本当の「自立」は他者に「依存」することから始まる−かみいけ木賃文化ネットワーク

戦後の住宅不足を補うため、都心をぐるっとドーナツ状に囲うように大量に建てられた木造の賃貸アパート。

古い木造アパートの場合、お風呂が無かったり、洗濯機が置けない、あるいはキッチンが狭く料理すらままならないケースも少なくありません。

そのため木造アパートは住居選びにおいて避けられる傾向があり、建物の老朽化や大家さんの高齢化も相まって、まちから姿を消しつつあります。

そんな中、今も木造賃貸が多く残る上池袋エリアを拠点に木賃(もくちん:木造賃貸の略称)の文化を発信しているのが「かみいけ木賃文化ネットワーク」です。

かみいけ木賃文化ネットワークが運営する「くすのき荘」での様子(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)

かみいけ木賃文化ネットワークは豊島区上池袋にある風呂なしトイレ共同の木賃アパート「山田荘」の活用から始まったプロジェクトで、「足りないものはまちを使う」木賃の生活スタイルを木賃文化と名付け活動しています。

現代人の生活に必要な機能が不足している木賃アパートの性質を逆手に取ったこのプロジェクトは、銭湯を風呂として、コインランドリーを洗濯機として、そして地元の食堂をキッチン代わりに利用することで「まちを自宅の外付け機能」として捉え直す試みです。

そこで今回は同プロジェクトの代表で建築家としても活動する山本直さんにお話を伺いました。

山本直(やまもと・ただし)さん
かみいけ木賃文化ネットワーク共同代表/ヤマモトアトリエ 代表。1986年、静岡県掛川市生まれ。建築設計事務所ソガベアトリエにて、越後妻有・新潟・別府 (2012)香川県伊吹島 (2013)で芸術祭における作品制作に携わる。2014年独立後、美術館展覧会の会場構成・リノベーション等の設計(施工)活動をする。2016年から木造賃貸アパートや、空き家活用をした木賃文化を耕すプロジェクト「かみいけ木賃文化ネットワーク」を立ち上げ、運営に携わる。
共存ネットワークの知恵が凝縮された木造アパートを現代的視点で捉え直す。

「かみいけ木賃文化ネットワークは、もともと妻(山田絵美さん)が両親から上池袋にある「山田荘」という木賃の運営を引き継いだ(後に相続した)ことがキッカケで始めたんですよ。」

「当初、入居者は1人でほとんどの部屋が物置状態だったのですが、山田荘を大切にしたいという妻の思いもあったので、単にリノベーションしたり取り壊すのではなく、木賃を使って何か面白いことができないかと考えました。」

「木賃は入浴、洗濯、そして食事など暮らしに必要な機能が欠けているケースが多いので、新たに入居者を募集する際には風呂をつけたりキッチンを大きくするといったリノベーションを施すことが一般的です。」

「しかしそうではなく、家の足りない部分は銭湯や食堂などまちから補う、つまり「依存」する概念を現代にあった形で捉え直すことで、木賃とまちが互いに共存できるネットワークを作っていこうと思いました。つまり木賃文化というのは、建物(ハード)に手を加えるのではなく、仕組み(ソフト)を考え直すことなんです。」

かみいけ木賃文化ネットワークが運営する「山田荘」(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)

かみいけ木賃文化ネットワークが運営する「くすのき荘」(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)

「現在、私たちが運営している木賃は「山田荘」と「くすのき荘」の2軒です。山田荘は風呂なしアパートで、寝室のような形で使われていて、くすのき荘の方はリビングとして使われています。」

「また、くすのき荘はある程度広さがあるのでクリエイターさんが制作、展示、そしてワークショップの場として使っていたり、近所のお母さんたちが子どもを遊ばせたりなど山田荘に入居をしていなくても利用可能です。使われ方も利用者さんに決めてもらっています。」

「利用者は当初、アーティストが多かったイメージですが、次第に普通のサラリーマン、主婦、そして整体師といった様々なバックグラウンドを持った人たちが集まってくるようになって、今では総勢25名の方がこの場を共にしていますね。」

▼ 本当の「自立」とは他者に「依存」すること。そのための「依存が許容される」空気づくり

(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)

「我々が場所を運営する上で大切にしているのは、管理しないことなんですよ。普通こういった場所には管理人がいると思うのですが、一昨年からそれをやめて、今は管理人がいない状況なんです。」

「そうすると何が起こるかというと、住んでいる人が自発的に動くようになる。例えば、トイレットペーパーがなくなったら誰かが補充するし、リモコンの電池が切れていたら気づいた人が交換するようになりました。」

「お金を払ったらサービスが提供されるのが当たり前の現代では、自分たちで能動的に問題や不具合を解決する力が養われないんです。だからここでは管理人制度を廃止し、それぞれが気付いたら自発的に行動したり、利用者が話し合い解決する自治の姿勢を大切にしています。」

(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)

