「ただいま」と人々が帰ってくる、吉川団地の子ども食堂「“貧困世帯を対象”としていたら、ここはきっとネガティブな場所になっていた。」

都道府県別に2045年までにどのように人口が推移するのかを調査した、国立社会保障・人口問題研究所の発表によると、埼玉県は2045年には75歳以上の人口が15年比で70%増え、高齢化が進むスピードはなんと、全国第2位という結果になったそうです。

そういった波に逆流するかのように、人口がおよそ13%も増加すると見込まれている埼玉県吉川市。

新しく吉川美南(よしかわみなみ)駅が2012年に開業してから駅周りには綺麗な一戸建てが並びはじめ、街はまだまだ発展途中です。



越谷市と三郷市という大きな街に隣接しているものの、江戸川と中川に挟まれ、緑豊かでのどかな雰囲気の吉川市。小さなお子さんのいるファミリーが引っ越して来ています。

そんな吉川市に1970年代に建てられ、今もおよそ1900世帯が暮らしているUR吉川団地。

この団地では毎週、月・水・金に、大人も子供も無料の子ども食堂「ころあい」がオープンしていて、毎回50食ほどの食事が準備されています。

週3日も開かれているこちらの子ども食堂では、「ただいま」「おかえり」と、まるで家に帰ってくるように声をかけあって食卓につきます。

▼ お年寄りのためにと設けた場所に子どもが集まってきた。「地域の大人からは『怪しい』と思われていたみたいです。」



吉川団地の子ども食堂「ころあい」は、訪問介護事業を行なっている社会福祉法人「福祉楽団 地域ケアよしかわ」の事業所に併設された、広場のようなスペースで開かれています。

「みなさん、最初は『こんばんは』だったんですけどね」と話すのは、「福祉楽団 地域ケアよしかわ」事業部長の石間太朗さん。2014年の設立当初から事業所とこのオープンスペースの運営に携わってきました。



石間さんによると、もともとは「お年寄りがここで涼んだり、一休みできるようになったらいいかな。」というような気持ちで場所を開放したのだそうです。

ところが蓋を開けてみると、入ってくるのは子どもたちばかり。「自由に使ってください、と言っても、地域の大人からは『怪しい』と思われていたみたいですね。」と笑う石間さん。

石間さんが子どもたちと会話をするようになってわかってきたのは、吉川団地に引っ越してきたばかりの子、何も習い事をしていない子、あるいは親御さんが一人で育てられていて忙しい子など、「なんとなく居場所がない」というような子どもたちが遊びにきているということだったそうです。

戸棚には子供食堂で使うキッチン用品のほか、子供向けの本なども置かれていた。

そんなある時、子どもたちが集まっていることが地域の民生委員の目に止まり、民生委員会の行っている「みんなの寺子屋」という、夏休みに子どもたちが集まってイベントなどをやる事業を、このオープンスペースで行うことになります。

夏休みにやってくる子どもたちの中には、お昼になってもご飯を食べなかったり、あるいは、100円でパンを買って済ますというような状態にあった子もいたそうです。

「お腹が空いた」と訴える子どもたちを前に石間さんは、お腹が膨れれば子どもたちは悪い方向に行かないのではないか、おにぎりを作っておいておこうか、と考えるようになっていきました。

するとちょうどその頃に、他の地区で寺子屋をやられていた方が「食の支援をやりたい」と言ってきてくれたため、その方が声をかけて集まってくれたボランティア、地域の民生委員、そして石間さんたちが一緒になって、子ども食堂を始めることになったのです。

▼ 食材は全て寄付で成り立つ。「吉川市の農家さんが獲れたての野菜をケースで持ってきてくれます。」



全国に子ども食堂は2200箇所以上あるものの、吉川団地の「ころあい」のように、週3日、無料で食事を提供するという子ども食堂はなかなかありません。

まとまった量の食材が常にあるというような状態でないと運営が難しいでしょうが、子ども食堂「ころあい」では、野菜も米も肉・魚も全てが寄付でまかなわれているのだそうです。

具の野菜がはみ出ているような、栄養満点の子ども食堂「ころあい」のメニュー

石間さんは食材集めがうまくいきだした経緯を次のように言いました。

「最初はスーパーを回ったんですけど全然分けてもらえませんでした。それで市内の農家さんを回ったら、『いいよ』って快諾してくださった方がいて。『あそこがいいよって言っているんだったら、うちもいいよ』って別の方も分けてくださるようになったんです。民生委員の代表を務めている方も子ども食堂を手伝ってくださっているので、『あの人も手伝ってるの?じゃあいいよ』って協力してくれる方もいましたね。」

吉川市では、駅から離れた吉川団地のあたりになると農地が多く、今では農家さんがそれぞれにとれたての農作物を直接事業所まで届けてくれているそうです。



野菜は市場に出し過ぎると価格が落ちてしまうため、収穫量が多い時は、レタスだけ、ネギだけと大量にもらうこともあり、野菜が余りそうな時は食べに来た人に配ったりもしています。

