お酒と映画で人が繋がっていく深谷の深夜食堂「できるものなら作るよってのが俺の営業方針さ」
新宿から1時間20分ほどのところにある埼玉県深谷市に「シネマかふぇ七ツ梅結い房」という注文すれば何でも作ってくれる、まるで大人気マンガ『深夜食堂』に出てくるようなお店があります。
食事メニューにはシネマカレー、甘い卵焼き、ナポリタン、タコさんウインナー、そして深谷ねぎチャーハンとだけ書かれていて、それ以外は「できるものなら作るよ」というのが店主の戸坂亮司さんの口癖です。
こうしたシステムを導入したのは戸坂さんが『深夜食堂』の大ファンであることが関係していて、共通の知人の紹介で原作者の安倍夜郎先生も実際に深谷を訪れ、「シネマかふぇ七ツ梅結い房」で飲み会を開いたことがあると言います。
そんな戸坂さんはこのお店を「映画とお酒で人が繋がる場所」と語りました。
と言うのも、「シネマかふぇ結い房」は日本三大銘酒と呼ばれた「七ツ梅」という日本酒が作られていた七ツ梅酒造跡に店を構えており、その敷地内には酒蔵を改装して作られた深谷シネマという映画館があるなど、お酒と映画に強い繋がりがあるお店なのです。
さらに「シネマかふぇ七ツ梅結い房」が店を構える建物は、当時お酒を作っていた蔵人の休憩所であったこともあって、人が集まり繋がるという機能をお酒と映画を通じて現代の深谷に引き継いでいます。
お酒と映画で人を繋げるという営業方針のもと運営されていることもあって、店主の戸坂さんはランダムに発注したお酒をお客さんに提供することは絶対にしないと述べていました。
そのため店に並べるお酒には必ずストーリーが付随しているとして次のように語ります。
「例えば、この『千福』というお酒は、『この世界の片隅に』という広島県呉市を舞台とした映画を応援している時に仕入れたんです。それで、監督が店に来てサインしていくんですよ。」
「広島県呉市は海軍の街で、航海の中で赤道を超えて唯一、傷まなかったのが千福のお酒と言われています。それで当時の日本海軍に千福の酒が採用されたんです。広島の映画を宣伝するという意味で、千福のお酒を入れたんですよ。」
戸坂さんは映画で舞台になった地域の地酒を作っている蔵をよく訪れるのだそうですが、このお店ではかつて深谷で作られていた日本酒「七ツ梅」を飲むことができ、その理由を次のように述べていました。
「七ツ梅は深谷で廃業になってから、兵庫県の魚崎にある酒蔵に引き継がれたんです。そこで、3年くらい前にアポなしで蔵見学に行ったんですよ。」
「そしたら蔵元さんが『やっと来てくれた』と言ってくれて。七ツ梅は深谷で廃業してからもう10年以上経つんですが、いつか深谷の七ツ梅の関係者が兵庫まで会いに来てくれると待っていてくれたみたいなんです。そうした縁があって店に七ツ梅を置くようになったんですよ。」
こうして戸坂さんは映画やお酒で多くの人と繋がりを作っていますが、その繋がりはお客さんにまで波及していると語っていました。
戸坂さんによると、このお店で日本酒女子会が開かれたときに、春先の美味しいブリを食べてもらおうと、映画で繋がった漁師さんからブリを取り寄せてブリしゃぶを振る舞ったのだそうで、そうしてこの店を訪れるお客さんも同様に映画とお酒を通じて数多くの人と繋がっていくと言います。
かつて深谷で作られた七ツ梅は江戸幕府大奥の御前酒として飲まれたり、かの葛飾北斎が自身の作品に描くなど江戸市中で親しまれたと言います。
そんな江戸時代には杯のやりとりを通じてお酒で人が繋がり人間関係を構築するという、現代で言う「飲みニケーション」の文化が生まれました。
現在、深谷では七ツ梅は作られていませんが、人が集い繋がるという役割は「シネマかふぇ七ツ梅結い房」で脈々と受け継がれているようです。
【取材協力】
・シネマかふぇ七ツ梅結い房
著者:高橋将人 2018/7/11 (執筆当時の情報に基づいています)
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