賃貸住宅では、月々の家賃だけでなく退去時のコストを考慮しておく必要があります。実際に、「退去時に多額の修繕費用を請求されトラブルになった」というケースは少なくありません。
本記事では、現在賃貸に住む方や引越しを検討中の方に向け、退去費用が不当に高いと感じた際に確認すべき事項を解説します。また、高額請求を避けるための対策もご紹介しますので、退去に不安がある方はぜひご一読ください。
退去費用に該当するもの(国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」より)

まず、賃借人が負担すべき退去費用の内訳を確認しましょう。退去費用の請求は、貸主や管理会社の自由ではなく、国土交通省のガイドラインに基づく必要があります。このガイドラインは複雑なため、まずは特に重要な以下の3つの原則を理解しておきましょう。
・修繕は、借主の「わざと」や「うっかり」によって汚したところ、または壊したところに限られる
・居住年数が長いほど負担すべき割合は減額される
・特約に定められたものは借主が払わなければならない
※参考:国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
冷蔵庫裏の壁紙の電気焼けや、家具設置によるへこみは、故意や過失とは見なされません。一方で、引越し時の床・壁の損傷やお子様による落書きは、借主の費用負担で修繕が必要です。
さらに、結露によるカビの発生も借主の負担範囲です。目視できるダメージだけでなく、室内に染み付いたニオイにも注意が必要です。喫煙やペット飼育による消臭コストが請求されることもあります。
これら通常損耗を超える特別な負担に加え、賃貸契約書で借主が義務付けられた特約事項がある場合、その内容に基づき退去費用を支払う必要があります。
通常損耗とは
通常損耗とは、ごく一般的な日常生活で生じる傷や汚れのことです。通常損耗にあてはまる具体例を見てみましょう。
・テレビ、冷蔵庫等の後部背面の黒ずみ
・壁等の画鋲、ピン等の穴
・家具、家電の設置による床のへこみ など
通常損耗は避けられない傷や汚れと判断され、原則として修理費用を大家さんが負担します。ただし、通常損耗を放置した結果、二次被害が生じた場合は別です。通常損耗を超える傷や汚れが生じた場合は、借主の負担で修理費用を支払わなければなりません。
特別損耗とは
特別損耗とは、借主の故意や過失善管注意義務違反が原因で発生した傷や汚れです。特別損耗にあてはまる具体例を見てみましょう。
・カーペットにこぼした飲み物のシミ
・手入れの不備による台所の油汚れ
・喫煙が原因で生じた天井や壁紙の黄ばみや臭い
傷や汚れが特別損耗とみなされた場合、原則として借主が修理費を負担しなければなりません。
大家さん(貸主)が原状回復するもの
賃借人が負担すべき項目を除き、すべての修繕費は貸主の負担となります。以前は、不当な請求により賃借人に不要な工事費を負担させようとする事例が存在しました。こうした借り手側の不利益を防ぐため、国土交通省がガイドラインを制定した経緯があります。
退去費用の相場
退去費用の相場は次の通りです。
| 間取り | 退去費用の相場 |
|---|---|
| ワンルーム、1K | 2万円~3.5万円 |
| 1DK、1LDK、2K、2DK | 3万円~6万円 |
| 2LDK、3DK | 6万円~9万円 |
| 3LDK以上 | 9万円~11万円 |
上記の金額はあくまでも相場です。退去費用は部屋の状況や構造などにより、大きく変わります。
請求された退去費用が「高すぎる」と感じたら?

