遠くに行かないキャンピングカーのジーンズショップ。「目指しているのは呉服屋のような商売です。」
“節約したいもの”として近頃、真っ先に挙げられるのが車、そしてファッションなのだそうです。
国内外の様々なジーンズブランドを取り扱うジーンズショップも、かつてはどこのショッピングセンターにもありましたが、いつの間にか見かけなくなってしまいました。
そうした流れの中で、車とファッションを掛け合わせた業界初の移動式ジーンズショップが、神奈川県の小田原を中心とするエリアで、3年前にスタートしました。
のどかな小田原の風景。
試着室もミシンも備えたキャンピングカーで、神奈川の小田原を中心としたエリアを駆けるジーンズショップ「Denimman(デニムマン)」。
営んでいるのは、ジーンズショップ店舗での経歴27年、バイヤーや店長なども務めていた新倉健一郎(にいくら・けんいちろう)さんです。
新倉さんは小田原市の出身。店舗で働いていた頃も、このエリアで勤務していた。Denimmanとして、湘南、西湘、そして小田原を中心とした県西エリアで移動販売をしている。
新倉さんは3年前、働いていたジーンズショップが閉店して退職することになったのが転機となったのだそうですが、ジーンズに関わる仕事を続けることに決めた理由を、次のようにお話してくれました。
「販売したい商品があったから、ですね。閉店する数ヶ月前に、JAPAN BLUE JEANSという、岡山県倉敷の児島地区で生まれたブランドを知るきっかけがあって…。」
「まだここではあまり販売されていない、とても優秀で価格もこなれている、ぜひご紹介してみたい。そういう商品に出会って、『これはぜひ売ってみたい』となったんです。」
自分自身はジーンズのマニアでもコレクターでもないという新倉さん。
「もうアパレルは離れよう」と決めかけていた矢先に一つの販売してみたいジーンズに出会い、販売するための場を模索している中で地域のマルシェが盛り上がっているところにヒントを得て、移動販売へと行きついたのでした。
▼ “お店に行く”というより、“通りかかる”「うちのお店はほとんど外なので、敷居というものがありません」
こうして「Denimman」を始めてみると、「○○さんのFacebookを見て気になってました」という声がよく聞かれるので新倉さんは驚いたそうです。
新倉さんは次のは次のように言います。
「『お店に行って服買いました』っていうのとは違って、『キャンピングカーで服買いました』っていうのはSNSにアップしたくなるみたいなんですね」
「店舗では目的意識を持って来る人がメインですから、限定された興味を持っている人にしか出会えなかった。ところが、こちらから移動してイベントなどに出かけていくと、おそらくお店では絶対に会わないだろうという人に出会えるんです。こちらから移動する場合、出会う人が本当に不特定。」
「敷居が“高い”、“低い”、と言いますけど、うちは敷居が“ない”。もう外ですからね。これだけオープンだと、素通りとか、ちょっと見て…とか、そういう人の方が圧倒的に多いですけど、それも含めて楽しいですね。」
「Denimman」では、特に服を探しているわけではない、店舗だったら入って来なさそうな人にも、ジーンズに興味を持ってもらえることがよくあるそうです。
▼ ジーンズは経年変化を楽しめる代表的なもの。気に入ったものを長く使ってもらえるような商売がしたい
「全国を回ってるんですか?」という質問もよく投げかけられてきた「Denimman」。
ですが、他県へ移動自由な形態でありながらも、新倉さんは地域で販売すること、顔の見える商売をすることを大事にしています。
というのも、新倉さんは今の形で商売をしているうちに、次のように思うようになったのだそうです。
「服を買うって、すごいエネルギーを使いますよね。でも、お店の人と仲良くなると、購入する側においても余計なエネルギーがいらなくなるんです。サイズを言わなくても出してもらえる。販売する側も、その人のタンスの中まで全部わかっていて『これはどう?』って言える。そういう呉服屋のようなやり方が、一番理想的な商売なのかなと思います。」
「例えば渋谷でお店をやっているのであれば同じお客さんが来るケースっていうのは少ないかもしれない。そういうところでの接客と、都会から離れたこの地域での接客は違ってしかるべきなんです。」
新倉さん「経年変化を楽しめるものって色々あると思うんですけど、その代表的なものがジーンズ。履き込んで味が出てきて、それが愛着につながる。すごく気に入ってるのに、もう売ってない。そういう気持ちを大切にしたいので、リペアにも力を入れています。買った時の状態に戻すっていうのとは違うんですよ。」
お店の人と仲良くなると買い物が楽になる。目指すところは、電車も車もなくて交通機関の発達していなかった昔の社会では当たり前だったシステム。
ネット販売に重きを置かず、直接出会った人に販売するというミニマムな商売は、固定費を抑えた移動販売の特権であると同時に、神奈川でも大都市から距離のある、このエリアだからこそ成り立つことなのかもしれません。
▼ 移動販売では、必ずパートナーがいる。「自分は一人じゃない」といつも感じながら営業しています
「Denimman」と店舗販売の違うところについて、最後にもう一つ、新倉さんは次のようにお話してくださいました。
「一般的に店舗っていうのは、お店とお客さんとの関係ができればいいんです。一方で移動販売の場合は、お店とお客さんと、そこに必ずパートナーがいるんですよ。今日もカフェの敷地で営業していますけど、レストランやイベント主催者、一緒に出店している人とか、いつでも必ずパートナーがいる。一人じゃないんですね。」
「顧客満足度はもちろんですけど、パートナー満足度もすごく大事な要素だなって感じています。パートナーとのシナジーというか…相乗効果が生まれるのがベストじゃないですか。」
出店している場所におけるパートナーもあれば、出かけて行ったイベント先などで、それぞれの地元を盛り上げたいという人との出会いからコラボ商品が生まれることもあるそうです。
地元の人には普通のもので、地元外に出たら「なにそれ?」と思われるものを、日々移動販売をしながら探している新倉さん。ローカルではスタンダードなことをテーマに商品をつくっている。一例として、電車よりもバスに頼っている平塚市民の慣れ親しんだバス停をモチーフにしたTシャツ。
今の時代、消費者からは「削りたい」項目の筆頭に挙げられる、車とファッション。
それらを大事に、地域の人との出会いを求めて移動販売をしてきた新倉さんのお話には、「楽しい」という言葉が10回以上も登場しました。
一人じゃないと身に染みる、人とのつながりを生み出すお店によって、ファッションに削ることのできない価値が生まれる可能性は、もっともっと膨らみそうです。
⬛️取材協力
「Denimman」 新倉健一郎さん
著者:関希実子・清水翔太 2019/11/20 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。