本の街である神保町が世界屈指の「カレーの聖地」になったわけ

言わずと知れた本の街、神保町。

世界に類を見ない本屋街として名を馳せる神保町は、世界屈指のカレーの街でもあり、なんと神保町駅の半径1kmにはカレーを提供する店が400軒もあります。

福沢諭吉が幕末の日本にカレーという言葉を初めて紹介してから約160年の時がたった今、日本人は1ヶ月あたり約4回もカレーを口にし、もはや国民食と言っても過言ではない存在になったカレー。

そんなカレーを語る上で欠かせない存在である神保町は、いかにしてカレーの街になったのでしょうか。



神保町がカレーの街になった背景の一つに挙げられるのが、神保町が学生街であったということ。

専修大学、明治大学、法政大学、そして日本大学などいくつもの大学群が軒を連ねる神保町エリアは昔から学生が集まる学生街でした。

コーヒー豆が安価に輸入できるようになった昭和40年代ごろ、神保町には学生を相手にした喫茶店が次々とオープンし、学生が買ったばかりの本を片手にコーヒーを飲みながら読書をする文化が生まれます。

実は同時期、コーヒーとともに香辛料の輸入が容易になったことで、喫茶店が気軽に提供できるフードメニューとしてカレーが提供されるようになり、本を片手にスプーン1つで食べられるカレーが神保町で浸透しました。



もちろん、本を片手に食べることができたからカレーが神保町で支持されたことは事実なのかもしれませんが、もしかするとカレーが神保町で広がった背景には、神保町の「趣味性」が少なからず影響しているのかも知れません。

考えてみれば、神保町エリアは趣味性が非常に強いエリアです。言うまでもなく神保町は世界屈指の本屋街ですし、御茶ノ水はスポーツ店や楽器店の街、秋葉原は電気街やオタク文化の発信地という特徴があります。

つまり、神保町一帯のエリアは「大衆」とは対極の、個人の「偏愛」が受け入れられる趣味性が極めて高い街だと言えるのです。



今や国民食と言っても過言ではない存在になったカレーも実は趣味的な要素が強い食べ物です。

一口にカレーと言っても、料金帯は高級店からチェーン店まで様々で、味に関しても家庭ごとにカレーの味がありますし、カレーに欠かせない隠し味は100軒のカレー屋があれば、100通りの隠し味があると言われます。

その意味では「カレーが好き」という人が100人いれば、100通りの味の好みの違いがあるはずで、そうした個人のマニアックな好みを満たす個性的なカレー屋と趣味の街である神保町は相性が良かったのかもしれません。



実は日本国内でもっとも古いカレー屋の一つに挙げられる神保町の「共栄堂」は大正13年の創業で、昭和57年創業のガヴィアル、昭和63年創業のエチオピアなどの老舗カレー屋を筆頭に、神保町には次から次へと名店が生まれ、独自のカレー文化を形成していきました。

そして家庭用カレールーの浸透によってカレーが日常的に食されるようになると、神保町周辺で働くサラリーマンや学生たちのランチ先としてカレー屋が受け皿になり、カレー文化は少しずつ拡大していきました。

とは言え、神保町がカレーの街として認知されるようになったのはつい20年ほど前のこと。

1990年代になって訪れたエスニックブームの流れに乗って、雑誌でカレー特集が組まれるようになると、神保町のカレー屋が紹介されるようになり、2000年代に入る頃には神保町はカレーの街としてよく知られる存在になっていました。



そこから神保町がカレーの街としての地位を確立したのは、2011年から開催されるようになった神田カレーグランプリです。

毎年約5万人を集客する同イベントによって「神保町=カレー」という認識が一気に強まったのです。

神保町=カレーの街→既存の名店に続いて続々と新たなカレー屋が集まる→さらにカレー街としてのブランドが高まる、という好循環が生まれ時間を重ねるごとに神保町のカレー店街としてのブランドは確固たるものになっていきました。



実は神保町のカレー街ブランドの確立の流れは、本屋街の形成と似ている点があります。

実は神保町が本屋街になったのは、1913年に小川町(現在の神保町周辺の地名)一帯が火事に見舞われた神田火災の後、焼け野原となったこの地に岩波茂雄さんが古書店を開き、そこで夏目漱石の本などの販売で成功したことが始まりでした。

岩波さんの成功を目の当たりにしたことで次々と神保町に書店が集まるようになり、本好きな教養人や大学生の受け皿として、神保町は本屋街として発展してきた歴史があります。

趣味性が強いニッチなお店であっても、それがいくつも集まれば一つのジャンルとして確立し、少数派の「偏愛」が大きなカルチャーに転じていくのでしょう。

個性を徹底的に追求することが許される懐の深い街、神保町。本やカレーに続き、今後どのようなカルチャーがこの街で産声を上げるのか見ものです。


2020/10/23 (執筆当時の情報に基づいています)
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