「海釣り」で年間5000人の観光客を呼び込む、館山の民宿。ノンジャンルの小商いで、地方創生にチャレンジ!

東京湾アクアラインのおかげでアクセスしやすくなった、房総半島南端の街『館山市』。

その館山市の海の玄関口“館山港”前に構える宿泊施設「海辺の小さなお宿 まるへい民宿」(以下、「まるへい民宿」)でも、県外から訪れる宿泊客が9割を占めるそうです。

館山は都心からでも神奈川からでも1時間半でアクセス可能。開通当初は通行料金が高すぎて「金持ち専用道路」なんて言われ方もしていたアクアラインだが、今ではETC専用割引によって800円で通行できるようになった。

年季の入った昭和テイストの一軒家に、民宿、海釣り体験、プリンショップと、様々な業種の看板とカラフルなポップがずらりと並ぶ店頭。

いったいここは何屋なのか…と首を傾げてしまいそうな摩訶不思議なお店「まるへい民宿」の店主 平塚健(ひらつか けん)さんに、館山でお店を経営するに至った経緯と様々なお店を手掛けている理由を伺いました。

「元々、私の親がここで民宿を細々とやっていたんですが、ある日、唐突に『お店をたたむよ』って連絡をもらいましてね。近隣のホテルや旅館が立て続けに新規オープンしたり、リニューアルしたりと、既存客のパイの取り合いが激化したんですね。そういった新しい施設に昔ながらの質素で特色もない民宿は対抗できるはずありません。」

「私は商いを傍らで見て育ち、小さい頃から手伝いをしていたものですから、この民宿には相当な愛着がありました。そんな気を知ってか知らずか『若者の新しい視点で、お店を継いでみないか?』と言われましてね。当時私は25歳で、正直、経営が右肩あがりなら嬉しい誘いだったのかもしれませんが、廃業寸前の沈みかけている店を引き継ぐなんて、荷が重いし、とてもじゃないと思いましたよ(笑)」



館山は、房総半島の突端にある海田舎。若者はだいたいが進学してそのまま東京方面に就職するという流れになっており、平塚さんも当時、東京でサラリーマンをしていたそうです。

しかし学生時代に「まちづくり」といったテーマを専攻していた経緯もあって、地元愛の強かった平塚さんは「長い人生どこかのタイミングで自分も商いに挑戦してみたい。商いをするなら地元・館山で!」という思いも抱えていました。

葛藤の末、一念発起して館山に戻ってきた平塚さんですが、戻ってくると決めた昔の自分を振り返り、「若さという勢いだけが強みでしたね。今思うと、ちょっと怖いです。」と笑っていました。


▼ 海釣り体験、年間5000人「東京に出ていなかったら、海釣りをやろうなんて思わなかった」

大きな商業施設などはなく、前には海、後ろには山と、豊かな自然に囲まれている館山は、実は里見八犬伝で有名な里見氏の歴史や、地元に伝わる港町の食文化など、観光素材に溢れる街です。

「民宿経営」と「地域振興」の2つのテーマを絡めて頑張ってみようと決めた平塚さんが、館山に戻ってきてすぐに着手したこと。それは民宿の目の前に広がる館山港で “海釣り体験” を提供することでした。

「館山に来た人が観光する場所っていうのは、だいたい決まっているんですよ。ガイドブックの定石通り『鴨川シーワールド』『マザー牧場』『館山城』『道の駅めぐり』など。そういう定番コースも良いんだけど、せっかく館山に来たのだから、土地の自然や文化といった『ココならでは』を体験できる観光コンテンツも楽しんでもらえたら尚良いんじゃないかなと。」

「自分が子供のころ何して遊んでたかなっていう幼少期の思い出をたどったら、ほとんど『海』で遊んでいたのを思いだしました。幼稚園に通っていた頃から目の前の海で磯遊びをしたり、細い流木を釣り竿代わりにして穴釣りしたりと夢中でしたね。それが、すごく楽しかったなって。

磯遊びは潮の満ち引きの関係で、時間が決まっている旅行者が楽しむには難しい。その点、海釣りだったら時間に左右されずいつでも楽しめる。けれども釣りは、釣り竿に仕掛け、エサやバケツなど準備や荷物が大変です。そこで、海釣りに必要なアイテムを一式レンタルできるようにして、初めての人にはレクチャーサービスも付いてくる“海釣り体験”なら利用しやすいかもと、そんな考えからスタートしました。」

