「ここに来た方は、海や空をよく眺めるようになる」写真を通じて、平塚の日常に彩を添えるPeaceman Gallery 。

神奈川県の中央部、広大な相模湾に面する平塚市。県内では横浜、川崎、横須賀に次いで4番目に大きいまちであり、駅前は商店街や商業施設で活気を帯びる一方、市街地を離れると、緑が青々と繁る自然豊かな住宅街に入ります。

とくに駅の南口からは、砂浜まで一直線に大通りが延び、市全体に開放的な雰囲気を与えている平塚のまち。

そんな大通りを少し逸れた一角に、「Peaceman Gallery(ピースマンギャラリー)」と名付けられたセレクトショップ兼ギャラリーが顔を覗かせます。

平塚のまちゆく人を広く受け入れる、Peaceman Galleryの入り口。(提供:Peaceman Gallery)

人生の多くをハワイで過ごし、世界中の海をレンズに収めてきた写真家U-SKEさんと、その妻で店長の優子さんが営むこの店は、店内を満たす海の写真をコミュニケーションツールに、まちゆく人々の“交差点”のような存在になっています。

犬を連れて散歩する人、子供を連れて家に帰る人、サーフボードを背負って海に向かう人、平塚を舞台に日々を営むさまざまな人々が、「写真を見たい」「一息つきたい」「誰かと話したい」といった、各々の使い方で空間を楽しむことができるのがPeaceman Galleryの特徴なんです。

▼ ”日常”のなかに”アート”を取り入れる。「たった一枚の写真が、その人のライフスタイルを変える」



このように一般的な“ギャラリー(画廊)”を超えた使われ方をしている現状について、U-SKEさんは次のように語ってくれました。

「ギャラリーって、敷居が高いイメージがありますよね。なんか買わされるんじゃないかとか、じっくり見なきゃいけないとか、どうしてもそんな風に思われてしまう。でも、そういう“特定の目的”なしに、もっとアートというものを身近に感じてほしいと思ったんです」

世界の海を渡ってきた写真家のU-SKEさん。今も日本国内で個展を開いて周っている。

「写真を“写真”としてだけではなく、ある種”ツール”として、それを買ってくれた人、見てくれた人のライフスタイルが豊かになればいい」

「例えば、同じ写真を見ながら会話していたお客さん同士が仲良くなる。平塚の海の写真を見て、もっと地元を知ってもらう。そうやって来てくれる人の人生に対して、付加価値を提供していきたいんです」

U-SKEさんの考え方の通り、写真は額縁に飾られているだけでなく、マグカップやTシャツ、小さなオブジェなどにプリントアウトされ、より小さく、細やかに、人々の日常に入り込むように設計されています。

取材の際、たまたまギャラリーを訪れたご家族。お子さんは Peaceman GalleryのTシャツを着用している。

ギャラリーでありながらセレクトショップでもあり、カフェでもあるPeaceman Gallery。

活用の幅は日々広がりつつあり、いまでは二人の知らないところで、待ち合わせや荷物の受け渡し場所に使われていたりと、“店への信用”を前提としてそのかたちは刻々と変わっています。

こうした「ライフスタイルの提案」という側面において、ここ最近、とても嬉しい報告があったと、優子さんは話します。

「散歩帰りに寄ってくれる男性がいるんですけど、『ここに来るようになって、海や空をよく眺めるようになった。ありがとう』って言われたんです。ここで海の写真を見たり、その背景や物語なんかをU-SKEと話しているうちに、“自然”というものを意識するようになったって」

U-SKEさんの奥さんで店長の鈴木優子さん。U-SKEさんと同じく、人生の多くをハワイで過ごしたという。

「その人はサーファーなので、海を“波”の視点から見ることが多かったそうなんですが、色が良かったとか、背景の山が良かったとか、空の色が映ってたとか、それ以外の自然の細やかな変化を気にするようになったそうなんです」

