新宿にある子どもの”新しい放課後”、みちくさくらす。「地域の大人が、子供の”自由”を育てる」

東京都新宿区にありながら、都心の喧騒から少し離れた場所に位置する牛込柳町駅。都営大江戸線が通るこの駅から徒歩1分ほどの場所に、「みちくさくらす」と呼ばれる複合施設があります。

放課後の時間になると子どもが集まってくるこの場所は、児童館でもなく、塾でもない、全く新しい施設です。一階はシェアキッチンを兼ねたカフェスペース、二階は「子どもの教室」と呼ばれるフリースペースとなっているみちくさくらす。

1階にあるシェアキッチン。料理のワークショップを開催したり、総菜屋さんが栄養たっぷりの料理を販売したりと、自由に活用される。

2階にあるフリースーペース。学習塾のようになったり、イベントが開かれたりと使い方は様々。

1階では仕事帰りの保護者たちが談笑し、時にごはんを食べる。上ではボランティアの大学生が、子どもに勉強を教える。そうした光景が日常的に見られる、”親子のための自由空間”なんです。

毎週のようにイベントが開催され、一日に何十人もの人が行き交うみちくさくらす。そんな空間をつくりあげたのは、一組の夫婦でした。

▼ 「放課後」は”余りの時間”ではない。子どもが窮屈する時代だからこそ、”解放の時間”に



3歳と0歳の姉妹を育てる並木義和さん・優さん夫婦は、世田谷から新宿に引っ越してきた際に、多くの課題を感じました。

住民が少なく、オフィスが多い新宿では、親が気兼ねなく子どもを連れて行ける場所が少ない。また、小学生になると民間学童は高い費用がかかり、公立学童では費用があまりかからない分、過剰ともいえる数の児童で溢れている。そうした状況を危惧した夫妻は、課題解決に乗り出しました。

並木さん一家。左手:並木義和さん。建築の仕事をする傍ら、みちくさくらすを運営。右手:並木優さん。主にコンテンツ制作、施設運営、広報などソフト面を担当

動いていく過程で改めて考えるようになった「放課後」という時間。優さんは、次のように語ってくれました。

「『後』という字がついているので“余った時間”のような印象がありますが、実際小学校低学年の子供は1、2時には学校が終わるので、事実その『後』というのが、1日のメインになってきたりします」

この長い放課後の時間は、子どもの自主性を育てる”解放の時間”であると義和さんは話します。

「いまの子どもって、私たちが子どもの頃より不自由で窮屈なことが多いと思うんです。治安の心配などで、子ども同士で約束する時や友達の家に行く時にも学校を通さなきゃいけなかったり、時代の変化でカリキュラムが増えたりで、いろいろしがらみが多い」

「お金のかかる民間の学童でも、手厚いがプログラムが詰め込まれすぎて、子どもが疲弊してしまうという現状がある。だからこそ子どもにとって必要なのは本当の意味での『自由』の場なんです」

0歳のお子さんを抱いて、インタビューに応じてくれた並木義和さん。

「放課後というのは、余った時間などではなく、そうしたしがらみから子どもを”解放”する時間だと思うんです」

せっかく「自由」な場にするのだから、と子どもの自主性や創造性を育てるために、みちくさくらすでは様々なイベントを開催しています。

「宇宙教室」と呼ばれるイベント。VR技術を駆使して子供と宇宙を繋ぐ。(写真提供:みちくさくらす)

開催されるイベントには、VRを駆使した宇宙空間の体験や、アーティストによる写真展など、「子ども」向けのものもそうでないものも見られます。その理由について優さんは、次のように話します。

「“子ども向け”“ママさん向け”、としちゃうと、ありきたりで、決まりきったコミュニティスペースにしかならない。とにかく色んなことが起こる空間にしたかったんです」

「そのために『カフェ』『保育所』のようにコンセプトを全面に押し出すのではなく、『レンタルスペース』として子どももママも関係ないようなイベントも開いているんです」

入り口の脇では、子供達の喜びそうな色とりどりのお菓子を販売。これには優さんの持つ原風景が影響している。

このようにコンセプトにこだわらない自然な空間が形成されたのには、優さんの頭の中に存在する”ある風景”が影響していました。それは実家で優さんの祖母、母が経営していた「塾」だったのです。

「実家の離れにある、縁側付きのの広い小屋のような場所で、祖母と母が子どもに勉強を教えていました」

「いまの塾のように先生対生徒、というような、いわゆる『講義形式』ではなく、先生である祖母や母も子どもの輪に入り込む。勉強の時間が終わると祖母がお菓子や麦茶をだしたり、とにかく賑やかでとてもアットホームな感じがよかったなあと」

▼ まちに散らばるたくさんの「才能」。行動を起こして初めて浮かび上がる”地域のネットワーク”

写真提供:みちくさくらす

優さんが持つ原風景の通り、いまでは多くの人が行き交い、多種多様なワークショップ等が開かれるようになったみちくさくらす。

こうして様々な業界の人がこの施設でイベントを開くようになったのには、「地域での繋がり」が大きく影響しているといいます。この施設が地域住民と繋がっていった経緯について、優さんは次の通り話してくれました。

「ここは昔、クリーニング屋さんだったんですが、この施設仕様にDIYする際に、近所のみなさんに『一緒にやろう』と投げかけたら、集まってくれたんです」

開設前、DIYのために集まってきた地域の方々、友人。この建物は以前、クリーニング屋だったという。(写真提供:みちくさくらす)

「またここを開くにあたって、近隣のママさんにどんなニーズがあるかインタビューしたんです。そこでママさんに『あの人は料理が得意で』『あの人はあそこでワークショップをやって』と口伝てに教えてもらいました」

「地域のネットワークっていうのは、外からじゃ分からないことが多い。その地域に入り込んで、根付いて、実際に動いてみて初めてわかる。『生業ではないものの得意技を持ってる人』『何かしたくてうずうずしてる人』って、本当は地域にたくさん隠れてるんですよ」

最後に「みちくさくらす」の名前の由来について、義和さんに語ってもらいました。

「新宿、とくに牛込柳町界隈は夏目漱石ゆかりの地として知られており、漱石の作品の一つである『道草』と、放課後子どもたちが集まる教室としての『class』、人々の生活に密着した場所になるようにとの願いを込めた『暮らす』の2語をかけた『くらす』を組み合わせて名付けました」



昨今、問題になっている「小1の壁」。保育期を抜け、ようやく時間ができると思いきや、待っているのは長い放課後や、夏休みなどの長期休暇、協力を求められる学校行事の数々と、保護者の休む時間がありません。

厚生労働省の調査では、平成10年からの約20年のあいだに学童保育を利用する児童の数は約3倍になったと報告されています。共働き世帯の増加で、それでも施設の数は足りず、その需要は高まるばかりです。

その一方で、治安や教育改革などの関係で、子どもに不自由が多くなってくるこの時代。だからこそ、必要になってくるのは”親子の道草”なのかもしれません。

「みちくさくらす」は、今日も自由な放課後を謳歌する子供の元気な声で溢れています。


【取材協力】

みちくさくらす 並木義和・優さん

【アクセス】

東京都新宿区市谷柳町7

(大江戸線牛込柳町駅徒歩1分ほど)


著者:清水翔太 2019/9/17 (執筆当時の情報に基づいています)
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