週に一度だけ人と環境に優しい選択肢を選べるように。駒沢の小さなガレージが、ヴィーガン料理店になった。

世田谷区の駒沢は、田園都市線の駒沢大学駅周辺に細い路地が入りくむ、閑静な住宅街です。

そんな駒沢には、インターナショナルスクールが4校、大使館が2館あり、外国人の方が多く住んでいます。駅名にもなった駒澤大学に通う外国人留学生も、周辺にある留学生向けのシェアハウスなどで生活をしており、落ち着いた暮らしの中に異文化の雰囲気を感じることができます。

都心から少し離れている駒沢ですが、地元の人だけでなく外国人観光客もわざわざ足を運ぶお店があります。

そのお店は、駒沢大学駅から伸びるメインの通り隣の一本路地を、3分ほど歩いた場所にある、オーガニック食材・ヴィーガン料理専門店「mique(ミケ)」です。

2019年の5月でオープンから2年が経つ「mique(ミケ)」

宗教上の理由で食事制限がかかる外国人が多く住んでいる地域であるからか、駒沢には、ここ数年の間に動物性の食材を一切使用しないヴィーガン料理や、肉や魚を使用しないベジタリアン料理を提供するレストランが増えてきました。

いくつかあるヴィーガン料理店の中でも、「mique」の噂を聞きつけて人が集まってくるのはオーナーの瀬戸恵子さんが「完全なヴィーガンではないこと」が関係しているのかもしれません。

瀬戸さんは、厳格に思える食事制限が伴うヴィーガン料理を生業としている一方で、私生活では肉や魚を食べるときもあるそうなんです。

矛盾にも思えるような瀬戸さんの食への考え方の原点は、彼女が影響を受けた海外でのヴィーガニズムへの取り組みにありました。

▼ 楽しいことが前提である食事にストイックさは要らない

ガラス戸から店内を覗くだけでも、全体が見渡せるほどの大きさのお店。店内の隅にあるオープンキッチンで仕込みをする、オーナーの瀬戸さんと会話をしながら食事をすることができる。

瀬戸さんは、ヴィーガン料理専門店を開くにあたり、NYにてベジタリアン向けの料理人を育成する料理学校の「ナチュラルグルメ・インスティテュート」に半年間通いました。料理学校の卒業後は、現地のローフードかつヴィーガン料理を提供するお店で修行を重ね、さらに帰国後は和食料理屋で1年勤めたそうです。

そのため、「mique」で提供される料理は和洋折衷のワンプレートスタイル。「mique」の料理が洋食に偏らなかった理由は、日本の伝統的なベジタリアン料理の精進料理からインスピレーションを受けていることも関係している、と瀬戸さんは言います。

「日本の伝統的なベジタリアン料理といえば、精進料理があります。『mique』のメニューは、お寺の精進料理を食べてみたり、精進料理のレシピを眺めることで生まれたアイディアが元になることもあるんです。

精進料理のようなベジタリアン料理がありながらも、魚介類の出汁を中心に使う和食では、野菜を中心とした料理でもヴィーガンの方は食べることができません。

また、グルテンフリーとヴィーガンといった組み合わせの食事制限がある方は、さらに食事をする場所を見つけるのが大変になります。そのため、駒沢は観光地ではないにも関わらず、外国人観光客の方がわざわざ『mique』にきてくれることもあるんです。」

アトピー体質であった幼少期に、玄米が中心の食事で育ったという瀬戸さんは、食事が及ぼす体への影響を肌で経験した。

外国人観光客に加えて「mique」によくいらっしゃるのは、近所に住む子ども連れの家族、ママ友会をする女性グループ、駒沢で勤めている外国籍の方だと、瀬戸さんは続けます。

「美容と健康を考えて食べるものを選んでいる女性の方、ボディビルダーの若い男性の方など、日頃から健康に気を使っている人だけでなく、たまには子どもにオーガニックの食材を食べさせたいと考える親御さんもいらっしゃいます。

『mique』では、パンチを効かせた味付けや、カラフルな野菜で見た目も鮮やかにすることで、ヴィーガン料理に対する垣根を思いっきり低くしたいんです。そのためか、『mique』にくるお客さんはなんちゃってヴィーガンの方や、ヴィーガン料理を初めて食べる人も多くいらっしゃるんですよ。」

「私にとって食事は、コミュニケーションの一つであり、楽しいもの。だからお客さんにも、野菜だけのヴィーガン料理だからといって楽しい食事であることを諦めて欲しくないんです。

