ベンチャー企業みたいな街、千葉県流山市「自治体が課題をオープンにすれば、帰って寝るだけだった街が自分事になる」
つくばエクスプレスに乗れば都心から20分でアクセスできる、千葉県流山市(ながれやまし)。
住宅都市である流山市には有名な観光資源もなければ、子ども医療費の助成などの各種手当ても近隣地域並みですが、人口は過去15年間で1.24倍、10歳未満の子ども世代の人口も約1.5倍に増加しています。
多くの自治体が人口減少に苦しむ中、流山市に次々と子連れのファミリーが移り住む背景には、全国の自治体で初めてマーケティング課を設置した、流山市役所の存在がありました。
今回は、流山市役所マーケティング課の課長、河尻和佳子さんにお話を伺います。
流山市役所マーケティング課・課長の河尻和佳子さん
「市民の皆さまのために」は、誰のためにもならない
市役所は、すべての市民の方々に対して公平であるべきですが、興味深いことに、流山市役所マーケティング課は、30代から40代前半の共働きファミリー(DEWKS)に焦点をあて「ターゲティング」を行っているのです。
「自治体がプロモーションターゲットを決めることに対して、『子育て世代を優先して、他の世代は無視するの?』とか『自治体がそんなことしていいの?』といった声もありました」
「でも、このまま人口が減ってしまったら、いまある街のかたちを維持していくのが難しくなります。流山市の場合は今後増える高齢者の方々を支えるために、若い世代の定住が必要でした。プロモーションの観点では、多くの自治体が言う『市民の皆さまのために』は、結局、誰のためにもなっていないのです」
自治体とマーケティングという前例のないフィールドに舵を切った流山市役所マーケティング課。人口減少社会において、今後、財政難が予想される自治体に求められるのは、「経営」の視点だと河尻さんは話します。
「市長が言っていることですが、自治体は民間企業と変わらない部分があるのです。自治体は市民の皆さまから税金を頂き、それを使って市民生活をサポートします。つまり、お客さんからお金をもらって、対価として商品やサービスを提供する会社組織と似ているところがあります」
「会社を経営するときにはマーケティングの視点は必要不可欠で、仮にマーケティングの部署がなくても、経営陣はマーケティングの視点を持って会社経営をしています。でも、自治体にはそれがありません」
30代から40代前半の共働きファミリー世代を定住ターゲットにマーケティング施策を模索する中で、河尻さんは「流山市は具体的にどんな人たちが住んだら楽しいのか」を徹底的に考えたと言います。
「流山市に住んで楽しく感じるのは、子育てをしつつ仕事もこなして、自然の中のアクティビティも好きで、さらに地域活動にも興味がある人と設定しました。つまり良い意味で『欲張りな人』です。そういった人たちは都心での生活に物足りなさを感じているのではと考えました」
▼ 財政的な余裕も観光資源もないならば、プラットフォームをつくって「人」に投資すればいい
毎年夏に流山おおたかの森駅前で開催される「森のナイトカフェ」(写真提供:流山市役所マーケティング課)
こうしてターゲットを明確にしたわけですが、流山市には財政的余裕も、観光資源もあまりありません。そこでマーケティング課では「人」という資源に目を付けました。
市が発信する情報はあくまでも「プロモーション」でしかなく、もっとも「説得力」があるのは、実際に街に住む人や、街を訪れる人が発する声なのです。そう考える、シビックプライドの醸成にも着手し始めます。
そこで流山市が企画・開催している「森のナイトカフェ」という毎年夏に開催される、おソト飲みイベントを活用することにしました。
このイベントは、普段なかなか居酒屋に入りにくい子育て世代が、子どもを連れて気軽に飲めるというイベントで、4日間で5万人以上を動員し、参加者の約半数が市外から参加すると言います。
森のナイトカフェ(写真提供:流山市役所マーケティング課)
しかし、このイベントのミソは、イベント内の特設スペースで開催される「そのママ夜会」だと河尻さんは話していました。
「初回のそのママ夜会は流山市内で活躍している人の話を聞く場として設けました。いろいろな地域活動をしている人、平日は都内で働き週末だけ活動する人など、属性の異なる5人を集めて、流山市での活動内容を話してもらったんです」
「普段、子供関係のコミュニティ、いわゆるママ友やパパ友には言えないことって結構あるんですよ。『私こういう夢があるんだよね』って言うと、引かれちゃうかなって思ってしまう。ママやパパだって、子育て以外に挑戦したいことはあるし、24時間子育てのことばかり考えていたら、子育て自体が楽しくなくなってしまうと思うんです」
