型」のまちづくりを選択しました。
再開発で新しくなったまちは時間の経過とともに再び古くなってしまいますが、修復・保存型のまちづくりはむしろ時間の経過とともにその価値が上がっていくもので、現在の谷根千の姿を見れば先人たちの選択がいかに正しかったのがよく分かります。
こうして今では時代錯誤と揶揄される商店街をテーマパークのような場所に変えてしまった谷根千。しかしここで興味深いのは谷根千を訪れる人々が特定の商品を買いにきているわけではないこと。
商店街を始めとした小売業界での競争が激化する近年、価格が安いものは大型店で購入し、利便性はネットで確保されているため、小さな商店がモノを売る上で顧客に提供できる価値が相対的に落ちてきています。
安さや品揃えでは大型店やネットには太刀打ちできないのであれば、彼らに提供できないものを商店街は模索する必要があるはずですが、恐らくそれこそが体験を提供すること、つまりテーマパーク化なのではないでしょうか。
とは言っても、小さな店舗は空間の大きさや取扱品数が限られているため、一店舗単独でこうした体験作りを行うことは困難を伴います。
一方、谷根千エリアのお店は個性を出しつつも、「補修・保存型」のまちづくりにの文脈に沿った店舗展開をしているため、まちに統一感があり、それがテーマパーク化を可能にしているのです。
恐らくこうした雰囲気作りに次の時代の商店街のあり方のヒントが隠れているのでしょう。
実はあのGAFAの一翼を担うAppleですら、IT企業にも関わらず創業当初から店の雰囲気作りに力を入れています。なぜなら、「何かありそうだ」というワクワク感はリアルでしか作り出すことができないものだからです。
また、ここまでリアルでの体験に力を注ぎ込むのは、リアルの体験が商品を買ってもらうための場所ではなく、それを知ってもらい他の人に広めてもらうための出発点でしかないからと考えているからだと言います。
1万人を対象に行われたある調査によれば、楽しいと感じる経験をした人の56%が他の人に体験談を話したという結果が出ており、それは谷根千に当てはめてみても同じことが言えるのではないでしょうか。
もともと「谷根千」という呼称は、このエリアに住んでいた主婦三人が日本で初めての地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を発行し、地元の人たちが面白いと思える谷根千の魅力を発信し始めたことがきっかけで生まれたものでした。
もちろん大手メディアによる影響も少なくありませんが、一方で地元の人が魅力の発信を行い、同時に谷根千を訪れる人たちがその魅力を友人知人に話すことによって、谷根千のブランドが磨かれていったこともまた事実でしょう。
そこでの体験をついつい誰かに話したくなってしまう。そんな人間の根源的な感情を刺激できるテーマパーク型の商店街は、これからの商店街にとって生き残る上での重要なモデルケースになるのかもしれません。
2020/2/21 (執筆当時の情報に基づいています)
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