有機農業という「いい仕事」を、70名の障害者とともに。つくば市の耕作放棄地が、再生する。

つくばエクスプレスで秋葉原から45分。つくば市のある茨城県は「首都圏の台所」と呼ばれ、北海道に次ぐ全国第2位の農業産出額を誇ります。

とはいえ、全国的に農家の高齢化は避けられない問題で、茨城県でも農業に従事している20代30代のうち、3人に1人が外国人。そのため、「外国人がいなくなったら、東京から野菜が消える」とまで言われるようになりました。

そうした中、つくば市で耕作放棄地を活用し、障害のある人たちと一緒に有機農業を行なっているのが、NPO団体「ごきげんファーム」です。

「ごきげんファーム」では現在、10代から70代の身体障害や知的障害、精神障害のある方たちが、1日あたり70名、野菜を育てたり、米作りをしたり、鶏を世話したりして働いています。

雨模様のこの日「ごきげんファーム」を訪ねると、思わず心踊るような元気な鶏の鳴き声。

農場長の伊藤文弥(いとう ふみや)さんは、学生時代に立ち上げたという「ごきげんファーム」のこれまでについて、次のようにお話を聞かせてくれました。

「始めたばかりの頃はほうれん草だけをつくっていました。うまくできたのに全然売れなかった。そこで、ヨーロッパ原産の西洋野菜をつくったら売れるのではないかと考えたんですね。周りで栽培している人がいなかったから。でも、つくってみたらめちゃくちゃ不味かったんですよ。」

「2年目はレストランとの契約で、ベビーリーフ、ミニトマト、モロヘイヤといった野菜をひたすらつくっては届けていました。けれどそうなった時に、障害のある人のことが置き去りになってしまった。野菜で売り上げを上げるのが第一の目標になってしまったから。職員の半分が、疲弊して辞めていきました。」

伊藤さんは3年目、目指すところは障害のある人がつくったものを地域の人が喜んで食べてくれることであり、「地域の人が普段食べている野菜をいろいろ栽培して、地域の人に届けよう」と気持ちを新たにします。

▼ 農業を成功させるには「先生」が不可欠だった。

伊藤文弥(いとう ふみや)さん。「ごきげんファーム」の取り組みが認められ、2012年に、公益社団法人日本青年会議所「人間力大賞」にてグランプリ受賞。2013年には世界青年会議所主催「世界の傑出した若者10人」にも選出されている。

とはいえ、地域の人にとって馴染みがあって味をよく知っているいろいろな野菜を、美味しいと思ってもらえるように栽培するにはどうしたらいいのでしょう。

そこに現れた救世主が、つくば市に隣接する土浦市で少量多品目の農業をやっている農家の方だったのだそうです。

伊藤さんは次のように言います。

「『ほうれん草一筋でやってます』っていう農業もあれば、『100種類の野菜をつくってます』というやり方もあります。作っている作物は何か、有機栽培なのか慣行栽培なのか。あるいは、どのように売るのか、どんなふうにお客さんと関係を作るのかによっても、学ばなければいけないことは違う。なので、自分たちがやりたい農業を極めている人から教わることがとても大切。」

「土浦の方は、もともと一人で少量多品目の農業を始め、チームでの農業を成功させた人なんですね。チームでの農業を理解している、道具をどう揃えればいいのかも知っている。障害のある人と一緒に仕事をしたことがない人だったのですが、僕が教えるよりも、その人が障害のある人たちに教えた方がよっぽど仕事が早かったんです。」

こうして「先生を持つ」ということでうまく回り始め、今では、養鶏にも米作りにも、それぞれに通じる先生がついているのだそうです。



現在、設立当時の4倍にあたる2万の畑を持つようになり、そこで育つにんじんの数、およそ10万本。

ほかにも100種以上の有機野菜栽培や米作りや養鶏を手がける「ごきげんファーム」。

2年前にオープンしたレストラン兼直売所には、ひっきりなしに地域の人が訪れ、つくば市内や近隣地域に宅配している有機野菜セットを定期便で購入している世帯は400世帯を超えているそうです。



