意識したのは普段通りの姿を見せること。西荻窪の頑張らないイベント「西荻茶散歩(ニシオギチャサンポー)」
「西荻」が愛称の街、西荻窪には、アンティークな雑貨店や古書店や、インディアンカレーやモロッコ料理など、店主の人柄が見える個人店が多く立ち並びます。
住みたい街ナンバーワンにランクインする人気街、吉祥寺を目指して当初は物件探しをしているうちに、隣の西荻窪に流れ着いた人も、その心地よさに西荻窪から抜け出せなくなるほどだと言います。
そんな西荻窪には年に一度開催される街を代表したイベントがあります。今年で開催10周年を迎えた「西荻茶散歩(ニシオギチャサンポー)」です。
どこか懐かしい雰囲気の西荻窪で、レトロなやかんがトレードマークのイベント。通常は年に一度のイベントですが、2019年は10周年を記念して11月2~4日の3日間の開催となりました。
西荻窪に位置する約100店舗がお茶を無料で提供するイベントなのですが、決してお茶が有名な訳ではない西荻窪で、あえて「お茶」をテーマにした理由とはなぜなのか。
今回は、西荻茶散歩(以下、チャサンポー)の運営をされている、國時誠(くにときまこと)さんにお話をお伺いしました。
▼ 手間を省くために見つけた「お茶」がイベントのメインになった。
デザイナー洋服屋のSTOREとコーヒースタンド・ギャラリーのHATOBAを経営する國時誠さん。
國時さんは、西荻窪駅北口から徒歩7分ほどにある『STORE』で自身がデザインされた洋服を販売しています。
武蔵野美術大学に在学中に、國時さんのアルバイト先であった美術予備校が位置する西荻窪で、たまたま物件を見つけお店を開いてからは、約10年が経つそうです。
そんな思い入れのある店『STORE』をオープンして約1年が経過した2009年に始まったのがチャサンポーだった、と國時さんは次のように語ります。
「『STORE』を開いたばかりの当時、地域のことを知らなかった僕にとって拠り所だったギャラリーがあります。それは、店の近所にあるギャラリー『みずのそら』です。当時、個展のクロージングパーティや食事会などで、頻繁に『みずのそら』に集まり、近所の方々と親睦を深めていきました。」
「友達の仲が深まると、みんなで一緒に遠出をする話になることがありますよね。それに似た感覚で、お店を利用して一緒に何かできないか、と考えて始まったのが、チャサンポーでした。」
「お客さんに各店舗を回ってもらうために、スタンプラリーがイベントの案に上がりましたが、楽しくやることが目的のため準備に手間をかけたくないなと思ったんです。手間を省くため、既に各店舗がサービスとして行なっていることをイベントに利用できないかと考えて行き着いたのが『お茶』でした。」
友人にお茶を出す様に、イベントに来てくれた人にお茶を振る舞う。
このように、地域のためといった目的ではなく、自分たちが楽しくできることを目的として開催された4日間のイベントがチャサンポーの始まりでした。
それぞれの店舗の距離が散歩できるほどの近さであることから、イベント名は「散歩」を含むものになり、集客のための「イベントらしさ」を出すことはしなかったそうです。
▼ イベントを長続きさせるためのルールは集会を開かないこと。
毎年楽しみにしている参加者は、マイカップを持参することも。お茶だけでなく、チャサンポーのグッズを販売する店舗もある。
当初は1回限りのイベントの予定であったものの、近所のお店の方に声をかけられたことをきっかけとして、國時さんが指揮をとり2回目のチャサンポーを開催するに至りました。
チャサンポーを長く続けるために、國時さんが意識したのは「ルールづくり」。最初につくられたルールは、イベントの運営として一番大事な要素とも言える「会議の廃止」でした。
大人数が参加する大規模なイベントだからこそ、何度か集まって話し合う必要があるようにも思えますが、國時さんはイベントのために集まらなかったと仰います。
「イベントに熱が入るほど、自分が準備で駆けずり回った実感や実行委員会の役回りが欲しいもの。会議を開くと、意見が出てきてしまうんですよね。のぼりを立てたり、Tシャツを作成するアイディアも出ましたが、通常の2倍頑張ることでイベントを成功させても、無理して頑張るのでは続けることが出来ません。長期間に渡ってイベントを続けるのであればやることは少ない方がいいと思うんです。
そのため、頑張らないことを全体の目標にして、僕自身は寄せられたアイディアをひたすら潰す、ということを頑張りました。」
チャサンポーのロゴを使用して、それぞれの店舗がのぼりやボードを作成することで個性が出る。
「2回目のイベント開催時には、実際に頑張らなくても人が集まったんです。イベントのユニークさや、前年の評価によって、呼び込みをたくさんしなくてもイベントに人が訪れてきてくれたんですよね。こうして特に運営に力を入れることなく、イベントを終えることで、イベント開催3回目では参加店舗の方も共通意識を持ってくださり、『チャサンポーは頑張っちゃダメなイベントだから』って周りに言ってくれるようになりました。」
