結婚式や葬式など、人間の感情が高ぶる場面には必ず花がある「花は言葉にならない感情を代弁してくれる」
日本全国にある花屋の数は、専門店とスーパーなどの店舗併設型の売り場を合わせると、約4万軒にものぼるのだそうで、コンビニの数が5万軒であることを考えれば、花屋の数がいかに多いかがよく分かります。
生活必需品を販売するコンビニとは対照的に、日常生活を送る上で、無くても問題ない「花」という商品を扱っている店が全国にこれだけあるということは、それなりの理由があるはずです。
今回は代々木上原で「mugihana(ムギハナ)」という花屋を経営している堀川英男さんにお話を伺いました。
▼ 寝具、衣類、そして食器にいたるまで花柄が施され、イベントごとにも絶対に花が使われる理由
私たちは春になると花見、秋には紅葉狩りへと出かけます。また、家の中に目を向けてみれば、寝具や衣類、そして食器にいたるまで花柄の装飾が施されているように、私たちの普段の生活は花に取り囲まれています。
また、生活の中で花が登場するシーンを振り返ってみると、出産祝い、誕生祝い、結婚式、そして葬式はもちろんのこと、誰かにお詫びをする際や誰かを励ます際など、人間の感情が高まる際にも花はつきものです。
冠婚葬祭で花が用いられるのは、言葉だけで表現できない絶妙な感情を花で代弁するため
このことに関して、mugihanaの店主である堀川さんは花には人の感情を代弁する力があるとして次のように述べていました。
「花は人間の言語化できない絶妙な感情を代弁してくれるんだよね。お客さまの中には、パートナーと仲直りしたいからという理由で花を探しに来る人もいる。」
「面白い話があってね、縄文時代にはすでに埋葬の文化があったみたいなんだけど、お墓で花の化石が見つかったんだよ。つまり太古の昔から、誰かに対して花を手向けるという感覚はあったってことなんだろうね。」
▼ 店に値札を置かないことでコミュニケーションが生まれる「花束を作るときは、普段着ている服のことまで念入りに聞く」
こう語る堀川さんは、花屋の仕事はどれだけ相手の感情に密に接せられるかにかかっていると述べていました。
興味深いことに、mugihanaで販売されている花のほとんどは値札が付けられておらず、堀川さんは値札がないことによってコミュニケーションが生まれ、それが相手の感情に接するキッカケになるとして次のように語ります。
「値段よりも、花の第一印象を大切にしてほしいんだ。だから値札をあえて置いていないんだよね。それに、値札を置いていないからこそ、コミュニケーションが生まれるんだよ」
「一般的な花屋さんだと、値札が置いてあるからお客さまが自分で花を選んでしまうでしょ。でも、値札がないと何かしら会話をしなくてはならない。そこで『この花は◯◯から来た花で、こういう花なんですよ』と、こちらから花の話をするんだよね。お客さまと一緒に花を選びたいんだ」
mugihanaの店主、堀川英男さん
実際に取材当日もインタビューを行なっている最中に、すぐ隣でmugihanaの店員さんがお客さんと会話を重ねていましたが、堀川さんは花の話以上に、お客さんと普通の会話をすることの方が大切だと言います。
「ウチではみんな勉強して花のことを話せるようにしているんだけど、それよりもお客さまとの接し方を重視しているんだ。花のウンチクはすぐに覚えられるからね。いかにお客さま目線で、お客さまから言葉を引き出すかが大切なんだ」
「例えば、花束を頼まれたとき『かわいいの作ってください』と言われても、それでは漠然なイメージから抜け出せないよね。だから綿密にお客さまにヒアリングをする。性別や年齢はもちろん、普段どんな服を着ているのかまで聞く。そうやって、お客さまと会話を重ねながら、一緒に花を選んでいくんだ」
▼ 付き合いたてのカップルが、いずれ結婚して子どもを授かるところまで一緒に思い出を作っていく
通りすがりの人が道を尋ねに店に入ってくるのだとか。そうやって少しずつ知り合いが増えていく
「花は1日で10歳年をとる」と言われるように花の寿命はあっと言う間に訪れます。
堀川さんによれば、mugihanaで販売している花の中には、1日か2日しか持たないほど寿命が短いものがある一方で、ものすごく強く香るバラがあると言い、その花でしか担うことができない役割があるはずだと、それぞれの花が存在することの必然性を大切にしたいと述べています。
代々木上原で花屋を始めるまでは移動販売を行なっていた堀川さんが、最終的に代々木上原に根を下ろすようになったのは、こうした花に対する考えを理解してくれる人がこの町には多かったとして次のように述べていました。
堀川さんによると、代々木上原には毎日の暮らしの中で花を楽しむ余裕がある人が多いのだとか
「代々木上原に根を下ろすことに決めたのは、僕らみたいな存在を認めてくれたからなんだよね。移動販売でいろんな町を回ったけれど、年齢を問わず上原には花に対する理解がある人が多い気がするんだ。店先にも花を飾っている店も多いしね」
「それに代々木上原はそとから人が遊びにくるようなところではないんだよね。むしろ、住宅街がすぐそばにあって生活と密着している町だから、新宿とかに勤めている人が帰って来る場所なんだ」
「町の花屋さん、生活の一部としての花屋さんとして、僕らはこの町の生活感に魅力を感じたんだよね。『人々がこの町で暮らしている』という実感というのかな。」
「生活の一部としての町の花屋」をテーマに運営されているmugihanaの客層は非常に幅広く、小さな子供がお遣いにやってきたり、高齢者の方が仏様のお花を買いに来るなど客層に隔たりはありません。
また、取材中に若いご夫婦がお子さんの出産を報告に来たのですが、実はmugihanaがこのご夫婦の結婚式のブーケを作ったのだそうで、堀川さんはこのように語っていました。
「若い付き合い始めのカップルから始まって、次第に一緒に住むようになり、結婚してブーケを任され、いずれ子供ができて・・・というカップルのお客さまがウチには何組もいるんだ」
「それが町の花屋さんの誇れるところだし、同時に本当に責任が重い仕事だと思うよ」
取材中、「こんにちわ〜」と店を訪れる常連さんが何組も
町の花屋さんは単に花を売るだけではなく、お客さんの暮らしの一部を一緒につくるという役目も持っているはずで、だからこそ、全国にこれだけの花屋さんがあると言えるのかもしれません。
新宿から小田急線に乗って5分の代々木上原。今日も町の人たちが、それぞれお気に入りの花を求めてmugihanaに足を運びます。
【取材協力】
◼︎mugihana(ムギハナ)/堀川英男
著者:高橋将人 2018/10/19 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。