「“自然の写真”を通して“自然の変化”を感じ取る。こういうことがやりたかったんだなって、改めて思いました」

▼ 海が持つ相反する二つの魅力。「毎日違う姿を見せてくれる一方で、遠い過去からずっと美しい」



見る人の心を打つだけでなく、習慣や思考にまで影響を与えるU-SKEさんの写真。18歳の時にハワイ、ノースショアの波に魅せられてカメラを持ったそうです。写真の学校を卒業後は、出版社でサーフィン専門誌のカメラマンとして活躍。その写真は日本のみならず世界の雑誌で掲載されてきました。

世界各国の海を旅しながらカメラに収めて来たU-SKEさん。しかし2011年3月の東日本大震災を機に、地元である平塚に戻り、翌月には実家の近くにPeaceman Galleryをオープンしたと言います。

「あの時、すごく“日本”というものを意識したんです。これまで世界を旅できていたのも、“帰る場所”があったからなんだなって、そのとき思いました」

平塚のまちのシンボルにもなっている「人魚」。駅玄関口にはそのブロンズ像が置かれる。

「帰る場所がないと、“旅”ではなく“放浪”になってしまう。ハワイの海を撮りながら、地元の平塚の海を想う。祖国を想う。日本大丈夫かな? なんて考えていると、気持ちよくシャッターを押せなくなっちゃったんですね」

世界中どこにいても、祖国を思わせる“海”という名の大自然。U-SKEさんは、長年海を撮り続けている理由について、次のように語ってくれました。

「海は僕に、毎日違う姿を見せてくれます。自分たちは寝たり起きたりするけど、海は永遠に動き続けているし、変化している。空の色や雲の形、空気感…。だから、飽きないんです」

U-SKEさんの着ているTシャツは、撮った写真を藍で表現している

「行くタイミングでも違うし、自分の心の持ちようでも違う。旅先の海と、平塚の海でも当然違う。こっちに拠点を移して分かりましたが、長く同じ海に寄り添うと、関係性が近くなってもっと細かい変化が見えてくるんです」

ハワイで出会い、互いに“海の変化”に魅せられてきた2人。しかし一方で、海には”変わらない良さ”もあると、優子さんは語ります。

「妙な言い方ですけど、変化しているからこそ、変わらない良さがある。海は毎日違う姿を見せるけど、遠い過去からずっと美しい。人を魅了するものであり続けている」



上の写真は、葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』を模して平塚の海を撮影したもの。U-SKEさんは「北斎が描いた地点は定かではないが、実際にこの姿が平塚海岸にあることは知って欲しい」「北斎の時代のように、大きな人工物がないこの景色が残っているってとても素晴らしいことだと思っています。まさに、時代を超えた変わらぬ自然の姿、美しさがここにあります」と語ります。

「“変わらない芯”があるから、その周辺で“変化”が生まれる。だからこそ逆に、海の“変化”を見続けていると“変わらない美しさ”が見えてくるんです」

「U-SKEの写真は動き続ける海を、シャッターによって止める。ダイナミックな大波のなかに、静かで穏やな海が見える。『動』のなかの『静』を捉えるのが、本当にうまいんです」

さまざまな使われ方をしながらが、大海原のように常にそのかたちを変化させていくPeaceman Gallery。

しかし、そのなかでも絶対に変わることのない「信頼」や「空気感」。海とまちを結ぶ平塚の交差点を、今日もふらっと誰かが訪ねます。


【取材協力】

Peaceman Gallery 写真家/U-SKEさん

店長/鈴木 優子さん       

【アクセス】

神奈川県平塚市松風町23-3-102

平塚駅南口から徒歩8分ほど



【参考情報】

HP: http://peaceman.gallery

instagram: @peaceman_gallery

電話番号:0463-57-8278


著者:清水翔太 2019/10/24 (執筆当時の情報に基づいています)
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