家にいる時のように低い声で。“素”ではたらく、BABAlab(ババラボ)さいたま工房。「お仕事しながら、おしゃべりしながら…」
JR埼京線の「中浦和」が最寄駅の、さいたま市南区にある閑静な住宅街、鹿手袋(しかてぶくろ)。
この地区の、ある赤い屋根の一軒家は、70代80代のおばあちゃんたちもスタッフとしてはたらく、「BABAlab(ババラボ)さいたま工房」です。
▼ スタッフは、40代と70代が半々。「職場というより、実家かな?」
スタートして8年が経ったBABAlabさいたま工房。
「50代半ばくらいまで外に出てはたらいていたんですよ。そのあと、10年くらい孫をみて、そのあとは自分のお洋服とかつくっていたんです。」
手元を動かしながら、工房ではたらくようになる前のことのお話をしてくださったのは、こちらで勤めてもう4年になるという田村さん。
「お仕事しながら、おしゃべりしながら」と田村さんのおっしゃるように、おしゃべりの絶えないBABAlabさいたま工房では、孫育ての一段落したおばあちゃんとともに、現在子育て真っ只中のお母さんたちも生き生きとはたらいています。
指先がなめらかに動く、体に染み付いたおだやかな仕事姿が印象的な田村さん
BABAlabさいたま工房に勤めて7年目の鈴木さんには、まだ幼稚園のお子さんがいます。
鈴木さんがまずお話ししてくれたのは、普段のよくある1日のこと。
「幼稚園が半日で終わっちゃう日があるんですね。朝、工房に来て仕事をして、お昼前に幼稚園に迎えに行ったら、また子どもと工房に戻ってきます。子どもは、ここでお昼もおやつも食べて家に帰るんですね。」
工房で幼少期を過ごしたスタッフのお子さん同士はどこか兄弟のようで、幼稚園を卒業してから顔を会わせる機会が減っても、たまに会えばブランクなどなかったように遊び出すそうです。
お子さんが赤ちゃんの時から過ごしているBABAlabさいたま工房では、鈴木さんは「実家かな?」と錯覚するくらいの感覚で居られるといいます。
鈴木さんは、次のように続けます。
「前の職場は、威張っているおじさんと、チャラチャラしたおじさんと、ツンとしたお姉さんといて。私も“仕事場”として行くので、全然しゃべることなく、自分を出さぬままでした。そういう場所なんですよね、“会社”って。当時はそれをわからずに、『なんだかつまらないな』って思っていましたね。」
「工房では、私は素だと思います。家にいるのと同じくらい低い声でしゃべってます。普通に過ごしていると思います。」
▼ 何歳でも、どんな人にも役割はある。「私の役割は、“子どもの味方”です。」
メモリが大きく持ちやすい「ほほほ 哺乳瓶」。工房では、シニアスタッフや子育て中の女性たちが、孫育て・子育てを楽しく安全にするグッズを開発し、製造している。
もちろん昔から知っている仲ではない工房のスタッフたちですが、なぜ、みんなが居心地がいいのか、よそいきの顔をしていないのか…。
BABAlabさいたま工房を設立し、代表を務めている桑原さんに聞いてみたところ、「一人一人の出番づくりがうちのミッションなんですよ。」と、次のようにお話されていました。
「どちらかというと、片隅にあったりとか、機会がなくて輝けていなかったりとか、そういうものや人を見つけて引っ張り出すのが好きなんです。」
「それをどう見極めるかについては、もって生まれたもの。経験値は関係ないです。好きなこととかも考えた方がいいんでしょうけど、まず資質。例えば、縫い物をやりたくて来た人でも、リーダーの方が絶対向いているって思ったら、リーダーをしてもらったりしています。」
「あるものを生かす、という視点ですね。『この空き箱はこういうことに使えそうだ』とか、そういうことを考えるのが大好きなんです。実は、自分がそういうことが好きだったんだと最近気づいたんですけどね。それまでBABAlabを8年やってきて、なんでやってるのか、自分の適性や資質がわかっていなかった。」
最近では、斬新にもみえるシニアの着眼点を求めて、飲食店など、ものづくり以外の業種などからも意見を求められることも、BABAlabさいたま工房では増えて来ているそうです。