実際に賃貸物件の退去に伴い提示された退去費用が高額であった場合、どのような対処法があるのでしょうか。
<相談可能な4つの対処法>
①退去費用の明細書を請求し、内訳を確認する
②大家または不動産会社に相談してみる
③保険が使えるか確認する
④法的措置をとる
それぞれの詳細をお伝えします。
①退去費用の明細書を請求し、内訳を確認する
最初に、退去費用の明細を詳細にチェックすることが肝要です。各項目がどの法的根拠に基づき、どの範囲まで自分に請求されているのかを確かめましょう。
また、確認する主なポイントは以下の4つです。
1.請求された箇所は、自分が汚したまたは壊したものであるかどうか
ご自身に責のない箇所の修繕費用を請求された場合、支払いに応じる義務は一切ありません。
2.居住した年数による負担割合が認められているかどうか
壁紙、床材、CF材といった消耗品は、居住期間に応じて賃借人の負担額が減少します。これらは約6年で残存価値がほぼゼロになる計算です。請求内容がこの減価償却の対象か、そしてその負担割合が公的なガイドラインに基づいて適切に計算されているかを確認すべきです。
3.自分が汚したまたは壊した範囲を超えて請求されていないか
壁紙(クロス)の一部に軽微な傷がある場合、原則として壁一面の全額負担は不要です。賃借人の責任範囲は最小単位での修繕費用となり、壁紙では1平方メートル分がこれに該当します。
4.請求範囲は、賃貸借契約書に記載されている内容であるかどうか
たとえ心当たりがない請求でも、特約に明記されていれば賃借人が支払う義務が生じます。また、無断でのペット飼育など契約違反がある場合も、借主の責任となります。今一度賃貸契約書を確認しましょう。不当な高額請求があれば、ガイドラインに沿った内容にするよう貸主へ申し立てが必要です。
請求が全て借主の過失によるもので、全面的に責任を認める状況も有り得ます。しかし、その場合でも、費用減額交渉を試みる価値はあります。総額の交渉はもちろん、無理のない支払い計画(支払い期日、分割など)を提案するためにも、交渉は意義深いと筆者は考えます。
②大家または不動産会社に相談してみる
退去費用に疑問がある場合は、大家または不動産会社に相談しましょう。原状回復義務について記された国土交通省の「原状回復ガイドライン」を基に、請求内容に誤りがないか問い合わせてください。請求の根拠を示すよう求めると、客観的に見て妥当な請求額か判断できます。
③保険が使えるか確認する
大半の賃貸借契約では、契約締結に伴い火災保険に加入しています。火災保険に借家人賠償責任保険が付帯されているか確認してください。付帯されている場合、退去費用の支払いに火災保険を適用できる可能性があります。
④法的措置をとる
民事調停は裁判所を舞台とする、司法が中心の解決手続きです。行政が中心のADR(裁判外紛争解決手続)と同じく和解が目的ですが、裁判官が主体となり、法的な視点で話し合いが進められるのが特徴です。
裁判所での手続きゆえ、着手への心理的な壁が高いのが難点です。しかし、ガイドラインを根拠に法的判断が下されるため、貸主側の知識不足による不当な高額請求に対しては、賃借人に有利な結果となる可能性が高いといえます。
請求された退去費用に納得できないときの相談窓口

退去費用に納得ができない場合の相談窓口が4つあります。状況別に最適な窓口に相談し、費用負担を軽減できるか確認しましょう。
①消費生活センター
自分一人での交渉が困難と考えられるときは、第三者に相談してみましょう。消費生活センターでは、専門の担当者が解決に向けた助言やアドバイスをしてくれます。電話相談は原則平日ですが、土日でも国民生活センターがバックアップ対応をしてくれますので、仕事が忙しい方なども問題なく利用が可能です。
また消費生活センターでは、ADRを利用することもできます。ADRとは、法的な紛争の解決を裁判所以外の方法で行う手続きのことです。状況や事案によって異なるものの、柔軟性の高い対応が期待できるというメリットがあります。
②日本消費者協会
日本消費者協会とは、商品やサービスに対する苦情に対応する一般社団法人です。住宅に関連する無料相談も実施しており、トラブル解決に向けたアドバイスを受けられます。相談方法は電話またはメールに限られており、対面の相談はできません。
③日本賃貸住宅管理協会
日本賃貸住宅管理協会とは、賃貸住宅市場の発展を目的として設立された公益財団法人です。賃貸借契約に詳しい専門の相談員が、賃貸物件に関するトラブルの相談に無料で対応しています。
相談したい場合は、日本賃貸住宅管理協会のホームページにアクセスし、専用フォームからメッセージを送信しましょう。ただし、相談は一人につき1回に限られています。相談内容を整理して、伝え忘れがないように準備してください。
④弁護士事務所
