都立大学のスナックLe cLub「10億円の投資話から社会福祉まで、あらゆる社会的役割を担う究極のコミュニティ」
「何もない」と言われるような寂れた町でもスナックがない町はないように、日本全国には約10万件のスナックがあると言われており、この数はコンビニの約2倍に当たります。
そんなスナックは制度上、飲食店にカテゴライズされるのですが、食べログなどではほとんどヒットしませんし、さらに外から店内の様子が覗けない構造になっているお店が多いことから、スナックに行ったことがない人にとって、その内情を知る機会はほとんどありません。
そこで今回は都立大学にあるスナック「Le cLub(ルクラブ)」のママ、澁谷れい子さんにお話を伺いました。
▼ スナックは究極の地域コミュニティ「10億円の投資話とカラオケが共存する空間」
「大企業の社長、著名人、日雇い労働者から大学生まで、みんな3000円握りしめて人生を語りにやって来るんです。金髪の大学生と大企業の社長が仲良くなって、一緒にお酒を飲める場所ってスナックの他にはないと思うんですよ」
「それに知らない者同士で飲んでいて名刺交換をすると、『これウチで出来ますよ』と思わぬところで仕事に繋がったり、やけに盛り上がってるから『何の話してるの?』と聞いてみたら10億円の投資の話をしていて、かと思えば、その隣では『俺はそんなの興味ない』と言ってカラオケを歌ってるオジサンがいて(笑)」
「私はスナックを究極のコミュニティだと自負しています。スナックは誰もが受け入れられる場所なんです。スナックと言うとオジサンのイメージがあるけれど、社会勉強だと思って、若い人こそスナックに来るべきですよ〜!」
このようにスナックの魅力を語る澁谷さんですが、スナックのママになったのは、つい3年前のことだったと言います。
もともと証券会社で働いていた澁谷さんは、独立後にフリーの証券仲介、そして遺伝子美容の世界へと進み、過去には中目黒で50坪のオーガニックイタリアンレストランを経営するなど、経営者として幅広くビジネスに携わっていました。
そうした多忙な生活を送る中、都立大学にある行きつけのスナックのママから店を継いでほしいと頼まれたのです。
そこで澁谷さんは、趣味の延長としてスナック経営を引き受けることに決め、名前も店舗もそのまま引き継いだのが、ここ「Le cLub」だったのです。
都立大学駅から徒歩1分のビルの地下で営業。分かりにくい場所にあるものの「いつも地下で大騒ぎしている店」として地元ではちょっぴり有名なのだとか。
「二つ返事で引き受けたものの、私は第一線の水商売を知らない素人でした。なので最初のころは、仕事関係の知人に銀座や六本木から来てもらっていたのです。でも、最終的に頼りになるのは都立大学の地元のオジサンたちだったんですよね。お酒のつくり方もオジサンたちが教えてくれました」
「あと、この店は狭いから、混んでくるとお客さんがカウンターに入ってきて、お客さんが自分でお酒を作るんです(笑)この店にはお客さんと店員との境界線がないんですよね。こんなシステムが成り立つのは、全員が平等だからなんです」
「平等だから金髪の大学生と大企業の社長が仲良く飲める。むしろ社長さんは常に周囲からゴマをすられていてウンザリしているから、店で気心の知れた常連さんから『ジジイ』とイジられるのが意外と心地よかったりするんです」
▼ 外部には情報発信せず、グループLINEを使って身内だけで盛り上がる「でも、クローズドなコミュニティだからこそ、新しい人も柔軟に受け入れられる」
近年はツイキャスを利用して積極的に外部に発信するなどして、新しいスナックのあり方も模索されている一方、Le cLubはあまり外部に情報発信はしないとして澁谷さんはこう語ります。
「Le cLubには名が知れた方々が訪れる都合上、SNSなどで積極的に外部に発信することはありません。だからこそクローズドな空間が保たれて、結果的にお客さんが店のことを『自分の居場所』だと強く認識するようになるのかもしれませんね」
