ムーミンの世界を体現した飯能市の都市公園「園内に遊具を設置しないことで子どもたちに遊びを考えさせる」
池袋から西武池袋線に乗って50分くらいのところにある埼玉県飯能(はんのう)市に、『ムーミン童話』の世界をモチーフにした「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」があります。
この公園を管理している飯能市健康福祉部子育て支援課主査の清水孝司さんにお話を伺ったところ、この公園は飯能市役所の元職員の方が原作者のトーベ・ヤンソンさんに「ムーミンの世界を体感できる公園をつくりたい」と手紙を書いたことが始まりなのだそうです。
そしてその手紙を受け取ったトーベ・ヤンソンさんが快く了承してくれたことによって、トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園は飯能市に作られることになったのですが、ムーミンの出身地であるフィンランドと飯能市は似たような自然環境を持ち合わせています。
実際、飯能市は市内の76%を森林が占めており、フィンランドも同様に国土の70%が森林が占めているのです。
こうしてフィンランドとそっくりな飯能市に作られたこの公園には、ムーミンの世界観を表現するために個性的な施設がいつくも作られ、当然、それらの施設を維持管理するためには毎年数千万円もの費用がかかる訳ですが、この公園は全ての人に無料で開放されているのです。
▼ 年間数千万円の管理費がかかっても入場料を無料にしているのは、ムーミンの作者との約束だから
公園が無料で開放されている理由に関して、飯能市の清水さんは次のように述べています。
「この公園をつくるにあたって、原作者のトーベさんと手紙のやり取りを行っていたのですが、トーベさんから『せっかく公園を作るのだから入場者からお金は取らないで欲しい』と依頼があったんです。」
「トーベさんは子どもの頃からフィンランドの大自然の中で昆虫や草花に囲まれて育ってきて、そんなの中でムーミン物語が生まれたんですよ。だから、自分が描いてきた童話の公園を大自然が残る飯能で作るのだから、その世界観を広く感じてほしいとの思いから、入場料など一切無料にしているのです。」
そんなトーベ・ヤンソンさんが生まれ育ったフィンランドには「自然享受権」という考え方が古くからあるようです。
これは「自然はみんなのものだから独り占めしてはならない」という考え方で、フィンランドでは自然享受権によって、仮にそこが私有地だとしても徒歩、自転車、あるいはスキーなどによる通行が認められていると言います。
こうした「誰もが平等に自然を享受する権利がある」というトーベ・ヤンソンさんの考え方は、フィンランドから遠く離れた飯能の公園内にもしっかりと反映されているようなのです。
▼ 公園内には遊具もなければ柵もほとんどない「遊びは自分で作れ。でも、『楽しい』と『危険』は背中合わせ」
さらに興味深いことに、この公園には遊具が一切設置されていません。
飯能市の清水さんによれば、遊具を一切設置しないという方針もトーベ・ヤンソンさんとのやり取りの中で決まったのだそうで、それはジャングルジム、シーソー、そして滑り台は決まった遊びしかできないことにあるとして次のように語りました。
「遊びの本質は想定外のドキドキなんです。結果が読めないからこそ、それが遊びになるんですよ。それに遊具がないからと言って退屈している子どもはいません。」
つまりこの公園は大人から遊び方を提供されるテーマパークではなく、子どもたちが飯能の大自然の中で自力で遊び方を生み出す力が問われる場所だと言うことなのです。
清水さんは遊具がなくて退屈している子どもはいないと述べていましたが、何もかもが与えられている現代の子どもたちにとって、「何もない」という環境はむしろ新鮮に映るのかもしれません。
さらに、この公園は周辺が飯能の大自然に囲まれているのにも関わらず、柵などがほとんど設置されておらず、森林がむき出しの状態になっているのですが、清水さんはこのことに関してこう語っていました。
「柵は最低限のところにしか設けていません。もちろんこれ以上は本当に危ないという箇所に関しては柵を設置しています。ただ、それ以外の部分に関しては、子どもの成長に寄与するという意味で設置していないのです。」
「この場所は子どもたちが遊んで成長していく場所ですから、限界に挑戦したりとか、危険について学ぶことが成長する上で欠かせないと思うのです。」
「もちろん、危険を犯すことが素晴らしいと言っているのではありません。しかし、『楽しい』と『危ない』は背中合わせだと思うのです。危険な体験をする中で、これ以上は危ないと自分で境界線を決める練習になるのではないでしょうか。」
確かに清水さんが仰るように、子どもは遊びの中で危険な目に遭うことで「これ以上やったら危ないな」と危険を回避したり、あるいは対処する力を養うのでしょうし、そうした力が社会で生きる上で欠かせないことは間違いありません。
ところが現代社会は大人によって「危険」がどんどん摘み取られ、子どもが「危険」を体験する機会というのは減少傾向にあると言えます。
一方で、危険が伴わない社会など実際には存在せず、むしろ社会には危険や理不尽なことの方が圧倒的に多いというのが現実ではないでしょうか。
▼ この公園で走り回る子どもたちは中学高校と大人の階段を上るに連れて離れていくが、またいずれ戻ってくる
飯能市の清水さんは、こうした自然から学ぶという体験は小学生までの印象が一生に渡って続いていくと述べています。
と言うのも、中学生になれば部活動が忙しくなり、高校生になると部活動に加えて受験勉強が本格化、大学生になるとバイトにサークル、そしてあっという間に社会人になってしまうため、大人になってからの自然に対する印象というのは小学生の頃の体験がベースになるようです。
清水さんによれば、この公園は飯能市の幼稚園児や小学生が遠足で訪れることが多いのだそうで、そんな彼らが大人になってから再び遊びにくることがあると言います。
この公園の代表的な建物である「きのこの家」の内部は螺旋階段が張り巡らされており、上から見ると「∞」のカタチをしていると清水さんは語っていました。
これは「去ったものがいずれ戻ってくるという一連の流れ」を意味していると言い、実際に子どもの頃にこの公園で自然に親しんだ子どもたちが一時的に自然から離れ、成長して大人になってから再び飯能の自然を求めて戻ってくるのだそうです。
都心から約1時間の飯能市にあるトーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園。
誰もが自由に入場でき、さらに遊具もなければ柵も最低限しかない「ないないづくし」の余白だらけの公園だからこそ、子どもたちが自ら学ぶことができるということなのかもしれません。
【取材協力】▪トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園
▪飯能市健康福祉部子育て支援課主査 清水孝司
著者:高橋将人 2018/8/10 (執筆当時の情報に基づいています)
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