北綾瀬の老舗牛乳屋が始めた食パン専門店みるく「食パンで全国6000軒の牛乳屋を救済する」
足立区・北綾瀬駅から歩いて15分ほどのところにある住宅街の一角で、強い存在感を放つ牛乳食パン専門店「みるく」。
実はこの店は地域住民から長年愛されてきた老舗牛乳屋、金子乳業が2020年1月に新規事業として始めたものでした。
日本初の牛乳食パン専門店みるくでは、平日には1日300本、土日になれば1日に400本もの食パンが売れ、来店客の約4割がリピーターであるというから驚きです。
北綾瀬の住宅街のど真ん中という決して恵まれた立地にあるわけではないにも関わらず、北綾瀬はもちろんのこと関東各地から人々を引きつけるみるく。
なんと長年牛乳を取り扱ってきた金子乳業が食パン事業に乗り出した背景にあるのは、全国に6000軒ある牛乳屋の救済計画だと言います。そこで今回は金子乳業有限会社代表取締役の金子雅一さんに詳しくお話を伺ってきました。
高橋:みるくさんの牛乳食パンはインスタグラムですごく話題になっていますよね。パン自身の重みに耐えられずに潰れてしまうほどフワフワで、大量の牛乳が使われていることから従来の食パンとは比べ物にならないほどコクがあるとお聞きしました。
金子:おかげさまで多くのお客様にご支持いただいております。実は弊社のパンは水を一切使っていないんですよ。一般的にパンは牛乳を使うことによって香りとコクが増すのですが、一方で牛乳を入れれば入れるほど硬いパンになってしまう。だからフワッとしたパンには大量の水が使われているのです。
牛乳を大量に使用してコクを出しつつも、フンワリ・モチモチとした食感を生み出すという試みはある意味矛盾することなんです。半年間にわたり試作を繰り返し、商品化にこぎつけました。
高橋:「老舗牛乳屋が食パン専門店をはじめた」という言うとすごくキャッチーですが、それにしてもなぜそれだけの時間と労力をかけてまで食パン開発に乗り出したのでしょうか?
金子:もともと我々はスーパーへの卸業を営んでいたのですが、1996年をピークに牛乳の消費量は減少傾向に転じ、これまでと同じビジネスモデルを続けていては未来はないと感じていました。
長年、牛乳を専門に扱ってきたこともあり牛乳の取り扱いには精通しているので、何か付加価値を提供できるビジネスを考えていたところ、結果的にたどり着いたのがパンだったのです。
高橋:牛乳を使った商品と言えば、パンに限らず様々な商品があると思うのですが、その中でなぜパンを選んだのですか?
金子:1番のキッカケは日本の朝食文化を豊かにしたかったからなんです。我々は創業以来、毎朝家庭で必要とされる牛乳を配達することでお客様の朝を豊かにしてきたという自負があります。
時代が変わってパンがコメよりも多く消費されるようになった今、日本の朝食文化を豊かにするにはパンを提供するのが良いのではないか。そう考えるようになったのです。「毎朝必要とされるものを届ける」というコンセプトのもとこれまで商売をしてきましたから、パンであれば同じことができると考えたのです。
高橋:確かに、牛乳配達ではなく「朝を豊かにする」という概念で事業を捉えれば、時代に合わせて事業内容を変えていくことができますよね。
金子:それに我々が今やっているパンビジネスが成功すれば全国の牛乳屋を救うことができると考えています。
全国には約6000軒の牛乳屋があるのですが、その約8割が家族経営の小さな牛乳屋なんです。もう何十年も同じビジネスモデルで経営している牛乳屋が多く、売上も上がらないし後継者も見つからないということで、廃業される牛乳屋も少なくありません。
しかし、牛乳屋がパン事業を行うノウハウがあれば新しい事業の柱を作ることができて、廃業せざるを得なかった牛乳屋が一軒でも減るかもしれません。それにあたって今後はフランチャイズ展開を予定しており、すでに全国の牛乳屋から相談を受けています。
みるくのラスクは食パンと並ぶ人気商品の一つ。マーガリンを使わず、たっぷりの国産練乳を使った「本格みるくラスク」。従来のカリッとした食感のラスクと、しっとりしたぬれ煎餅のような食感を楽しめる生ラスクの2種で展開している。200円(税抜)
高橋:全国の牛乳屋さんにとって次の時代の活路となりそうですよね。しかし、もともと金子乳業さんにはパン作りのノウハウがあったのでしょうか?
金子:パン作りのノウハウは全くなかったんですよ(笑)。パン作りに関しては完全に素人でした。
パンを作りたいと思い立った約3年ほど前、周囲に「パン作りをしたい」と話していたら、たまたまパン職人さんと知り合ったんです。パン作りを通じた「全国の牛乳屋救済計画」について話したところ、賛同していただき、一緒に食パン開発をすることになりました。
高橋:パン作りには高度な技術が必要だと聞いたことがあります。すごく属人的な仕事だと思うのですが、それを全国の牛乳屋に応用することは果たして可能なのでしょうか?
