何でも”加工”できる時代に、”ありのまま”を写す。日暮里のレトロなフィルムカメラ屋さん、三葉堂寫眞機店
東京都荒川区の最南端、日暮里。およそ60軒もの商店が軒を連ねる「谷中銀座商店街」に象徴されるように、昔ながらの風情を感じさせる下町です。
そんな日暮里に「三葉堂寫眞機店(みつばどうしゃしんきてん)」という一風変わった店名のカメラ屋があります。デジタルで高性能なカメラが溢れるこの時代において、同店では、あえてフィルムカメラのみを扱っているんです。
デジタルカメラのようにシャッターボタンを押すだけで綺麗な写真が撮れるわけではなく、まずフィルムを入れて、オート機能がないために手動でピントを合わせ、さらに撮影後も「現像」に時間をかけて…と一手間を要するのが大きな特徴と言えるフィルムカメラ。
日暮里駅から徒歩10分ほどの場所に位置する三葉堂寫眞機店。繊維街を抜けた先の住宅街にひっそりと佇みます。
素人でも高画質な写真を撮ることができ、さらにその場で写真を加工することが容易になった現代において、そんなフィルムカメラが若い人に密かに受けはじめていると、店主の稲田慎一郎さんは話します。
「とくにアンダー25の世代って、何においても『自動』が当たり前ですよね。例えばカメラであれば、シャッターを切るだけで、勝手に綺麗な写真が撮れちゃう」
店主の稲田慎一郎さん。もともとはワインの販売会社で働いていたそう。
「そういう時代に生まれたからこそ、フィルムを調整して、現像にも時間かかって…という『手間』の存在が、若い人の目には新鮮で。いかにも“カメラで撮っている”という感じがするんですね」
▼ 「思っていた写真と違う」が面白い。何でも”思い通り”加工できる時代に、”想定外”を楽しむ。
撮る際に指の残像が映り込んでしまった写真。現像してみて分かることが「面白さ」に繋がる。
この撮り手を面白くさせるフィルムカメラ特有の「手間」には、上記のような物理的な所作に加えて、時間的な”タイムラグ”も含まれるといいます。
例えば現在のデジタルカメラやスマートフォンでは、撮ったらすぐに写真を確認することができますが、フィルムカメラではそれが叶いません。
フィルムを紙写真あるいはデータに焼く、つまり「現像」に時間がかかるのです。しかしこの”タイムラグ”も撮影者にとっては大きな意味を持つと、稲田さんは話します。
懇切丁寧にフィルムカメラの使い方を教えてくれる稲田さん。営業中は紺のエプロンを着用するそう。
「例えば旅行中、LINEアルバムを使ってみんなで即座に共有するというのは、デジタルの方では一般的になりました。ですが、忘れた頃に振り返ることができるのがフィルムです。写真を“撮る”ときと“見る”ときの時差があるから、その旅行を”思い出”にするんです」
テクノロジーの普及により、多くの分野において「すぐに・その場で」が可能となった現代において、あえて「時差」を生み出すフィルムカメラ。
そしてこの「時差」は、思い出を熟成させるだけでなく、写真そのものにも思わぬ”変化”を与えるといいます。稲田さんはそれを「イレギュラー」という言葉で表現しました。
「思っていたのと違う。この感覚は現像したときによく生まれるもの。ですが、この“違う”が面白いんです。思っていたよりも、明るくなっちゃったけど、その感じがまたレトロでいいよね、とか。灰色っぽくなってるけど、夜っぽくていいよね。みたいな」
「フィルムカメラ」と聞いてイメージしやすい『写ルンです』。若い女性のあいだで人気なのだそう。
「当初の想定とのズレは、良く出る場合も悪く出る場合もあるんですが、失敗こそ面白い。例えばスマホで撮ると、その場で加工アプリを使って綺麗に修正できちゃう」
「でも“修正”するってことは、当初から”想定”がある。そのゴールを目指して修正していく。全部自分の思い通りになるからこそ、それって面白いのかなあと」
▼ ”動画”が溢れる時代に、あえて”静止画”を撮る。「情報量が少ない写真だからこそ、見る人の想像力を掻き立てる」
