
本を通して地域を編集するセンジュ出版「散らばった言葉を編んで本にするのと同じで、人をつなげてまちを編む」
土地を挟むように、二本の川がせせらぐ。南を向けば隅田川が、北をのぞめば荒川が、と川と川に挟まれた地に、北千住のまちがあります。足立区最大の都市であり、最近では「住みたい街」「穴場だと思う街」ランキング上位の常連でもある北千住。 『センジュ出版』は、駅から徒歩5分ほど、古びたアパートの二階に位置する小さな出版社です。6畳2間のうち一室がオフィス、もう一室が和室のブックカフェという風変わりなつくり。「出版」とあるとおり、年に数冊ずつ自社で発行した書籍を、書店だけでなく、このカフェやイベント等で販売しています。 img_tag_16畳間には畳が敷かれ、「懐かしい」と溢していくお客さんも多い 。 文章講座を開設したり、テーマに沿った本を持ち寄って語り合うブックサロンを開いたりと、地域内外の方との多くの接点をつくっているセンジュ出版。以前、大手出版社に勤めていたという代表の吉満明子さんは、立ち上げのきっかけについて、次のように振り返ります。 「東日本大震災が大きく影響したんです。地域のなかで連携がないと、孤立してしまうという怖さを感じました。ばらばらな『個』をつなぐために……と考えると、『編集』に行き着きました」 img_tag_2代表の吉満明子さん「円卓には、上座も下座もないからフラットなコミュニケーションができる」 「散らばった文章を編んで本になるように、普段なら接することのない人々をつなげ、ひとつのまちにしていく。『地域を編む』という発想はこうして生まれました。なのでセンジュ出版では、カフェだけでなくイベントなども開いて、本を媒体としてまちのなかに有機的なつながりをつくっているんです」 「大震災の後、地域に着目したもうひとつのきっかけは出産です。産休中にまちをのんびり歩くことで、商店街に活気があったりと、千住の新たな魅力を発見したんです。編集者として、住民目線で見た千住の豊かさ、面白さを、いつか地域内外の人に伝えたいと思うようになりました」 ▼ センジュ出版はまちの小さな案内所。「靴を脱ぎ、畳のうえで気軽に話せる。そんな窓口でありたい」 img_tag_3 二つの転機が訪れ、開業に至ったセンジュ出版。取材中にも、ときおりカフェを訪れる方の姿が見られました。「近所の人の紹介で見に来てみた」と、店内をひとまずのぞきにくる人も。「地域を編む」という考え方のとおり、センジュ出版はいまやまちの交流拠点のようになっているのです。 また、カフェを訪れた人からまちについての疑問や助言などを聞き、センジュ出版があいだに入ることで、行政との架け橋になることもあると言います。反対に行政からの相談をセンジュ出版で受け、住民の方に伝えていくことも。その背景には、区役所の「ある部署」とのつながりが影響していました。 img_tag_4著者を招いたイベント「センジュのがっこう」 写真提供:センジュ出版 足立区にはシティプロモーション課という部署があり、そこにはまちのあらゆる情報が集まります。センジュ出版とシティプロモーション課は、イベントなどを通して関係性を深め、いまではまちのことを相談できる関係になっているそうです。 「シティプロモーション課の皆さんは、本当にまちのことをよくご存知で、足を運ばれていますし、また、庁内での各課にも精通し、ハブのような役割を務められています。この皆さんから教わることも多いですし、相談もたくさんさせていただいています」 「まちの名前をお借りしている会社としては、カフェやイベントなどで耳にした地域の方からの声をこちらからお伝えすることもあります。まちの財産を編んでいく上で、シティプロモーション課の方とつながれたことは、とてもありがたいことでした」 足立区はテーマとして、官民の「協創」を大きく掲げています。まちのために、お互いがお互いの役割を持ち合い、一緒になって貢献している様子が伺えました。 ▼ 6畳間が織りなす「1日」という物語。「登場人物はお客さん。シナリオのないストーリーだから面白い」 img_tag_5 6畳間の畳部屋には、吉満さんお気に入りの本や自社出版の書籍、地域関連の情報掲載誌が置かれ、コーヒーや焼き菓子とともにゆったりとした時に身を置くことができます。老若男女訪れるこのカフェには、吉満さんもときどき顔を出すそうなのですが、そうしたとき、ふと本を読んでいるような不思議な気持ちになると言います。 「見るたびに景色が違うんですよね。偶然一緒の時間に来店された別々のお客様が、お互いに黙々と本を読んでいたと思ったらいつの間にか意気投合されて話し込んでいたり。その様子がまるで、このカフェを舞台にしたひとつのストーリーのようで」 「こちらから、雰囲気を見ながらお客さん同士をおつなぎすることもあるんです。そうすると思わぬ化学反応が起きたりして。小説で言うと、どんでん返しのような。ばらばらだった一人一人の物語が、ふと繋がっていく感覚があります」 img_tag_6オフィスとカフェのあいだに隔てるものはほとんどなく、地続きになっている。 人と人のつながりを深めてきたセンジュ出版ですが、あくまでも本業は「出版」。本を届けるために、吉満さんは「本屋を編集」するという発想にも至ったそうです。 「本というのは、開いて読み込まないとストーリーがわかりません。だからその本の世界を、お客さんとのコミュニケーションを通してお伝えすることも編集なんじゃないかなと。単純にその内容だけでなく、出版の背景や、著者の思いなども丸ごとストーリーとして話すことを考えました。そういう『場』を編むことも必要かなと」 「いま本を届けられる場所は減ってきています。そんな中、このまちで本を届けることを考えたとき、こうした古い建物を生かしたいという思いが自然に浮かんできました。まちの歴史とつながる場所にしたいと思っていたので」 img_tag_7水色の鉄骨階段を登った先に、センジュ出版がある。 カフェに限らず『スナック 明子』という新たな「編集の場」も生み出しているセンジュ出版。そこには著者が読者と交流することもあるそうです。地道な接点づくりをつづけ、センジュ出版は、いまや地域のハブとなりました。 なにもなければ出会わなかったはずの人たちが、本を通して出会う。千住という一つのストーリーのなかに、登場人物として編み込まれてゆく。まちがある限り永遠につづく、未完の物語。吉満さんの「編集」に、終わりはありません。 《取材協力》 センジュ出版 代表取締役 吉満 明子 《アクセス》 東京都足立区千住3-16-2F 著者:清水翔太 2019/3/8 (執筆当時の情報に基づいています) ※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。









