公園を自宅の延長と捉える綾瀬の住民と、それを可能にする東綾瀬公園。
現在、日本国内に107,000箇所ほどある公園の総面積は約12万4000ヘクタールと試算されており、国民一人当たり畳6畳分のスペースを持っていることになります。
公園は社会的資本と呼ばれる一方、地域住民が自らすすんで「使いこなしている」公園はあまり多いとは言えず、むしろ閑散としている公園が圧倒的に多いのが現実でしょう。
世界中で都市間競争が激しくなる昨今、世界の都市ランキングで常に一、二を争うニューヨーク、ここ数年で一気にランクを上げたお隣韓国などでは公園整備が都市の価値向上に必要不可欠と考えられており、今や街の価値は「公園」によって担保されていると言っても過言ではない時代です。
こうした世界の潮流から取り残されている日本ですが、実は足立区の綾瀬エリアは戦後直後から公園を中心としたまちづくりを行ってきた日本屈指の公園先進都市として注目されつつあります。
もともと足立区は海辺に面した湿地帯湿原で、「あだち」という地名は足立区周辺にたくさん生えていた「葺立(あしだち)」が由来と言われるほど自然に恵まれた土地でした。
そんな自然豊かな足立区は区立公園・児童遊園の総面積が約230ヘクタールもあり、東京23区でもっとも公園面積が広い区として知られています。
中でも綾瀬駅から徒歩1分のところにある「東綾瀬公園」は、足立区の公園文化を象徴する存在であり、ここから公園を中心とした綾瀬のライフスタイルが垣間見えます。
綾瀬駅前に点在する広場を遊歩道で繋ぐ全長約2kmの広大な敷地をほこり、空から見てみると、独特な逆U字型を描いているのが特徴の東綾瀬公園。
東綾瀬公園に設置されている石碑によれば、戦後しばらくの間この辺りは30数戸の住家が点在する農耕地にすぎず、高度経済成長によって住宅開発の波が綾瀬まで届こうとしていた時、この街が不良住宅街にならぬよう公園を整備して街の価値を維持向上させることを目的に東綾瀬公園が作られたそうです。
ここで興味深いのは、公園を整備しなければ「不健全無計画な不良住宅街になってしまうことは必至」と非常に強い言葉で説明がなされている点です。
「公園は健全な街を形成し、公共の福祉の増進に寄与する」というコンセプトの元、設置された東綾瀬公園。
土地本位制が根強い日本では、「その場所が誰のものなのか」は頻繁に議論されますが、「その場所が誰のためにあるのか」という議論はほとんどされません。そんな日本において、1960年代から「街の居場所」をベースした考えのもと公園整備が行われてきたという事実は驚きです。
公園の役割は時代とともに変化するもの。車社会になり交通事故が多発していた1960年代には公園は子供の遊び場として、都市公園法が改正された1990年代には全ての世代のための場所として、そして震災が相次いだ2000年以降は地域の避難場所として公園は認知されるようになりました。
そして「コミュニティ」や「居場所」が重視されるようになった昨今、公園は地域住民が自分らしく使いこなせる居場所として重要な拠点になりつつあります。そういった意味で、「公園がまちの文化を作る」という東綾瀬公園のコンセプトは半世紀も時代を先取りした考え方だったことが分かります。
さらに興味深いのは東綾瀬公園のU字型デザインが街に与える影響です。
公園が街と接する距離を「接線距離」と呼ぶのですが、東綾瀬公園は独特なU字型を描いているため、街に面する距離が広大でその長さは約5200mにも及びます。
東綾瀬公園と同面積(16ヘクタール)の公園の一般的な接線距離は約1600mにすぎず、この独特なU字型デザインは一般的な公園の3倍も隣接距離を獲得することができるのです。そのため、同じ面積でも綾瀬の住民の方がより公園を身近に感じることができるというわけなのです。
足立区ではパークイノベーション課を設置し、公園が果たす役割を「にぎわい」と「やすらぎ」の2つに区分、公園利用者の自発的な活動を阻害しないために禁止看板の代わりに「できることリスト」を提示するなど、公園利用を促す補助線を各所に施しています。
そのため実際に東綾瀬公園を訪れると、一般的な公園とは異なり、老若男女問わず、各々が地元の公園を使いこなしている様子が伺うことができます。
日本各地の公園では住民とのトラブルを避けるために、日々「禁止ルール」が付け加えられていますが、誰も困らない場所を追求すれば、結果的に誰のための場所でもなくなってしまいます。それは閑散とした公園を見ればそれは明らかです。
多様な地域住民が集まり、利用し、まちの文化を形成していく拠点として、公園が重要な役割を担う次の時代において、東綾瀬公園はこれから注目すべき公園の一つとしてベンチマークになるのかもしれません。
綾瀬駅を出ると「30年後の綾瀬のまち」というテーマで子供たちが描いた絵が展示されているのですが、どの絵にも公園が描かれており、公園の使いこなし方を十分に理解している子供たちが大人になる頃、綾瀬はどんな街になっていることでしょうか。
公園を中心とした綾瀬のライフスタイルが今後どのように成熟していくのか楽しみでなりません。
2020/8/14 (執筆当時の情報に基づいています)
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