あらゆる菌を歓迎して共存する千葉県神崎町の寺田本家「人間が菌と共に生きると、人は幸せになる」
千葉県北部にある神崎町(こうざきまち)は古くから農業が盛んで、酒蔵を始めとして醤油や味噌などの蔵が点在することから、この町は「発酵の里」と呼ばれています。
そして毎年3月には、神崎町で300年以上の伝統を持つ寺田本家と鍋店株式会社が合同で開催する「発酵の里こうざき 酒蔵まつり」が開かれ、当日は人口6000人の神崎町に6万人もの人が集まるのだそうです。
今回は、神崎町で酒蔵まつりを始めた「発酵の里」の発起人であり、創業340年を誇る自然酒づくりでも有名な寺田本家24代目当主の寺田優さんと、妻の聡美さんにお話を伺ったところ、発酵に関して次のように語りました。
「発酵すれば次に対して良い影響を与えられて、自然の中のいろんなものの参加を促すんですよ。」
「例えば、お酒は米からつくられますが、まずそこに菌が参加して発酵を促してくれます。そうして出来上がったお酒は人間を引き寄せ、人間からコミュニケーションを引き出す。つまり、発酵には食材や人の力を引き出す力があるんです。」
確かに、健康食品の代名詞である納豆と豆腐の味噌汁を思い浮かべてみると、納豆も味噌もすべて原材料は大豆ですが、いずれも菌に力を引き出してもらうことで、全く違う食品に変化します。
▼ 健康に生きるためには菌の都合に合わせる
こうして考えてみると、発酵を促す菌にはものすごい力が秘められていると言えます。
しかし一方で現代人の生活はそうした菌を徹底的に排除しており、優さんはこうした状況に疑問を持つようになったと言います。
「最近は抗菌スプレーとかありますよね?でもあれ意味ないんですよ。飲食店とかは菌を殺すために過剰にアルコール消毒をしますが、そんなことをしたら肌にいる常在菌が死んでしまいます。」
「常在菌が死んでしまうと、そこから肌が乾燥してしまって、いずれひび割れが起きます。そうすると、そこに黄色ブドウ球菌がついて、それが食中毒の原因になったりするんです。そう考えたら、抗菌スプレーの方がよっぽど衛生的に悪いと思うんですよね。」
「それに抗生物質にも同じことが言えます。特定の菌を殺すために抗生物質が作られる訳ですけど、すぐにそれに耐えられる菌が生まれるんです。そして、その菌に対する抗生物質がまた作られて…というイタチごっこで。」
「菌は私たちが思う以上に世代交代が早いんですよ。人間の研究開発なんて到底追いつかないスピードで変化していく。つまり、菌は人間の科学技術を大きく上回るんです。人間が菌を排除しようとすればするほど、どんどんいろんなものが不自然になっていって、結果的にそれが不健康に繋がると私は思います。」
優さんの妻、聡美さんが運営する「カフェうふふ」ではさまざまな発酵食品を取り入れたメニューを提供している
このように語る優さんは、人間の都合ではなく、菌の声に耳を傾けながら菌の都合に合わせた酒造りを神崎町で行っていきたいと述べていました。
そのように考える寺田本家では、デジタル技術に頼らず蔵人が素手で手作りするため、同じ人が同じようにつくっても、その時の気温、お米の具合、そして作っている人の意識によって随分と味が変わってしまうのだそうです。
寺田本家が取り組む自然酒の原点「五人娘」。デジタル技術に頼らない手作りの酒は作るたびに味が変化する
ただ、商品としてお酒を販売する以上、買うたびに味が違うのでは、お客さんが困惑してしまうのではないかと考えてしまいますが、そのことに関して優さんの妻、聡美さんはこのように述べていました。
「『いつもと違う味がする!』とたまにクレームが来るときがあるんです。でも、菌の都合に合わせて作っているのですから、いつもと違って当たり前ですし、むしろ毎回おなじ味の方が不自然ですよね。」
「でもウチは良いお客様が多くて、その点を理解して『今回のお酒はいつもより酸味が強めだね』とか言って菌による味のブレを楽しんでくれる方が多いんです。でもそれが本来のお酒だと私たちは思うんです。」
▼ 蔵を見学する際はそのままの服装で「寺田本家では、いろんな方が持ち込む雑菌を大歓迎しています。」
世界は雑菌で満ち溢れている。インタビューの最中に何度もこの言葉を発していた優さんは、雑菌だらけの世界で発酵文化が始まったという酒造りの歴史を説明くださり、その上で寺田本家ではあらゆる雑菌を歓迎していると語ります。
実際、寺田本家で毎年開かれるお蔵フェスタでは蔵を一般の方に公開しているのだそうですが、なんとその際に見学者は白衣などを着ずにそのままの服装で蔵の中に入っていくのだそうで、今回の取材でも白衣などは着用せずそのまま蔵を見学させていただきました。
一般的な酒蔵は雑菌などの混入を防ぐために、見学者には白衣の着用を義務付けるか、あるいは立ち入り自体を禁止する場合が多いにも関わらず、寺田本家ではそのままの服装で見学を行うとして優さん次のように述べています。
「寺田本家ではどこも雑菌は大歓迎です。雑菌が入らないやり方もあるんですが、いろんな方が持ち込む菌によって、蔵の菌の多様性が広がると思うんです。『そんなのはとんでもない』という方も中にはいらっしゃいますが、それが菌を鍛えることになるんです。」
「そもそも人間は菌のカタマリだから、菌を嫌うことは人間を嫌うことになる。私たちは人を幸せにするためにこの仕事をやっているのに、菌を嫌ったら話がアベコベになってしまいますよ。お客さんが持ち込む菌によって、酒の味が変わってしまうかもしれない。でも、それを含めて寺田本家の酒や発酵食品を皆さんに楽しんでほしいです。」
酒をつくる上でもっとも重要な麹菌を培養する酒母室にも見学者を招き入れる
こうして外から入ってくる新しい菌を大歓迎している寺田本家ですが、実は寺田本家は三代続いて女の子の子どもしか生まれず、優さんや先代も婿養子として神崎町の外からやってきたという歴史があると言います。
ちょっと大げさかもしれませんが、そういった意味では寺田本家は遺伝子レベルで外から新しいものを取り込もうとしているのかもしれません。
そんな話を笑ってしてくださった優さんは菌に関してこんなことを語っていました。
「この世界では目に見えるものが現象として起こるから、そこに意識がいってしまう。でも、本当はそこに目には見えない世界(菌)が横たわっていて、どうすれば良いかを教えてくれるんです。」
寺田ご夫婦はインタビューの最中に何度も「菌の声に耳を傾け、菌の都合に合わせる」と口にしていたように、目に見える世界を良くするためには、見えない世界の声に耳を傾けなくてはならないのかもしれません。
一見なんの変哲もない人口6000人の小さな町、千葉県神崎町。そんな町で今、目に見えない世界に耳を傾ける人々が奮闘しています。
【取材協力】
・株式会社寺田本家 寺田優
・カフェうふふ 寺田聡美
【アクセス】
千葉県香取郡神崎町神崎本宿1964
(「カフェうふふ」は株式会社寺田本家に隣接)
著者:高橋将人 2018/9/11 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。