その日にとった野菜の直売所では、前の日にとった野菜は値下げをして販売しているほど、新鮮さにこだわっています。

農業を通じた人とのつながりについて、伊藤さんは「福祉とは関係ないんですよ。」と次のように言いました。

「農家さんって自分たちのやり方を教えてくれる人が多いんです。それぞれの農家さんの仕事への取り組み方から、農業だけではなく生き方や考え方を学ぶことができます。」

「ちゃんと農業ができるようになって、地域の人の見る目が変わりました。今では地主さんたちから『余っている土地を使ってくれ』と言われます。農家さんから『なんでこうしてるんだ?』と話しかけられたりする。」

農業を教えに来ている先生にとっても、野菜セットを購入しているお客さんにとっても、最初の入り口では「障害のある人が頑張っているな」という気持ちが大きかったかもしれません。

しかし、いつの間にか「おいしい農作物」を軸にして、「ごきげんファーム」が地域の人々を巻き込んでいっています。

▼ 地域の人に参加してもらう一番の方法は、「もっともっといい野菜をつくること」



そもそも農業の仕事は重労働でしんどい部分もありますが、障害のある人だけではなく、子供からお年寄りまでみんなが取り組める部分があり、楽しめる仕事です。

それを言い換えれば、参加したいと思う人は誰でも参加できるということ。

地域の人の参加を増やすために必要なこととして、伊藤さんは次のように言いました。

「いろんな仕掛けやプロモーションがありますけど、一番は『もっともっといい野菜をつくる』ということ。『あのじゃがいも、食べてみたい!』というじゃがいもをつくる。」

「僕たちの畑の目の前に保育園があるんですよ。その保育園の先生が僕たちのじゃがいも畑をみて、『掘らせてくれませんか?』って言ってきてくれました。みんなが僕たちの野菜を『食べたい』と思ってくれる。じゃがいもの芽が出るところから見ていて、元気に育ってるな、掘ってみたいな、と。」

例えば、日本の養鶏においては、動くことのできない狭いケージで、嘴を切り落として鶏を飼うような飼育法が90%を超えているそうです。

一方で、ごきげんファームでは、鶏が自由に動き回れる平飼いで、自然に生まれた有精卵を扱っています。

一人の職員が1万羽を管理できるようなオートメーションのケージ飼いと違って、人の手が必要な平飼いの飼育法は日本でまだ3%ほどのシェアしかありません。

しかし、ヨーロッパではケージ飼いが禁止され始める国もあるため、東京オリンピックの選手村では日本の卵は使えないという話も出ているのだそうです。



そうしたことも踏まえ、伊藤さんはごきげんファームで取り組んできた「いい仕事をする」ということを、次のように述べていました。

「やっぱりいい仕事がしたいんですよね。『つくってもしょうがないよな』っていうものをつくるんじゃなくて、本当にやる意味があるような仕事をやる。」

「ちゃんと自分が『いい仕事ができてる』って思えること。働いている人たちの、いい仕事ができている、チームでうまくできているという感覚が一番大事。」

「今農業が大規模化、ロボット化っていう方向に進んでいるんですけど、僕らはそれとは別の方向でやっていく。僕たちのやり方って大規模化できないんですよ。」

元気一杯、飼育員の肩に飛び乗ってくるような「ごきげんファーム」の鶏の卵は、価格が一個50円と決して安くはありません。

しかし、卵の値段が戦後からずっと変わらなかったのは何故なのかというところに立ち返れば、生産効率を上げるために鶏を狭いケージに並べ、卵を産むロボットのようにしてしまった養鶏の実態があるのです。