参加店舗が運営を頑張らなくてもイベントとしてチャサンポーが成り立つのは、シンプルな運営を心がけていることに理由があると、國時さんは言葉を続けます。
「チャサンポーの面白さは、お茶が無料で配られること、チャサンポーの言葉の響きや、やかんをぶら下げる店頭のデコレーションだと思うんです。また、チャサンポーの独特な面白さに加えて、お客さんがイベントで期待しているのは、西荻窪にあるお店そのものです。
イベントでお客さんと地域の方が交流することで、どんなお店が西荻窪にあるのかだけでなく、お店の人の普段の頑張りを知ってくれるお客さんはたくさんいらっしゃいます。そのため、参加店が共同でやることに力を入れるより、各店舗がそれぞれの営業を頑張る方がいいと思うんです。」
▼ 「ハレノヒは要らない。」各店舗の個性を尊重し参加を無理強いしない
イベント時の売り上げを伸ばすよりも、いつもやっていることを普段通り頑張ることの方が個人店は大事。
チャサンポーのシンプルな運営は、店舗の参加方法にも現れています。
チャサンポーではイベントの規模を広げるために、運営側から各店舗に参加をお声がけをするのではなく、参加したいという店舗を迎え入れる体制にしているそうです。國時さんは次のように言います。
「面識のない店舗の方から参加の問い合わせが来たら、前年に参加した店舗から推薦をもらうことをお願いしています。自らアクションを起こさないとチャサンポーには参加できないんです。運営している側がお店を選ぶわけではないので、ジャンルの垣根を超えて参加店舗が集まります。その多様性も、チャサンポーの面白さをつくる一つの要素だと思うんです。」
参加店舗をはっきりと固定させないので、イベントへの参加辞退も自由。今年は参加しないと店舗から言われても、引き止めることはしないと國時さんは続けます。
「不参加の理由には、『忙しすぎて普段のサービスが提供できないから辞める』なんてこともあります。クラッシックをかけながらゆったりとコーヒーを楽しむような、毎日きてくれる常連さんがいるカフェでは、たくさん人が来るチャサンポーの当日は常連さんが避けるようになったなんてことが起きたそうなんです。
チャサンポーの目的は、お店にとってのカンフル剤になること。ハレノヒをつくらず日常だけで淡々とお店をやりたい、という気持ちがある場合は、その意思を尊重したい。」
▼ 参加する約100店舗の個性からつくりあげられる、西荻らしさ
だいたい10坪ほどの小さな物件にある個人店、というスタイルがよく見られる西荻窪。
西荻窪にある個人店はどこも必死に頑張っていると國時さんは次のように話していました。
「西荻窪は、古本や古着を扱うリサイクルショップのようなお店が好まれる街です。ここで物件を見つけたとき、ここで服屋を開くかは正直迷いました。商売をするのは難しいかな、という疑いの思いを抱えながらも、週2日お店を開けて、週4日に営業日が変わり、次は5日…と徐々にお店が軌道に乗っていったんです。
個人店が多い西荻窪では、同じような不安を抱えてお店を経営している人が多いと思います。西荻窪は、必死に頑張っている人たちの街なんですよ。」
「チャサンポー当日の『STORE』では、スタッフ全員を配置した上に、昔働いていたスタッフにも手伝ってもらいながら、やっと切り盛りができます。すると、イベントが終了するまで、店舗から外に出れず、後日談としてお客さんや他の店舗の方のお話から、イベントの様子を想像するしかありませんでした。
しかし、一度イベントの全体を見てみたいと思い、参加店舗を回ってみたことがあるんです。そしたら、お店から溢れるくらいの人の波のなかで楽しんでいるお客さんや地域の人をみて、いいイベントだなって再認識できるようになりました。」
西荻窪に人が集まることができる新たな音楽イベントの開催も計画している國時さん。西荻窪が現在の姿のまま、人の心に残ることを目指している。
チャサンポーは、イベントの運営ではなく店舗の営業に力を注ぐことで、店舗の個性が発揮されるイベントになります。イベントにおいて約100店舗の共通項となるものは、お茶とやかんだけですが、各店舗の個性がつくる『西荻窪らしさ』から街に一体感が生まれるのでしょう。
現在、都市開発のために5年後には同じ景色が見られるか保証がない西荻窪 で、チャサンポーを通してこの街の良さを残していけたら、と國時さんは仰います。
もしかしたら、地域らしさを残そうと躍起になっている街こそ、あえて街を主題としないチャサンポーのようなイベントが必要なのかもしれません。
【取材協力】
◾️西荻茶散歩実行委員会・ファッションブランド「STORE」 オーナー/國時誠
【アクセス】
ファッションブランド「STORE」
杉並区西荻北5-7-19
著者:須藤春乃・早川直輝 2019/8/20 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。