一呼吸置いて、平塚さんは続けます。

「でも、自分が館山から出て暮らしていなかったら、訪れる人に釣りを体験してもらおうなんていうのは、まず思わなかったでしょうね。自分が東京から帰省した時に、ちょっとホッとしたいなと海の景色を見に行ったり、釣りに行ったりしましてね。自然と向き合うスローな時間を過ごすだけで自分はすごく癒されたんです。そういうのをお客さんにも体感してもらいたいなって思ったのも大きい要素でしたね。」

東京や神奈川の都会、あるいは埼玉や栃木など海のない県の人にとって、館山の人にとって日常の中にある海遊びは、やる機会がなければ一生やらないアクティビティになってしまいます。

「まるへい民宿」の宿泊客は小さなお子さん連れのファミリーが多く、「釣り経験ゼロ」という親御さんたちが、自分たちの子どもには海釣りを経験として与えたいとチャレンジしに来られるそうです。

まるへい民宿の実店舗だけでも、昨今では年間5000人以上の観光客が楽しんでいるという海釣り体験。実は平塚さんは現在、一般社団法人全日本釣り団体協議会(JOFI)公認の“釣りインストラクター”としても活躍されています。

▼ 「これ、昼間に食べたよ…」お客さんからの苦言が新しいコンテンツを生み出すヒントになった



房総半島の西側にある館山から東へと車を走らせること1時間弱。館山市の隣街 鴨川市は『鴨川シーワールド』があり、館山と並んで人気の観光地です。

鴨川市は日本における酪農の発祥地で、今も酪農が盛んな地域。「房州酪農牛乳」という、南房総エリアの人々にとって馴染み深い牛乳がありますが、千葉県内でも県北では見かけることがほぼないのだそうです。

そうした地元定番の美味しいものを遠くから来る人も口にする機会があったら良いんじゃないかと平塚さんが始めたのは「房州酪農牛乳」と「南房総産の卵」、そして千葉名産の「ピーナッツ(落花生)」を材料にしたプリン作りでした。

千葉でも県北では見かけないという房州酪農牛乳。ここでしか味わえない美味しい食材で名物プリンが完成した。

今では遠くから買い求めに来られる人も多く、地元の人のお茶請けとしても評判となっている「南房総ピーナッツプディング」。

実はプリン作りの切っ掛けになったのは、民宿に宿泊されたお客さんからの苦言だったとして、平塚さんは次のように言いました。

「夕食を食べ終わった後にデザートを希望されるお客様がいらっしゃるんですね。最初は既製品のアイスクリームを出していたんですよ。すると『なんか地元感あるものないの?』と言われまして、今度は地元で有名なお菓子屋さんのゼリーとかケーキを出すようになったんですね。」

「それはそれでちょっとお叱りを受けましてね、『これ、昼間食べたよ』と。『またここで食べなきゃいけないのか。残念だわ…』と言われたんです。やっぱり宿屋の店主としては、わざわざ時間とお金をかけて来てもらってね、残念な気持ちで帰って欲しくないわけですよ。」

もちもち濃厚な「南房総ピーナッツプディング」。付属の「塩キャラメルシロップ」は魚の入れ物。

たまたま、お菓子づくりが趣味の一つだった平塚さん。千葉の名産といえばピーナッツ(落花生)ということで、ピーナッツを基調にしたデザート作りを開始しました。

平塚さんは初め、チョコレートでコーティングしたり、ピーナッツアイスクリームをつくってみたりしたそうですが、そうしたお菓子は既に商品化されており、二番煎じになってしまうというジレンマに陥ります。

唯一無二で飽きの来ないものを作らなければと、ピーナッツの加工技術を研究すること3年。試行錯誤の末、ついにピーナッツによる新食感のご当地プリンが完成しました。

このプリンを宿泊のお客さん以外にも楽しんでもらいたいと考えた平塚さんはこうして、「海辺の小さなプリン屋さん MARUHEI」というお店も始めることになったのです。

「まずモッチリした食感にびっくりされる。その後にピーナッツの香りがグンと来る。」という平塚さんのプリンは今、地元の愛すべき食材を発信するコンテンツの一つとして知られています。

▼ 東京駅に行けば、大手のご当地食品は全部買える。「その土地に足を運んだからこそデキルコトの連鎖が地元の活性につながる」

「まるへい民宿」には館山在住のさかなクンの絵がたくさん。さかなクンの個展のよう。

民宿、海釣り体験、プリンショップといろんな形で館山の魅力あるコンテンツを提供している平塚さんは「気づいていないだけで、コンテンツはいっぱいあるはずなんですよ」と、次のように言いました。