「手間」と思われているものが、じつは「奥深さ」でもあるフィルムカメラ。このように同じ「写真」という媒体においても、大きな違いがあるフィルムとデジタル。
この二つには前述したような「手間」の問題以外にも、「動画」か「静止画」かという大きな違いもあります。
フィルムの場合、ごく一部の特殊なものを除いて動画を撮ることができない一方、デジタルでは無論この両方を撮ることが可能です。昨今では素人でもプロのような動画が撮影できたり、動画メディアが増えてきたりと、世界中に動画が溢れる時代となりました。
しかしそんな時代だからこそ、「静止画」を撮る意味があると、稲田さんは話します。
「『静止画』と『動画』の主な違いとして、情報量の差があります。例えば1枚の写真に3人の男女が映ってたとして、この関係性はハタから見たらわかりづらい。でも動画のなかで喋ってくれれば、なんとなくわかったりしますよね」
「そういう意味で、動画は情報量が多いために『限定的』なんです。静止画は、よくも悪くも見た人次第。見た人に委ねられてる。見た人に『これどう思う?』と投げかけている。そこで想像を働かせるのは面白い」
「例えば、先ほどの“思い出”の話に置き換えてみても、動画を見れば『あーこのときの、あの場面ね』と分かったりするけど、一枚の写真では『これいつのときだっけ?』となり、そこで会話が生まれて、思い出を深めることになったりします」
お客さんがフィルムカメラで撮った写真を、”思い出”としてここに収納していく。
手間がかかるからこそ面白く、思い出を濃いものにしていくフィルムカメラ。若い人への拡がりを見せているとはいえ、“普及”と言えるほどにはまだ足りていません。
そうした状況から、三葉堂寫眞機店では、さまざまな取り組みを行っています。SNSでの宣伝活動はもちろん、店内にギャラリーを設置し、誰でも撮った写真を展示できるようにするなど普及活動に力を入れているんです。
店への感想や撮った写真を記していく何でもノート。
そのなかで最も特徴的なのが、ワークショップ。フィルムカメラを無料で貸し出し、外を歩きながら写真を撮って、昼食を食べているあいだに現像する。その場で写真を確認できてしまうプランです。このワークショップの意義について、稲田さんは次の通り話してくれました。
「フィルムカメラをやりたいって人も、いきなり家電量販店に行って、その場で選ぶのは難しいと思うんです。カメラ専門店にしても、少し敷居が高い」
「つまり、フィルムカメラをやりたいという層と、実際にやっている層では乖離がある。この距離を、ワークショップのようなもので埋めていきたいんです」
窓口となるカウンター。奥の棚には修理中のカメラが並ぶ。
そもそも三葉堂寫眞機店を開店するにあたり、この「ワークショップ」の実現は絶対だったといいます。カメラを手に周って楽しい土地、という観点からこの“日暮里”のまちを選んだと、稲田さんは話してくれました。
「谷中銀座に象徴されるこの下町のレトロ感が、フィルムカメラのレトロ感にマッチしてると考えました。自分たちのまちで、自分たちの写真を撮る。これって素晴らしいことですよね。日暮里は“撮れる場所があるまち”なんです」
現像した際に「撮れてなかった!」とならないよう、購入時に使い方を丁寧に教えてくれるという三葉堂寫眞機店。「フィルムの入れ方が分かるようになるまで帰さない」と稲田さんは笑って話します。
いまや有名雑誌のモデルがバッグに忍ばせていたり、撮ることもなくファッションアイコンとして持ち歩かれることもあるフィルムカメラ。“いい写真を撮る”と気構えずに、まずは持ち歩いてみることから始めてみるといいかもしれません。
【取材協力】
三葉堂寫眞機店 店主/稲田 慎一郎さん
【アクセス】
東京都荒川区東日暮里5-32-6
日暮里駅より徒歩10分ほど
著者:清水翔太 2019/8/29 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。