「どんな人にも役割がある」ということを大切にしているBABAlabさいたま工房では、一般的な企業のように、あらかじめ役割が決まっているところに入って自分を役割に合わせていくという、はたらき方は求められません。
実際、70代80代では若い世代のように決められたマニュアルに沿って、周りと同じように働く仕事は難しいでしょうが、おばあちゃんたちも自分が生まれ持った資質を生かせば、はたらくことができます。
工房ではたらいてきた桑原さんのおばあちゃんには、「子どもの味方」という肩書きが付いているそうです。
▼ 「自分で稼ぐ = 誰かの役に立っている」という証明
「力が弱くても可愛い孫を抱っこしたい」というおばあちゃんたちの想いから、おばあちゃんたちの手で作られた抱っこ布団には、「腕が悪い自分でも、孫を抱くことができました」と喜びのコメントが寄せられた。
私たちが日々「仕事をする」という意味で使っている「はたらく」という言葉にはもともと、「傍(はた)を楽(らく)にする」、つまり「人の役に立つ」という意味も込められていました。
年金をもらう立場になっても、はたらいて人の役に立つ喜びは変わらないもの。そうした意味で、はたらいて得るお金は“社会記号”なのだとして、桑原さんは次のようにお話してくれました。
「何のために生きてるのかと問われた時に『自分のために生きる』ということほど難しいことってないんじゃないかなって思うんです。いくらお金をもらっても何を買っても底が見えない、どこまでも満足できないんじゃないかな。」
「当たり前のことですけど、一人で生きて一人で死んでいける人っていないし、すぐそばにいる人のためとか家族のために生きると考えた方がみんな生きやすいですよね。」
「誰かに『ありがとう』と言ってもらう代わりにお金をもらう。自分で稼ぐことが、自分の証明というか、社会の誰かの役に立っていると証明になる。」
「この工房のようなシニアが働ける場所が全国にあれば、いろんな人の働く選択肢が増えると、そこを目指して、そこに向かっているはずなのになかなか大変で…。スタートを切れていない感じがずっとあった。この2、3年でネットワークができ始めて、企業さんからもお仕事がもらえるようになりました。」
日本では2007年に生まれた人の半数が107歳より長く生きるという研究データもあり、“人生100年時代”が声高に叫ばれるようになりました。
高齢者として過ごす時間が長くなるほど、歳をとってはたらけなくなったらどう暮らしていけばいいのか、社会のお荷物になるしかない、という不安は大きくなるばかりです。
実際、桑原さんがあちこちでBABAlabさいたま工房の話をすると、学生や働き盛りの若い世代からも共感されるそうです。
桑原さんは、次のように言います。
「シニアがはたらける場所があって、つながって盛り上がって…そういうことを話すと誰もが『いいね!』っていう。若い人でも、50年後を考えた時にBABAlabさいたま工房のような場が必要だと思っているんですね。」
「今30代の人たちが70代になる頃って、生産年齢人口と老年人口がほぼ一緒くらいになるんです。自分たちは年金はあてにできないと思っている。そこにこの工房のような場があれば少しでも希望になる。」
現在は現役世代2人が高齢者1人を支える構図になっているが、今の20代30代が高齢者になる頃には、現役世代1人が高齢者1人を支える社会になるという。
老いてゆく人を邪魔者扱いする社会では、いつか自分も邪魔者扱いされることは間違いありません。
意外とみんなが目指している「シニアになっても誰かの役に立てる社会」へ…。さいたま市の住宅街の、自分のおばあちゃんや近所のおばあちゃんの役割をつくるところから、全国へと挑戦は広がっています。
◆取材協力
BABAlab 桑原静さん、スタッフの皆さん
◆アクセス情報
JR埼京線 中浦和駅から 徒歩8分
JR埼京線 武蔵浦和駅から 徒歩15分
JR武蔵野線 西浦和駅から 徒歩10分
著者:関希実子・清水翔太 2019/11/14 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。