『楽しい食事を選んだ結果で人や環境に優しいこと』が前提なので、私自身も誰かと食事をするときは、皆んなが楽しめるものを選びたい。だから、その結果的として、たまに肉や魚を食べることになっても問題ないと思っています。」

瀬戸さん撮影。瀬戸さん自身がお酒好きなこともあり、酵素ドリンク、ビオワインやオーガニックビールの取り扱いもしている。自分が美味しいと感じるものを基準にしてメニューを考えるため、自分の好きなものが店に集まる。

瀬戸さんがもつ食事への思想は、海外の取り組みからも影響を受けているそうです。その一つに、「ミートフリーマンデー」があります。

ミートフリーマンデーとは、ポール・マッカートニーとステラ・マッカートニーを中心としてイギリスで2017年に始まった運動のこと。週に1度だけ肉や魚を食べないことで、環境保護、自然エネルギー保護、健康増進を目指しています。

瀬戸さんが滞在していたNYでもミートフリーマンデーの活動は広がり、NY市長のビル・デブラシオは、合計110万人を超える生徒が通う公立学校で、月曜日にベジタリアン料理を朝食と昼食として配給することを発表しました。

そんなミートフリーマンデーに似た役割を「mique」が担っている、と瀬戸さんは語ります。

「大切なのはヴィーガンが人や環境に与える影響の知識を少しでも持つことです。そのため、お店に来た人がヴィーガン料理を毎日食べるようにならなくても、一つの選択肢として選べるように、『mique』を通じて世の中に提唱したいなと思っています。」

▼ 品種改良していないカカオからチョコレートを作るイベントや2ヶ月毎に雰囲気を変える店舗の先に、人や環境を癒せる活動があった

住宅街の一角にある小さなお店だが、通勤で人もよく通る。オーガニックのお味噌汁とおにぎりを提供する朝ご飯の時間帯は、友人にお店を借すことで開いている。

「mique」では、食事を楽しむだけでなく、瀬戸さんが好きなものや気になっているものを体験することもできます。

たとえば、瀬戸さんの友人が輸入する、品種改良していないブラジル産カカオからチョコレートをつくる、ビーントゥーバーイベント。今後は、その友人の農家の人脈を頼り、ブラジル野菜を使用した料理を『mique』で提供することも考えているそうです。

イベントも開催される「mique」ですが、もともとはガレージを改装してつくられたため、全部で8席しかない、小さなお店です。その小規模な店舗でも、淡白な住宅街で一段と存在感を放つことができているのは、店内に飾られたアートが彩りを与えているからかもしれません。

オープンの準備を進める中で、壁が白いままだったらつまらないと感じたことから、知り合いのアートを飾り始めた。アートはお店で購入もできる。撮影時に飾られていたのは、瀬戸さんの同級生であるNY在住コロンビア人の作品。

瀬戸さんは、料理人になる前は広告代理店でアートディレクターを勤めていました。現在では、友人のアーティストがつくる作品を中心に使用し、2ヶ月に1回店内の装飾を新しいものに変更しています。

まるで展示会の様に内装を変えるアイディアは、前職のアートディレクターだった頃に出会った友人との会話から生まれた、と瀬戸さんは話します。

「会社員時代の友人が自宅のガレージスペースを提供してくれたことで駒沢に『mique』を開くことができました。その友人も美大出身だったこともあり、お店をギャラリーのような空間にする案が出たのが、アートを店に飾る様になったきっかけです。

アートを飾ることで、アーティストの友人の方がわざわざお店に足を運んでくださることもあります。インテリアとして飾れるだけでなく、人との繋がりもできてお店自体を楽しい場所にすることができる、アートを飾るのは私としてはメリットしかないんです。」

週に何度か届く野菜でメニューを決める。食材や調味料が足りなくなったら、桜新町にある「ムスビガーデン」というオーガニックスーパーに買い出しに行くそう。

「mique」で得られるのは、外国人観光客が和食を日本で食べたり、日本人が海外アーティストの作品をみることに似た、ヴィーガンという新しい世界に触れる喜びです。

これまで興味がなかった人でも、「mique」で週に1度のヴィーガン生活を始めることができるのは、人の繋がりを大切にしながらヴィーガンを選択肢の一つと楽しむことに重点を置いているからでしょう。

人や環境に優しいから、とヴィーガンによるインパクトを喧伝するよりも、「mique」の様な存在が日常にじんわりと馴染むことが、人々の意識を変化させるのには必要なのかもしれません。

何の変哲も無い住宅街の一角で、新しいライフスタイルを探しに、わざと駒沢の路地に迷い込んでみてはいかがでしょうか。


著者:須藤春乃 2019/9/10 (執筆当時の情報に基づいています)
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