まちのコワーキングスペース、OpenSource Cafe, Shimokitazawa。「誰かが置いていった仕事道具が、他の誰かのためになる」
東京都世田谷区の北東部に位置する下北沢。小劇場やライブハウス、アパレルショップなどが軒を連ねていることから「サブカルチャーのまち」として認識されることが多いですが、通りを逸れると住宅街が広がっています。
高級住宅が立ち並ぶ静かな家々の連なりの一角に、老若男女、様々な層の人が出入りする施設。「OpenSource Cafe, Shimokitazawa」(以下、オープンソースカフェ)と名付けられたそこは、デザイナーや翻訳家、プログラマーなどのフリーランスから、主婦や子供など、幅広い層が利用するコワーキングスペースです。
壁面にずらりと並んだ蔵書。IT関連の本から絵本まで幅広く置かれ、そのほとんどが入会者の「寄贈書」。
「コワーキング(co-working)」というのは、アメリカで発祥した概念であり、特定のスペースを共有し、その名の通り共に働くというもの。
通常はフリーランスやビジネマスマンが出張先で利用したりすることが多いのですが、ここでは職業に関係なく、なかには主婦が趣味で利用したり、小学生がプログラミングを練習したりと幅広く活用されています。
▼ コワーキングスペースは、誰かが作り上げた「特別」な空間ではなく、生活の中で自然に生まれた「日常」の空間
壁面に並べられた工具は、様々な職業の入会者が置いていったもの。
はじめは店名の通り、IT技術者たちが集っていたオープンソースカフェ。現在の形のように様々な層に愛されていった過程を、マスターの河村奨(つとむ)さんは以下のように語ってくれました。
「私が意図して対象を広げたというよりは、入会者の方それぞれが、空間を作り上げていってくれた感じなんです。例えばうちでイベントを開く際、店が主催するのではなく、入会者の方に開いてもらうことが多いんです」
「オープンソースカフェ」開設の過程について語るマスターの河村奨さん。
「入会者の方が、自身の職業や知見を活かしたイベントを開いて、興味を持って参加してきた人が、いつの間にかうちの入会者になっている。そうして職種が広がると、面白いことが起きるようになりました。みなさん、仕事道具を置いていくんです」
「本に始まり、カメラの三脚やギター、木工用の工具まで。そうすると、ある人が置いていった物を、ある人が使うようになる。例えば鉱物職人が置いていった半田ごてを、アクセサリー作りが趣味の主婦が利用する、なんてことが起きる」
テック関係の工具から、木工用の道具まで幅広く掛けられている。
「入会者それぞれの“仕事道具”や“知見”そのものが、この空間の幅を広げる。雑多だけど“何でもある空間”になって、職業とか関係なく有機的に繋がっていくんです」
この話の通り、本棚に並ぶ本は3分の2ほどは寄贈されたものだそう。壁一面にかけられた工具も、そのほとんどが自然と集まってきたものなんです。
入会者の職業が広がっていく分、本の幅も広がっていく。
このように、自身の手を離れて形成されていった空間を見、高校時代の「部室」のようだと感じた河村さん。そしてこの「部室」という概念こそが、本来的に目指していた姿だと言います。河村さんは、次の通り語ってくれました。
「いわゆる高校時代の“部室”って、形を変えていまも残っているんだなって思うんです。あの狭い部屋に、各々の私物があって、談笑したり勉強したり食事したり。関係ない部活の人が入ってきたり、道具を借りたり」
談笑する入会者のお2人。入会者はキッチンを使ってコーヒーを作ったり調理したりすることが可能。
「そういうのって、ずっと続いてて。大学に入れば、研究室もそう。一番最初にアメリカで生まれたコワーキングスペースも、そんな感じ。アパートや倉庫にパソコンを持ち寄って、なんとなく始まっていったんです。『コワーキングスペース』ってそれっぽい名前が付いてますけど、本当は『日常』のなかに結構あるんですよね」
こうして“部室”的な使われ方をしているからこそ、道具を借りるために来たり、ただ談笑したりするために来る入会者も多くいるといいます。
▼ コミュニティは”作る”のではなく”生まれる”もの。空間に「繋がり」を求めると失敗する
このように「コワーキングスペース」という特殊な空間のなかでも、異色な空間を作り上げてきた河村さん。昨今、さまざまな場所で耳にする「コミュニティ」や「繋がり」といった概念について、以下のように語ってくれました。
「人と人との繋がり、いわゆるコミュニティみたいなものを求めて来ると、大抵の場合は不幸になると思うんです。“居酒屋”を思い浮かべてみると分かりやすいんですが、そこはあくまで“お酒を飲みにいく”ところですよね。だから『他のお客さんと友達になるぞ!』と意気込んでいくと、大抵空振りする」
綿飴ロボットを作るイベントに集まった人と、近所の子どもたち。(オープンソースカフェInstagramより)
「そういう意味で、やっぱりコミュニティっていうのは作り上げるものではなく、あくまで“結果的に”できるものだと思うんです」
「一緒に部活をする、一緒に仕事する、一緒に勉強する…そういう共通項が前提にあるからこそ、極めて自然なかたちでコミュニケーションが発生して、コミュニティが生まれていく」
「うちもそうで、やっぱり“コワーキング”なので、あくまで一義は“共に働く”こと。僕ができるのは、そのうえで自然発生的にコミュニティができるように、書棚を置いたり、工具を少し置いてみたり、あくまで“水面下”で仕掛けを張ることなんですよね」
2011年に開設されたオープンソースカフェ。当時日本には「コワーキング」という言葉さえ存在しなかったと言います。現在では、多くのコワーキングスペースが存在しますが、「参加者同士の繋がり」といったものをコンセプトとして掲げている場所も多くあります。
そんななか、そうした「コミュニティ」的なものを副次的な位置付けにすることで、逆に繋がりが生まれることとなったオープンソースカフェ。河村さんに今後のあり方について聞いたところ、以下のような答えが帰ってきました。
「コミュニティ形成の過程と同じで、見立てみたいなのものはありません。プランがないのが、うちのプランです。やっぱりマスターである僕が計画を打ち出すより、入会者の皆さんと一緒に作り上げていきたい」
「『コンセプト』を打ち出すと、会社になってしまいますから。コワーキングスペースという“個人の集合体”だからこそ、あくまで好き勝手に。個人のできる範囲というのものを、とにかく広げていきたいです」
「下北沢も、さまざまなことで最先端を行くまちですし、時代を先走る人がたくさんいる。そういったまちの人たちのニーズに合わせ、自在に変化していきたいです」
今後は千葉房総に2号店の開設を予定しているという、オープンソースカフェ。すでに日本では定着している「コワーキング」を推し進めながら、あえて「繋がり」を前面に押し出さないという考えは、異端でありながらも極めて自然なことなのかもしれません。
【取材協力】
OpenSource Cafe, Shimokitazawa マスター/河村 奨さん
【アクセス】
東京都世田谷区代田6丁目11−14 G1
下北沢駅から徒歩7分ほど
著者:清水翔太 2019/10/3 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。