「SNSなどで外部に情報を発信しない代わりに、この店ではお客さんだけが入れるグループLINEがあるんですよ。『◯◯さんが久しぶりに来たよ!』とか『◯◯さんが珍しいお酒持ってきてくれた!』といった具合に、お店で起きていることをリアルタイムにグループ内で共有する。すると、『今から行く!』と言い出す人もいたりして(笑)」
澁谷れい子さん「ひっきりなしにメッセージが来るもんだから、『うるさい!』といってグループを出る人もいるんです。でも、また戻ってくる(笑)」
澁谷さんが話すように、ある程度クローズドな空間は、常連さんにとって心地良い雰囲気を保つためには欠かせない要素の一つなのでしょう。
ただし、クローズドな空間を保つために新しい人を入れないのか、と問われればそんなことはありません。
むしろLe cLubでは常連さんが知り合いを連れてきたりするなど、新顔さんを積極的に受け入れており、それを可能にするのはクローズドな空間で醸成された濃いコミュニティだと澁谷さんは言います。
「『俺、行くとこなくてここが最後なんだよ』って言うお客さんも中にはいますね。彼らにとってここは最後の学び舎となり、受け入れてくれるお客さんの寛大さが心に沁みることも」
「Le cLubが色んな事情を抱えた人たちを迎え入れられるのは、常連さんたちの連携があってのことなんです。この店では飲みすぎている人がいれば、『ママ、これ以上はダメだよ』って常連さんが教えてくれるんです 」
「そうやってお客さん同士が連携して、新しい人たちをコミュニティに迎え入れつつ、場の秩序を守ってくれる。お客さんひとりひとりが店の看板という自覚を持っているんです。だから私は店にいなくてもいいんですよ。私がいなくてもこの店は成り立つ。お客さんが店を回してくれているんです」
▼ 小さいスナックの大きな社会的役割「転落の一途を辿った元エリートサラリーマンを救ったのはスナック」
澁谷さんは、小さなスナックが担う大きな社会的役割があると言い、それは何らかの理由で社会からこぼれ落ちてしまった人たちを救うことなのだそうです。
「オープンして間もない頃、懐かしい友人が都立大学まで訪ねてきたんです。彼はかつて、外資系損保会社に勤めていたエリートサラリーマン。飲み友だった私によく高級酒を振る舞ってくれていたんですよ」
「でもある時、彼は会社で上司と折り合いが悪くなったことで退職を余儀なくされて、その後は転落の一途を辿ることになり生活保護を受けるまでに陥っていたんです」
「そんな私たちのやり取りを聞いていたお客さんが『優秀なのにもったいないよ!』と彼に職を与え、その隣りにいたお客さんは『引っ越し手伝うよ』と軽トラをレンタルし、ある人は無造作に取り出した1万円札を彼のポケットに突っ込んだりしながら2年が過ぎました。現在、彼は再生して小さな会社を立ち上げるに至っています」
どれだけ過疎化が進む町やシャッター商店街でも、スナックは最後の最後まで残る傾向がありますが、もしかすると、日々の暮らしの中で本当に助けが必要なときに頼りになるのは、国や行政ではなく、街に根付くスナックなのかもしれません。
澁谷さんはインタビューの最後にこんなふうに語っていました。
「店には焼酎、ウィスキー、ビールに簡単なツマミくらいしかないけれど、訪れる人に自分なりの居場所を見つけてほしいと思っています」
今日も夜な夜な、老若男女が3000円握りしめて「第二の我が家」がある都立大学に帰ってきます。
【取材協力】
◼Le cLub店主/澁谷れい子
【アクセス】
東京都目黒区平町1-26-17ソシアル都立大学駅前B05
著者:高橋将人 2018/12/21 (執筆当時の情報に基づいています)
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