朽ちていくものにこそ、人は”愛着”を感じる。高円寺でろうそくに命を吹き込む、キャンドル専門店matoga。
誕生日に結婚式、葬儀と、人生の特別な瞬間に立ち会うことが多いろうそく。火の揺らめきは見る人に厳かなイメージを与えることが多く、国内外問わず、古くから節目節目で使用される伝統的な鉱物です。
そんな“非日常”の中に存在するろうそくを“日常”のなかにも広めようと、ワークショップを開いたり、人目を引きやすいデザインのものを作ったりと、チャレンジを続けているろうそく専門店があります。
JR新宿駅から中央線で揺られること10分、多くの個性的な店が集う高円寺駅から住宅街のなかを進んでいくと、小さく顔を覗かせる色鮮やかな外観。
JR高円寺駅南口より徒歩5分ほど進んだところに現れる静かな住宅街。民家の連なりの一角に、一見雑貨屋のように見えるmatogaの外観が顔を覗かせる。
「matoga」と名付けられたそこは、Rin*Tsubaki(リンツバキ)の作家名で活動する、松永圭子さんと古我知洋子さんの2人が営む専門店で、子供から高齢の方まで、また国籍問わず多くの人が訪れます。
▼ 技術の進歩により長く使えるものが増えている現代だからこそ、目の前で朽ちていくろうそくには「愛着」が湧く
「インテリアとしてでもいい」「5年後、10年後に灯してもらってもいい」との思いから、一般的にイメージされる「ろうそく」とはかけ離れた、可愛らしいデザインのものが多く置かれる店内。
松永さんはこのろうそくの魅力について、「時間」という概念との関係性から、次のように語ってくれました。
「『燃えていく』ということは、つまり『時間が流れている』ということなんです。火を灯した瞬間から、ろうそくは朽ちていく。ろうが命を燃やしていく様子を見ていると、否が応でも“時間の経過“が意識されるんです」
「ろうそくの形が変化していく過程を楽しんでほしい」と話す松永さん。
「普段生活をしていて、とくに忙しい人ほど、時間の経過って意識できていないことが多いと思うんです。でもろうが溶けていくのを見ていると、過ぎていく時間が”二度と戻らないもの”だっていう当たり前のことを、再認識することがあります」
「最近ではLEDキャンドルみたいなものが多くありますけど、やっぱり劣化していく、減っていくものがいい。例えば本も読めば読むほど汚れて愛着が湧くように、ろうが溶けることで過ぎてゆく時間にも、愛着が持てるようになるんです」
matogaに置かれた作品の特徴は「色彩」。単色のイメージがあるろうそくの常識を大きく覆している。
技術の進化とともに、“劣化する”“朽ちていく”ものが少なくなっていく現代。IT機器や電化製品などのように、長期的に使用されるものが多いだけに、目の前で形を失ってゆくろうそくという存在は、現代では珍しいものなのかもしれません。
一方で「ろう」だけではなく、「火」自体にも、特有の魅力を備えているろうそく。松永さんは、火が人間に与える心理的効果について、以下のように語ってくれました。
「例えば同じ灯りでも、間接照明とかと違って、火の灯りには動きがありますよね。部屋に置いても、火は揺れている。電気と違って火は生きてるんです」
北欧インテリアのような可愛らしいデザインを得意とする古我知洋子さん。
「部屋のなかに、そういったある種の“自然“を置くというのは、癒しに繋がります。例えば考え事をしたり煮詰まったりした時に、つい窓から雲の動きを見てしまうのと同じで、”外”との繋がりを持つ自然の存在は、部屋のような”内”側には必要なのかもしれません」
「それにろうそくは、たとえ同種の作品でも、同じ燃え方をしないんです。燃やす時間の長短によって全然違う。長時間灯していると、ろうの外側に熱が伝わり変形してくる。短時間だと、芯の周りだけなくなり外側が残る。灯す環境によって火の揺れ方も違うので、一つのろうそくでも灯す回数分、楽しみ方が異なるんです」
▼ ”作家のまち”高円寺では、業種を超えてアドバイスし合う。ここでは、ろうそく業界の”常識”は”非常識”
時間や場所によって、その姿を変えるろうそくの火。この世に二つとない火の揺らめきを見ながら、松永さんと古我知さんは、この上ない癒しを得ると言います。
古代から人類の発展とともにあったろうそく。その歩みが示す通り、火の揺らめきには「1/fゆらぎ」という人間の本能に呼応するリズムがあるようです。
具体的には、人の心拍の間隔や小川のせせらぐ音、電車の揺れ、木漏れ日、蛍の光などが「1/fゆらぎ」のリズムだといいます。
ろうそくは燃焼する際に、滝や森林のそれを上回るマイナスイオンを発するともされている。
このようなことから現代でも、夏になるとキャンプファイアや花火、冬になると囲炉裏やこたつ、正月の炊き上げ、と人々の輪の中心に存在することが多い火。
こうして人間にとって特別な意味を持つ火だからこそ、とくにお店に来た子供たちは、その本能に何か作用しているのか、不思議そうに火をじっと見つめていたりして、楽しんでいる光景が見られるそうです。
色鮮やかなろうそくで満たされる店内。外からは一見「雑貨屋」のようにも見える。
さまざまな活動を通してろうそくを広め、幅広い層のお客さんを持つmatoga。その一方で、ろうそくと言うと「一回買って終わり」というイメージが、少なからずあります。
にも関わらず、常連のお客さんも多くいるようです。このことについて古我知さんは、次のように解説してくれました。
「ろうそくって溶けたら終わりっていう風に思われがちなんですけど、じつは継ぎ足しができるんですよ。だから気に入ったものがあれば、うちで足して整えてあげることもできます」
草花が中に浮かぶ様子から一見ハーバリウムのようにも見えるが、これもろうそく
「それに、ろうそくは植物のように手入れを必要とすることもあるんです。芯の長さを調節したり、溶けた周りのろうをスプーンなどで削ってあげたり。そうしているうちに愛着が湧いていきますよね」
ろうそくを売るだけでなく、その後の付き合い方まで丁寧に説明してくれるmatoga。最後に、店を構える高円寺というまちについて、松永さんに語ってもらいました。
「多くの個性豊かな店舗がある高円寺には、いつも魅力を感じます。多種多様な職業の方々や作家さんも、お店にご来店されるので、話の中から思いもつかなかったアイディアをいただくこともあります」
「ろうそくとは違う世界のものづくり、創作の話から、たくさんの刺激をいただいています」
他作家の作品も一部展開しており、目立たせるために壁面に飾ったりすることもあるという。
知り合いの作家の作品を店内に飾ることもあるというmatoga。オープンから8年近く経つだけに、高円寺という“作家のまち”にも深く根付いているようです。
日々忙しく時間を消費している現代人。「時間の経過」をあまり意識しなくなった人にこそ、真っ暗な部屋のなかで火の揺らぎを見つめるという時間が、いま必要になっているのかもしれません。
【取材協力】
matoga
Rin*Tsubaki /松永 圭子さん
古我知 洋子さん
【アクセス】
東京都杉並区高円寺南3-59-4-102
JR高円寺駅より徒歩5分ほど
著者:清水翔太 2019/11/28 (執筆当時の情報に基づいています)
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