「だからこそ、『自分のやりたいことへ一歩を踏み出したことが、今ではこんなふうになっている』といった話を聞くと、踏み出す勇気が持てるんですよ」
街を歩いていると、大勢の子連れママを見かける。子育て以外の部分で自分が活躍できる場所があれば、住むのもさらに楽しくなる。
そうした場を作るようになってから、場に参加した市民の方々が自然と動き出しました。
例えば、別のイベントで「独身の時から音楽フェスが大好きだったのに、子供ができてからフェスに行けないので、子連れOKな音楽イベントを流山で開催したい」とプレゼンしたママは、半年後には周囲の協力を得て、子連れが参加できる音楽フェスを開催したのだそうです。
こうした動きに対して河尻さんはこう話します。
「結局、媒介は人なんですよ。『あの人と出会ったのがきっかけで、今こんなことがやれている』という声を本当に多く耳にします。そしてそういう人たちはSNSに自らどんどん近況を報告するので、その周りの人達まで巻き込んでいくのです」
「皆さん声に出さないだけで、大きい小さいに関わらず、本当は実現したい夢や目標がたくさんあるのです。でも、それを実現するときに、具体的なノウハウや前例を知ったり、それを手伝ってくれる仲間を見つける場所が街に少ないのです。だからこそ、自治体がそういったプラットフォームを作る価値があるのではないでしょうか」
▼ 課題は隠すのではなく現状ありのまま見せていく
流山市の移住促進パンフレット。なんと、市民ボランティアの手によって制作されたのだそうだ。
興味深いのは、流山市役所が関わっているのが、プラットフォームの提供など初期の部分だけで、その後はまったく手を出さないことです。
一度そういう場所を提供すると、あとは参加者たちが自分たちで自主的にランチ会などを開くなど、自分たちで事を進めてしまい、市役所が出る幕はほとんどないと河尻さんは言います。
「自治体の人たちは自分たちで全て管理しなくてはならないと考えがちですが、そんなことはなくて、むしろ市民の皆様に頼っても良いのではないでしょうか」
子連れファミリーが多く住む流山市。多くのママやパパたちが、子育てと仕事を両立させつつ、新しいことに自らチャレンジする。
「市民発の企画として、例えば、こんなことが起こりました。共働きで学童保育に預けていない、またはキャパシティー不足などから預けられない小学4年生以上のお子さんたちの夏休みは、家で長時間1人になる可能性があります」
「子供は頼もしくなってきたけど、まだ心配という親御さんの声を聞いて、子供たちに楽しく家みたいな居場所を作ろうと、複数の市民団体さんが立ち上がりました。場所はコミュニティセンターなどを借りて、8日間の子供の居場所をつくりました」
「もちろん自治体は街の課題を解決するべく全力を尽くさなければなりません。その上で、もしかすると自治体はもっと正直に弱みを見せる必要があるのかもしれません。街の課題が見えてくると、その穴を塞ごうという意欲とスキルのある人が必ずいる」
「『もっとこうなったら良いのに。自分の住む街だし、できるところからやってみるか』と市民の皆さまに思っていただけるかどうか。そうすると、帰って寝るだけだった街が、自分事になる」
街の足りない部分を市民が見つけて活動してくれる流山市。地域の子ども達は市民に守られて育っていく。
そんな流山市に自ら住んでいる河尻さんは、流山市についてこう語っていました。
「流山市はベンチャー企業みたいな街って市民の方から言われたことがあるんですが、本当にそうなんですよ。お金はそんなに無いけど、市民一人ひとりに勢いがあって、とにかくやってみる」
「それに周囲の反応が見えやすいサイズ感も重要なポイントです。例えば、これが横浜のような大都市であれば370万人の中のひとりに埋もれてしまうかもしれませんが、流山は19万人。自分が起こしたアクションが、波及しやすいのです」
つくばエクスプレス開通と同時に開発が進められている流山市では、現在も至るところで工事が行われている。新興住宅地だからこそ、新しい街の文化は自分たちで築いていく。
流山市が圧倒的に他の町と違っているのは、いかにこの町は住みやすいかという「町の視点」で語っている他の自治体に対して、流山市はいかに自己実現を促すかという「人の視点」で語っていることです。
今後、人口が右肩下がりに減少し、それと反比例するように高齢者が大幅に増加する自治体にとって、若い市民は一番の資産になることは間違いありません。
その意味において、そうした人たちが活躍する場を提供する、流山市に大勢の人が集まるのは当然のことなのかもしれません。
【取材協力】
◾️流山市役所マーケティング課・課長/河尻和佳子
著者:高橋将人 2019/5/10 (執筆当時の情報に基づいています)
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