藤沢市にある地域のリビング、シネコヤ「本当に居心地が良い空間を作るには、ちょっとダサいくらいがちょうどいい」
都内から1時間ほどのところにある神奈川県藤沢市にはかつて市民に愛された映画館が二つもあったものの、いずれも2010年までに閉館してしまいました。
自宅で気軽に映画を楽しむことのできる時代において、観る時間が選べず映画館にまで足を運ばなければならないことを考えると、映画館は時代にそぐわない施設だと言えるのかもしれません。
そんな中、藤沢に映画と本とパンの店「シネコヤ」が2017年にオープンしました。
シネコヤの代表である竹中翔子さんにシネコヤをオープンするに至った経緯を伺ったところ、このように語っていました。
「もともと藤沢にあった映画館が閉館してしまって寂しいと思って。でも同時に、この規模の街で映画館が生き残れないのであれば、もう映画館はダメだと感じました。」
「だから、藤沢で映画館をやるなら新しいスタイルの店を作らなければならないと思って、シネコヤを作ったんです。」
そう語る竹中さんはシネコヤのことを普通の映画館だと思ってほしくないとして、あくまでもお店の主体は「貸本」なのだと言います。
▼ ブックカフェではなく貸本屋にこだわった「オシャレなカフェにはしたくないし、普通の映画館とも違う空間に」
貸本は現代人にとってほとんど馴染みがありませんが、これは料金を支払って本を一定期間レンタルするというもので、敗戦直後の日本において、わずかな小遣いでマンガや雑誌が読める貸本屋は貴重な娯楽施設の一つだったようです。
この貸本というシステムは外に貸し出すことが一般的であるものの、シネコヤでは貸し出しは行っていません。
貸し出しを行わないのであれば、通常のマンガ喫茶やブックカフェとあまり変わらないようにも感じますが、竹中さんは藤沢で新しい店を始めるにあたって「貸本屋」という呼び方にこだわりを持っているとして次のように語ります。
「ブックカフェとかでも良かったのですが、貸本屋と名前をつければ『貸本ってなんだ!?』と足を止めてくれるかもしれない。シネコヤと言ってもよく分からないし、普通の映画館とも思われたくないんです。」
「なんだか懐かしい、面白いことをやっている店だなあと連想してもらうためにも、貸本屋ってなんか良いなあと思って。」
「藤沢市内には蔦屋書店もあるし、普通の本屋では負けてしまう。その意味でも、今風のオシャレなカフェからはとにかく離れようと思ったんです。オシャレなカフェにはなりたくない。」
そんな竹中さんはシネコヤを家の延長にあるものだと考えているようです。
シネコヤでは店内で購入したコーヒーやパンを口にしながら貸本を読んだり、映画を観ることも可能なのだそうで、さらに年間パスポートを購入すれば好きなときにシネコヤを利用することができると言います。
また、シネコヤのすぐそばには鵠沼海岸があるため、年間パスポートの利用者は食事をしながら映画を観て、途中で海に遊びに行き、また戻ってきて本や映画を楽しむ方が少なくないと言い、まさにシネコヤを自宅のように利用することができるのです。
近年はこうした、お店を家の延長として捉える店舗が目立つようになってきました。
例えば、カフェで本を読んだり、スマホをいじったり、あるいは単にダラダラと過ごすなど、本来は家でできることをカフェでする人が増えてきたように、カフェと家との境界線が曖昧になってきています。
そうした背景から、最近ではよく「居心地の良い店というのは自宅の延長線上にあるものだ」と語られることも少なくありませんが、それが具体的に何をさしているのかはあまり語られません。
そのことに関して竹中さんは、自宅のような居心地の良さをつくる要因となっているのは店の「野暮ったさ」だと言います。
▼ 日本人が洋風を目指したけど、なりきれなかったちょっとダサくて野暮ったい感じが心地良い
「オシャレなカフェにならないように、ちょっと野暮ったくしているんです。洗練されすぎないように、ちょっとダサい感じも好き。」
「そもそも、ここの建物自体が昭和に作られた建物なんですよ。昭和の日本人が洋風を目指したけど、洋風になりきれなかった空気感。おじいちゃんおばあちゃんの家みたいな、ちょっとダサいんだけど、可愛くてなんだか落ち着くなあみたいな。」
確かに、日本家屋を改装して作った典型的な和風のお店や、あるいは海外の店舗をそのまま日本に持ってきたかのような洗練されたお店はどの街にもあるものの、和風と洋風の中間点に位置するお店というのは多くないように感じます。
よく考えてみると、現代の日本人の家のリビングというのは、和風でも洋風でもなく、その中間の雑多とした家庭がほとんどでしょうから、そういった意味では、家の延長としての空間をあえて野暮ったく見せるシネコヤの考え方は家のリビングに通ずるものがあるのかもしれません。
さらに竹中さんは街のたまり場がなくなりつつある藤沢でお店を作るにあたって、いろんな目的を持った人が必然的に集まれる環境を整えることが大切だと述べていました。
「公的な場所として利用してくださるお客様もいらっしゃいますね。お茶をすることが目的で来ていても、そこに映画とか本の気配が漂っているだけで、ちょっと本を読んでみようかなという空気感を作ることができるんです。」
確かに、映画、本、あるいはパンのいずれかに興味をもって来店するお客さんがいれば、本来の目的ではなかったものに手が伸びることもあるでしょうし、そういった意味ではシネコヤには入口がたくさん用意されていると言えるのかもしれません。
こうした様々な目的を持った人が必然的に集まるという側面はまさに家のリビングに関しても同じことが言えるのではないでしょうか。
実際、家のリビングにはテレビを観るため、新聞を読むため、あるいはコーヒーを飲むためなど様々な理由で家族が必然的に集まります。
このように人々が必然的に集まり、自分の居場所として時間を過ごせる場所は近年減りつつありますが、こうした場があることで街の雰囲気というものは随分と変わってくるように思います。
映画と本とパンの店「シネコヤ」。藤沢のリビングに今日も人々が集まります。
【取材協力】
・映画と本とパンの店「シネコヤ」
・株式会社シネコヤ代表取締役 竹中翔子
【アクセス】
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6
鵠沼海岸駅から徒歩3分
著者:高橋将人 2018/9/4 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。