金子:そこがミソなんです。実は弊社ではコンピュータ制御のスチームオーブンを使っていて、温度、湿度、風量を全てコンピュータが計算してパンを焼き上げてくれると言うシステムにしています。全てコンピュータ制御ですから、熟練の職人技がなくてもパンを焼くことができるのです。つまり、生地のレシピさえあればノウハウが全くない牛乳屋でも食パン屋を開業できるんです。
「東京みるく食パン」高品質な牛乳を惜しみなく使い、さらに濃厚なミルク感を感じられるように国産バター、生クリーム、練乳、蜂蜜を加えたこれまでにないリッチな食パン。800円(税抜)
「牛乳屋さんのおいしい食パン」毎日食べる食パンだからこそこだわりたい、そんなあなたにぴったりの商品。牛乳をたっぷりと使い、トーストしても損なわれないモチモチ食感を実現するために、牛乳にあう酵母を厳選しました。牛乳と一緒に毎朝食べたくなる食パンです。600円(税抜)
期間限定の新商品「発酵バター塩食パン」
高橋:それはすごいです。スチームオーブンでパンを焼くという手法はパンを専門に扱うパン屋さんであれば知っている方が多そうですが、既存のパン屋さんは競合にはならないのでしょうか?
金子:実はこのアイデアはご協力いただいているパン職人さんから得たものなのですが、パン業界ではスチームオーブンでパンを焼くことは邪道だとされているそうなのです。
我々にはもともとパン作りに対する既成概念が全くないので、パン業界では邪道とされる手法を自然に取り入れることができました。なおかつ、我々は牛乳屋ですから質の高い牛乳を安く仕入れることができるため、競争力を担保することができるのです。
みるくの名物商品「東京みるくソフト」は質の高い牛乳を安く仕入れられる老舗牛乳屋ならではの商品。高品質な牛乳を惜しみなく使い、甘さ、香り、舌ざわり全てにおいて心を満たしてくれるプレミアムソフトクリーム。200円(税抜)
高橋:それは非常に興味深いお話です。ちなみに来店されるお客様は北綾瀬周辺にお住まいの方が多いのでしょうか?先ほども店頭に自転車でお越しの方がパンを注文している様子を見かけました。
金子:お客様の半数は北綾瀬周辺にお住まいのお客様ですね。周辺エリアから自転車に乗って来店されるお客様が多いです。もともと牛乳をお買い上げいただいていたお客様ではなくパン事業を始めてからお付き合いのある方がメインとなっています。
もう半分が遠方のお客様です。土日祝日になるとインスタグラムをみたお客様が車で来店されることが多いんですよ。
当店ではスタンプカードを作っているのですが、来店されるお客様の約4割がリピーターと何度もお店に足を運んでくださっていることが分かります。
高橋:みるくさんでは2種類の食パンをメインに扱っていて、600円のものと800円のものがありますよね。一般的には食パン1斤あたりの値段は300円ほどですから、相場の2倍〜約3倍の値段で販売していることになります。最初は興味本位で店を訪れても、それ以降継続的に足を運ぶことってあまりないと思うんです。これだけ客足が途絶えない理由は何だと思いますか?
金子:実は今、お客様の間で「贅沢はしないけど、ちょっと良いものは食べたい」と言うニーズがすごく高まっているんです。極端に高いものや、ただ安いだけの商品が売れにくくなっている一方、「ちょっとだけ高いけどすごく美味しいもの」が支持される時代です。
つまり日常と非日常の間に存在する需要が今、急激に拡大しているのです。ご家庭でも高級肉を買う余裕はないけれど、スジだらけの安い肉は食べたくない、だったらちょっとだけ良いお肉を買おうという流れが加速しているのではないでしょうか。手の届く日常的な贅沢はこれからのキーワードになると、今の食パンビジネスを通じてひしひしと感じています。
高橋:最後に、みるくさんの今後について展望をお聞かせいただけますでしょうか?
金子:最初はここでパン事業を始めようとしたとき、「こんな住宅街でパンなんて売れないだろう」と反対を受けました。でも、蓋を開けてみれば連日多くのお客様にお越しいただいて支持を受けています。
恐らく、「牛乳屋がパンなんて」と思っている同業者は少なくないと思います。でも、我々が今後も食パンで成功し続けることによって、周囲の見る目も変わるはずですし、実際に変わりつつあります。
実は10月には渋谷に直営店をオープンする予定でして、今後も「老舗牛乳屋が作る食パン」を多くの人に知ってもらいたいと思っています。そして、近い将来、牛乳屋の次の時代の活路として食パンが挙がることを期待して、これからも新商品の開発に力を入れていきたいと思っています。
◆取材協力
牛乳食パン専門店みるく
◆営業時間
10:00〜18:00(※完売次第終了)
定休日:水曜日
◆アクセス
千代田線北綾瀬駅徒歩15分
著者:高橋将人 2020/9/10 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。