▼ 10ピースのパズルより、1000ピースのパズルの方が面白い。「いろんな人がいた方が、いいものができる」



基本的にどんな障害のある人も受け入れるという「ごきげんファーム」では、別の施設で職員に暴力を振るい、出入り禁止になってしまったような人が来ることもあります。

ところが、そうした人が農作業をするうちにファームで一番活躍する人になったりしているそうです。

障害のある人がイライラしている施設はよくある一方で、「ごきげんファーム」で働いている人には“人好き”な人が多く、ピリピリとした雰囲気は感じません。



伊藤さん曰く、「ごきげんファーム」では「この時間は喋ったらダメ」というような“ダメなこと”のルールがほぼないのだそうです。

「攻撃しないように」と嘴を落とされてしまうケージ飼いの鶏のように、極度に制限された施設の環境が障害のある人たちを追い詰めて、暴力を引き起こしている可能性は否定できません。

実際、カッとなって暴力を振るってしまうような行為と精神疾患の症状との関連性は、99%関係がないという研究結果もあります。

伊藤さん「僕たちの施設の特徴は、『管理しない』ということですね。難しいなと思う人もダメと言わずに受け入れられるようになりたい。10ピースのパズルより、1000ピースのパズルの方が面白いでしょう?」

伊藤さんは、障害のある人と一緒に仕事をするには「上からものを言う」ような環境ではうまくいかないとして、次のように言いました。

「大学や企業から来た人に、『どういうフレームにすると障害のある人をキレイに分けられますか?』って聞かれるんですよ。障害の症状だけだったら分けられるかもしれないけど、その人には障害の症状以外のことがたくさんあるわけじゃないですか。何が好きだとか何が嫌いとか、そういう一人の人と向き合う関係の方がいいなって思いますね。」

「障害っていうのはその人の上に乗っているものでしかありません。障害者である前に、一人の人間なんです。」

伊藤さんは「ごきげんファーム」を通じて、地域の人がともに助け合う“共助の社会”をつくりたいとお話しされていました。それは、複数の人の間だけではなく、一人の人間の身体の中においても言えることで、障害の部分、個性の部分と、一人の人の持つ性質同士は助け合って補い合えるものなのかもしれません。

全国で障害者施設の建設が住民の反対でうまく進まなかったケースは過去5年の間に70件近くあったという報告もある中、これだけ多くの障害者が働いている「ごきげんファーム」に地域住民から反発が寄せられたことは一度もないそうです。

日本で唯一、国が定めた研究学園都市であるつくば市は、新しい人がやって来て、いろいろな研究機関も生まれ、ネット選挙のトライアルをしたり、次々と新しい試みがなされている街。

特に、スタートアップに力を入れている街としては、つくば市は「日本で一番熱いのではないか」と伊藤さんは言います。

全世界約1300万人を対象として行われた調査によると、日本は働く人の組織へのエンゲージメントが低く、139カ国中132位というレベルまで落ち込んでおり、日本で熱意を持って仕事をしている人はとても少ないという結果が出ています。

しかし、何十年も農家をやっている人、日夜研究に勤しんでいる人、スタートアップを起こす人も多いというこの街では、障害のあるなしに関わらず、「働く」ということに対して人々がオープンで、とても前向きなように思われます。

「いろんな人がいた方がアウトカムが良くなる。いろんな人が力を合わせた方がいいものができる。」

障害のある人もない人もいろんな手が加えられる有機農業を介し、「いい仕事をしよう」と互いに思い合えるコミュニティが、つくばの街に広がりつつあります。

⬛︎取材協力

「ごきげんファーム」農場長 伊藤文弥(いとう ふみや)さん

「ごきげんファーム」のみなさん

レストラン・直売所「ごきげんキッチン」は、つくばエクスプレス「つくば駅」より車で約10分/関東鉄道バス「大角豆(ささぎ)南部」バス停より徒歩5分


著者:関希実子・清水翔太 2020/1/21 (執筆当時の情報に基づいています)
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