「そうすると環境が最適化されてくることが分かりました。こういう環境だと「同じ家賃を払っているのに、私ばかりが掃除していて割りを食っている」とお金で全てを換算してしまう理性的な人はちょっと居にくくなってくる。」

「一方で、そういうことを気にしない、良い意味で無頓着な人が残るようになるんです。すると他者に対して寛容な雰囲気が醸成されるようになってきます。」

「すると面白いことが起き始めるんです。例えば、子育てをしているメンバーがある日、夜に仕事があるからといって子どもをここに置いていったのです。」

「これって冷静に考えるとすごいことだと思いませんか。まだ小さい子どもなんですが、普通だったら託児所とか学童、自分の親に預けるのが当たり前なのに、ここのメンバーに子どもを気軽に預けられる環境なんです。」

「他にも出勤前に、飼っているネコを置いていく人もいるんです(笑)。木賃アパートがまちに依存するように、ここでは利用者がお互いに依存しあって生きている部分もあります。」

(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)



「重要なのは全員が互いに依存するということなんです。一人だけ寄りかかっていると倒れてしますが、全員が互いに寄りかかって暮らしていると「自立」するんですよ。誰かに頼ることが、誰かを自立させることになる。」

「言葉で説明するとすごくシンプルなのですが、実際は絶妙なバランスで保たれているというのが正直なところで、互いが依存して自立に向かう関係を築くには、その過程で起きた問題を自分たちで解決していく必要があるんです。だから管理人は必要ないし、自治の姿勢が大切なのです。」

▼ 地域との関係性を測る指標は、近所の人に「文句」を言ってもらえるかどうか

(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)

「人と人が依存しあって共存する考え方は、まちと木賃との間でも同じことが言えるんです。地域住民が地域の店に頼り、地域の店も地域住民に頼る。こうした関係があって初めて共存できるんです。」

「だから「まちを家」として使う上で、彼らとの関係性をつくることも重要になってきます。私たちのこういう取り組みは外から見ると何をやっているのかよく分からないですよね。だから私たちは、町内会の青年部に入って清掃活動に参加したり、お祭りの際には休憩所を担って、積極的に接点を作っているのです。」

「ただ、理解してもらおうとは思ってないんですよね。むしろ自分たちのことを認めさせようとするのはダメです。たまに「あんたたち何やってんの?」って聞かれるのですが、「画家さんが活動してます。お母さんたちが子どもを遊ばせたりしてます。お祭りのお手伝いもしています」と説明すればするほど相手は混乱する(笑)」

「だから、自分たちの説明よりも、地元の人たちの話し相手になって徹底的に聞き手に徹すること。そして「文句」を言ってもらえる関係になることが重要なんです。やはり地域と共存していく中で問題は必ず起きるでしょうから、そのとき「ちょっと音うるさいよ」と言ってもらえる関係を作らなければ長期的な関係性を結ぶことは難しいですよね。」

「もし文句を言ってもらえる関係になったら、「解決するために何ができるだろうか」と話し合えるじゃないですか。対話しながら妥協点を見つける過程が信頼を作っていくんだと思います。」

▼ “駅から徒歩◯分”だけが建物の価値を決めるのではない「ソフトでハードの価値を上げる仕組みをつくる」

(写真提供:かみいけ木賃文化ネットワーク)

「私は建築家として、もっとソフトの設計に携わっていきたいと考えているんです。」

新築件数自体が減ってきている時代に、もう建物だけを設計することだけでは限界があると感じていますし、建築教育を受けた人はもっと別の分野や、いわゆる図面を描く設計以外のことでも十分能力を発揮できる素地があるのではと考えています。だからこそ最近は建築家がコミュニティとかソフトを作るケースが増えてきたのだと思います。」

「やっぱり建物というハードはきちんとしたソフトがないと機能しないので、どちらが大切というよりも、その両方がよくないとうまくいかないのだと思います。」

「その意味でハードの文脈にそったソフトが求められる。そもそも物件は駅から歩いて何分とか、築何年といった評価軸でしか見られません。そしてどれだけ家の機能を充実させたりリノベしてお洒落な内装にしたとしても、時間の経過と共にその価値は右肩下がりに落ちていくものなのです。」

「つまりどれだけ建物自体(ハード)に投資しても現在の日本では、時間がたてば価値が落ちてしまう。でも文化やコミュニティ(ソフト)は上手くつくれば時間の経過とともにその価値はどんどん上がっていく。」

「だからこれから、建築家としては、ハードの機能や立地などによって物件の価値を測るのではなく、ソフトによって物件の価値を上げる仕組みを作りたいんです。今後も、かみいけ木賃文化ネットワークを拠点にそんな模索を続けていきたいと思います。」

【取材協力】

◆かみいけ木賃文化ネットワーク・代表/山本直

【アクセス】

くすのき荘:東京都豊島区上池袋4-20-1

東武東上線「北池袋駅」より 徒歩5分

※ 通常「山田荘」は非公開。「くすのき荘」は、イベント時不定期オープン。


著者:高橋将人 2020/1/28 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。