自治体が互いに人口を奪い合う中、人口を共有する姿勢の神奈川県三浦市「田舎に移住しても、東京を捨てる必要はない」
2040年までに消滅する可能性があると指摘された自治体の数は全国で896にものぼるそうですが、神奈川県三浦市もその一つで、神奈川県内の市では唯一の消滅可能性都市に指定されました。
近年は人口減少にあえぐ自治体が「引っ越してくれば◯◯万円」や「子どもの医療費無料」といった特典を掲げて、他地域からの転入にインセンティブを与えるなどして、人口の奪い合いが激化しています。
しかし、全国で人口が減りつつあるこの時代に、定住人口という限られたパイを奪い合っていては、互いに疲弊していくことは明白です。
人口流出に加え、三浦市では住民の3人に1人が65歳以上の高齢者という超高齢社会だ。
そうした中、三浦市は人口を奪い合うのではなく、定住と観光の間に位置する「試住」を提案する、トライアルステイという取り組みを始めており、全国の自治体が行う、人口獲得ゲームという消耗戦に対する一つの解決策をこの町で見出せるように感じます。
▼ 三浦市が提案するのは、観光でも移住でもなく、その間をとった「試住」
トライアルステイの運営を担当している、三浦市役所政策部市長室の徳江卓室長にお話を伺ったところ、取り組みに関して次のように述べました。
「人口減少が著しい三浦市ですが、観光客は増えていて、年間600万人もの人々が観光に訪れるのです。しかし都心から近いこともあって、マグロを食べてすぐに帰ってしまう方が多く、移住には結びつかないんですね」
「観光だと一時的な滞在で三浦のことを理解するには至らないし、移住をするとなるとハードルが高い。それならば、移住と観光の間をとって、試しに住んでもらえば良いのではないかということで、数週間の間だけ『試住』して頂くことに決めたのです」
三浦市役所政策部市長室の徳江卓室長
近年は『DASH村』などのテレビ番組を始め、『ソトコト』や『BRUTUS』といったライフスタイル雑誌が、田舎暮らしを好意的に取り上げることで田舎が注目されるようになってきたように、人口減少にあえぐ自治体が全国にある一方、田舎に対する需要も確実に増加しています。
事実、都市部在住の方を対象に行われたある調査によれば、20代男性の約40%、20代女性の約30%が「農漁村へ移住してみたい」と答えているようです。
マグロで地域経済が潤っていた三浦市は食文化が成熟していて、地域の飲食店のレベルが総じて高い
しかし一方で、実際に移住にまで踏み込んだ人の割合はわずか1%程度で、移住を検討する人たちが実際に移住をためらう一番の理由に上がるのが「労働の場がないこと」だと言われています。
近年は田舎への移住に関して「ネットで仕事ができるから住む場所は関係ない」という文脈で語られることが少なくありませんが、現実的には会社勤めの方が圧倒的多数ですし、そもそも三浦市で人口が減少し始めたのは近隣都市にあった自動車工場の閉鎖や縮小が原因なのです。
▼ 三浦市と都内で二拠点生活を送る加形さん「東京に片足を残しつつ、週末は三浦市で家族と質の高い時間を過ごす」
そんな中、三浦市のトライアルステイを利用して、実際に三浦市に移住した加形さんにお話を伺ったところ、平日は都内で仕事をこなし、週末を三浦市で過ごすというライフスタイルを確立したとして、加形さんは次のように述べました。
「私には4歳の娘と2歳の息子がいるのですが、もともと三浦市に限らず、自然があって面白い町を探していたんです。それは東京都心がどんどんつまらなくなってきているからなんです」
「都心は都市開発が進んで土地の値段が上がり、大企業が坪単価でビジネスをするしかなくなってきています。坪単価がいくらで、開発するとこれくらいお金がかかって、このエリアに住んでいる人の年収はこれくらいだから、だとすればお店のラインナップはこんな感じで…といったふうに不動産会社が考えるわけですよね。それでは街がつまらなくなって当然です」
三浦市に移住した加形さん一家。(写真提供:加形さん)
「それとは対照的に、三浦市では人口が減っていて、家賃もメチャクチャ安い。なので、低リスクで新しいことにどんどんチャレンジできるし、上手くいかなかったら辞めることもできる。それくらいの余白が三浦市にはあるんですよ。私は、そうした余白が町にはなくてはならないものだと思いますね」
「とは言っても、東京にはいろんな人が集まっているから面白いという側面もある。それに私は勤務先も自宅も都内ですからね。だから、東京に片足を残しつつ、週末は三浦市で家族と時間を過ごすという選択をしたんです」
移住後の暮らし(写真提供:加形さん、加形さんご友人)
こう語る加形さんは三浦市の「町の余白」に惹かれてこの町に移り住んだわけですが、飲食店、クラフトのお店、地元野菜の土産屋から出版まで、新しい感覚を持った人たちが少しずつ三浦市に集まってきていると言います。
恐らく、その地域が持つ魅力や資産というものは、その町に長年住んでいる人はなかなか気付かないものです。
実際、都内に長く住んでいる人が大混雑の電車や施設に関して違和感を感じないように、同じ場所に住み続けることによって、環境に対する感度は確実に鈍くなっていくに違いありません。
写真提供:加形さん、加形さんご友人
そういった意味では、田舎で何か新しいことを始めるのは移住者の方が有利ですし、田舎で起きている面白いムーブメントを発掘して広めて行くのもまた、加形さんのような外からやって来た人たちなのでしょう。
▼ 田舎が注目されるようになったのは、都会生まれ都会育ちの人が増えたから
このように、田舎で何かを始めようと考える人々が増えた背景にあるのは、都会生まれ都会育ちの人々が増えて来たことも少なからず関係しているのかもしれません。
近年は「東京のローカル化」が進んでいると言われており、実際に早稲田大学や慶應大学では、1986年には学生の約半分が東京圏出身でしたが、現在ではその割合が7割以上に増加していると言い、東京圏生まれ、東京圏育ちの人々が増えていることが分かります。
人は元来、生まれ育った環境にないものを求める傾向があり、これだけ都会生まれ都会育ちの人が増えた現代において、田舎が注目されるのはむしろ自然なことなのでしょう。
加形さんによると、マグロ産業で栄えた三浦にはお金に糸目をつけずに建てた家が多く、古くてもしっかりした建物が多いのだそうだ。
こうして近年の田舎にはポジティブなイメージが定着し、その環境を見直す動きが進んでいますが、もともと東京などの大都市と田舎は繋がっていました。
戦後、全国の農村で長男が家を継ぎ、次男以降が上京して作り上げてきたのが東京という街であり、東京で働いていても田舎には家族がいたのですから、その意味において、東京と田舎は兄弟の関係にあったと言えます。
ところが上京した人たちが東京に定住し、東京で世代が三回転するころには、田舎には家族も親戚もいないという状態になり、都会と田舎はいつしか互いに遠い存在になってしました。
そんな中、三浦市で始まったトライアルステイという取り組みは、都市が膨張する過程で断絶されてしまった、都会と田舎を再び繋げる役割も担っているといえるのかもしれません。
三浦市が実施するトライアルステイのような取り組みがもっと一般的になれば、「都会か田舎か」というどちらか一方ではなく、その両方でバランスをとるという新しいライフスタイルが定着していくのでしょう。
【取材協力】
◼三浦市役所政策部市長室室長/徳江卓
◼トライアルステイ参加者/加形拓也
著者:高橋将人 2018/10/5 (執筆当時の情報に基づいています)
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