石間さんは言葉を続けます。

「医師会の会長さんが見にいらっしゃって、『高齢者もいるじゃないか。肉類はどうしてるの?』とおっしゃるので、『なかなか出せないんですよ』と答えたんですね。そうしたら『タンパク質を摂らないとダメだよ』と、週1回お肉を届けてくださるようになりました。」

他にも、パチンコ屋さんが子ども食堂のために端数の玉を集める回収ボックスを置いてくれて、ある程度玉が貯まったら調味料や缶詰に交換して送ってくれるそうです。

石間さん「福祉楽団の持ち出しで食材を提供していたのは最初の1年だけ。2年目以降、食材は全て寄付で成り立っています。冷凍のジャンボ焼売100パックなど、大量に食材を寄付してくれる企業もあるんですよ。」

食事を作っているボランティアの方たちは、石間さん曰く「超自立」型。

この日は人が足りないとなったら別の曜日の人が進んでヘルプに入ってくれますし、調理に関しては、ボランティアの方が3時くらいにやって来て冷蔵庫にある食材を見て、その場でパッとメニューを考えて作っているのだそうです。

▼ 「普段の暮らしの幸せ」は誰にとっても大切なこと。不良が寄ってきてもシャッターを下ろしたりはしません

来られる方は高齢者3:親子連れ7くらいの割合。16:30から開いているため早い時間帯にはお年寄りが多く、18時頃になると仕事帰りに子ども食堂で子どもと集合してご飯を食べて帰るという親子などが訪れる。

“団地”というと昨今、お年寄りの割合が急速に増えて孤独死などの問題も深刻になり、団地は都会の“限界集落”とも言われるようになりました。

しかし、吉川市の吉川団地では子ども連れで引っ越して来られる家族や、3世帯で暮らしている家庭もあります。石間さんも、吉川団地に初めて来た時に子どもが多いことが印象的だったと話していました。

石間さんたちのいるこの場所を子どもたちは「福祉楽団」からとって「ふくし」と呼んでいるそうですが、そんな子どもたちから、石間さんは次のように話しかけられたことがあったそうです。

「今まで『ふくし、ふくし』って言ってたけど、今日学校で習ったんだよ。おじさん、ふくしって知ってる?

ふだんの

くらしの

しあわせ

のことなんだよ。おじさんたちの仕事ってそういうことなんだね。」

古いけれど明るい雰囲気の残る吉川団地。
石間さんは、高度成長期に子どもだった自分たちと比べると今の子どもたちにとっては福祉が身近なのではないか、と思うことがあるそうです。

実際、北欧はオイルショックを機に福祉の課題に取り組んで現在は高福祉国家となっていますが、一方日本では、オイルショックを機に福祉を切り捨てる方向に転換し、景気の良い時代にはそれがますます進んで社会に格差が広がっていきました。

2015年の時点で7人に1人の割合と、貧困状態に陥っている子どもが決して珍しくない日本では、子どもたちの世界でも何かしら不安に感じることが昔と比べて増えているのではないでしょうか。

そうした中でも、いろいろな人が暮らす吉川市の大きな団地の子ども食堂から、この街における福祉のあり方が変わっていっているのかもしれません。

「普段の暮らしの幸せ」といった子どもの言葉のように、選別せずに誰でも入って来られる場所にしたいと、石間さんは次のように述べていました。

「『誰でもいい』というコンセプトでやっていると市から助成してもらえないんですよ。でも、助成が欲しいからといって『貧困世帯の人を対象とした事業所です』と言ってしまうと、多分ネガティブな雰囲気の場所になると思います。そうしないことが重要なんだと思うんですよ。支援を必要としていない子たちも来るから、支援を必要としている子も来られるんです。」

「ここは夜もシャッターを下ろしたことがないんですよ。不良の溜まり場になると怒られたこともあるんですけれど。でも、シャッターを下ろしたからといって、『その不良がここに座らなかったら別のところに座るだけでしょ?』って思うんですよね。たまに不良が来ますが、『タバコはここじゃダメだよ』って話しかけたりしています。」

「シャッターを下ろしたら負けだと思う」という石間さん。不良以外にも、入ってこられた認知症のおばあちゃんをなんとか連れ帰ったり、「ハローワークに出す書類の書き方を教えて」とやってきた人の相談に乗ったりしたこともあったそうです。



シャッターが下りたことのない大きな窓からもれる明かりが、人を集める。子ども一人でも食べに通える吉川団地の子ども食堂は、何か困難なことを抱えながら暮らしている子どもの親や、行き場のない少年、一人暮らしをしているお年寄りにとっても敷居の低い場所になります。

いいことがあった日も、何も考えられないほど疲れている日も、みんなただ“夕食を食べる場所”として、それぞれに子ども食堂「ころあい」に帰ってくるのです。


⬛️取材協力

社会福祉法人「福祉楽団 地域ケアよしかわ」事業部長 石間太朗さん

子ども食堂「ころあい」 ボランティアのみなさん


著者:関希実子・早川直輝 2019/6/12 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。