「今の時代、東京駅に行けばご当地お菓子が全部買えるみたいなことになっているじゃないですか。そうではなくて『ココならでは』みたいな部分を自分は大切にしたいなと思います。」

「自分は観光業なので、その視点側で見ると、最終的に『時間とお金を掛けてまで行く価値が無い』という評価をされてしまえば、地方は回復できないまでに深層崩壊してしまうことを危惧していましてね。最終的には限界集落の地区がどんどん出てきてしまうことになりかねない。

だから、やれる人がやれる範囲で小商いを2,3個ばかし掛け持ちすることが地方創生に役立つんじゃないかなという思いで頑張っています。」

「仮に自分みたいな好き者が10人もでてきてくれれば、単純計算で街にはコンテンツが20~30個増える訳です。そう思うと、ちょっとした工夫と努力次第で、まだまだシャッター街になっちゃった地方であっても、創生できる可能性に希望が持てると思うんですよね。」

掛け持ちするのは大変なだけではないと語る平塚さん。異なる仕事であれば飽きもこず、空き時間も無駄にならず、何よりも様々なお客さんが来店してくれるようになることが楽しいとお話しされていました。

また、地域活性化を目指し、小商いで履くわらじの数を増やしていくならば、“雑だな”と思われるくらいの適当さがちょうどいいのだと、平塚さんは次のように言葉を続けます。

「完璧を求めていたら、1個の商いに執着しなければいけませんからね(笑)。その道を極めるなら絶対にダメですけど、ここで言う私の小商いは着地点が違いますからルーズさが大切。それに、一つのことだけやっていると経営者としての思考が凝り固まってしまったり、視野が狭くなったり、変化への気付きも鈍くなってしまうこともあります。広く浅く色々手掛けてみると、枠に囚われないアイデアが続々と生まれるんですよ。」

地域に楽しいコンテンツを少しでも多く増やして、少しでも多くの観光客に遊びに来てもらえる“元気なまちづくり”をしていきたい…そこに時間とエネルギーを一極集中させる完璧さはいらないのかもしれません。

「海辺の小さなお宿 まるへい民宿」平塚健さん

そもそも民宿というのは、昔、地元の漁師さんが漁師民宿、地元の農家さんが農家民宿、というようにして兼業で経営していた宿屋です。

ガイドブックに載っているような表面的な遊び以外を提供できる場所とて民宿が適任であることは、次のような平塚さんのお話に見られます。

「そもそも民宿っていうのは、自分らが収穫した食材で郷土の味を提供したり、地元話を語ったりと、そういう“土臭さ”を最大のオモテナシとしていたんです。」

「そうしたサービスの延長線上で、民宿は、こちらから『こういう遊びや体験ができますよ』って提案ができるインフォメーションセンターの役割が担えると思うんです。地元の人しか行かないし、やらないっていうようなことを、旅行者が気軽に体験できるような窓口を作る。それが地元の活性につながると思っています。」

“歩いて渡れる無人島”と呼ばれる沖ノ島も、館山ならではの観光資源

実際、「まるへい民宿」では宿泊のお客さんから、「なんか楽しいことない?」というような、漠然とした相談を受けることがよくあるのだそうです。

地元の人しか知らないアクティビティに観光客を送り出すことのできる民宿は、「宿泊施設」という枠に収まらずに超領域的に事業を展開しやすい一つの形なのかもしれません。

民宿は、初めて街に来た人のベースキャンプになる

かつての民宿のように、地元に根付いている“土臭さ”を伝える意味をレガシーとし、平塚さんは「まるへい民宿」の“民宿”をあえて掲げてきました。

そして、「海釣り体験」や「プリン」という一見関連のないジャンルのコンテンツを織り交ぜ、この街に多様な客層を呼び込むことに成功しています。

地元でデキルコトを小商いで提供しながら、館山に遊びに来てもらえる可能性に対して、「まるへい民宿」では更なるチャレンジが続きます。

⬛︎取材協力

「海辺の小さなお宿 まるへい民宿」平塚健(ひらつか けん)さん

「海辺の小さなお宿 まるへい民宿」は、館山駅から3kmほど


著者:関希実子・早川直輝 2020/4/2 (執筆当時の情報に基づいています)
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