大家や不動産会社との交渉が難航している場合や、裁判を起こされた場合は、弁護士事務所に相談しましょう。利用する事務所によって得意分野が異なります。事務所のホームページから実績を確認し、賃貸物件に関する紛争の取り扱い実績が豊富な事務所に相談しましょう。
【注意】不当な退去費用を請求されたとしても、無視や放置だけはNG
不当に高額な退去費用を請求されても、決して無視してはいけません。放置しても状況は改善しないため、直ちに貸主や管理会社へ連絡し、不服な点があれば不当請求である旨を伝えましょう。支払う意思がある場合は、総額、支払い期限、分割など、建設的な交渉を行う姿勢が重要です。
支払いを怠ると、連帯保証人の信用問題に関わるほか、保証会社へ連絡がいき自身の信用情報に傷がつく恐れがあります。最悪の場合、裁判沙汰となれば、本人と連帯保証人の名前で判決が確定します。信用情報への影響は、数年間のローンやクレカ契約に悪影響を及ぼすなど、デメリットしかありません。
いかなる退去費用請求であっても、支払いを放棄する行為は絶対に避けてください。
退去費用を抑えるポイント

退去費用が膨らむ要因は、居室の使用状況が不適切だったか、あるいは賃貸契約の内容を把握していなかったかの二つに集約されるでしょう。最も重要なのは、契約の理解です。そのためにも、物件探しの時点から退去時の費用について考慮しておくべきです。
引越し直後にチェックしておくべきポイント
希望の物件が見つかっても、即座に契約を進めるのはリスクがあります。皆さんが最も注視するのは金銭面でしょう。契約金や月々の賃料総額だけでなく、個々の費用項目の内訳を把握することが大切です。
退去時の費用を契約時に理解しておくことで、無用な紛争を防げます。また、入居時には必ず部屋の状態を撮影してください。既存の傷や汚れを記録しておかないと、退去時に不当に請求された際、対抗手段がありません。
撮影時には、傷の位置がわかる全体写真と、損傷の程度を示す接写写真の両方を撮り、撮影日を記録してください。
これらの証拠写真を貸主や管理会社と共有することも有効です。担当者が変わる場合でも、書面での記録を残すと情報伝達の漏れを防げます。
日々の生活で気をつけるポイント
国の指針を理解し、入居時の状況を画像で記録しておけば、多額の退去費用を請求される可能性は低いといえます。ただし、著しく不適切な利用や、契約で禁止された行為があった場合は除きます。
借主側が不利になる代表的な例として、以下の5つが挙げられます。
喫煙はヤニ汚れやにおいの原因
タバコによるヤニの付着は壁紙交換で対応可能ですが、臭いが残ると高額な消臭費用が追加される場合があります。禁煙が最善ですが、換気扇の使用や電子タバコへの移行も検討しましょう。ただし、ベランダでの喫煙は近隣住民の迷惑となり、トラブルの原因になりやすいので注意してください。
こまめに掃除をして、部屋をきれいに保つ
言うまでもなく、日常的な居室の清掃を徹底しましょう。水垢や油汚れがひどいと、特殊な清掃や設備・部品の交換が必要となる場合があります。こうしたケースでは、原状回復費用が割高になる傾向があります。
結露などで発生したカビは放置しない
結露を見つけたら、カビ発生の原因となるため直ちに水分を拭き取ってください。カビが進行すると、壁紙だけでなく下地の交換が必要となり、次の入居者に貸せなくなる事態も起こります。状況によっては壁や床の解体が必要となり、退去費用が高額になるため、カビ対策を徹底しましょう。
勝手にペットを飼育しない
近年、愛玩動物を飼う世帯は増加傾向ですが、ペット可の賃貸物件は依然として限られています。飼い主には気づきにくいものの、飼育していない人は特有のペットの臭いをすぐに感じ取れるものです。
アレルギー対策などから、ペット不可の賃貸は多数あります。禁止物件で飼育した場合、広範囲な壁紙交換や特殊な清掃・消毒が必要となり、退去費用は高額化します。
特に無断でのペット飼育が原因の退去トラブルは多発しています。現在ペットがいる方、今後飼う予定の方は、必ずペット飼育が許可された物件を選ぶようにしましょう。
勝手にDIYをしない
大家や不動産会社に無断でDIYをしてはいけません。DIYの内容によっては、退去時に原状回復費用が請求される可能性があります。
例えば「釘やネジを使って壁に穴を開けた」「床のカーペットを剥がしてフローリングに交換した」といったケースは、原状回復費用が請求される可能性が高いです。
DIYの可否や可能な範囲については、賃貸借契約書に明記されている場合があります。まずは賃貸借契約書を確認し、予定しているDIYが許容されるかをチェックしましょう。判断が難しい場合や、DIYについて賃貸借契約書に記されていない場合は、DIYをする前に大家や不動産会社に相談してください。
退去立ち会いの際のポイント
賃貸契約の解約時、貸主(または管理会社)と借主の立会いが行われるのが通例です。この退去立会いで最も重要なのは、事前に居室の清掃を完了させておくことです。
清掃を怠ると、専門業者によるクリーニング代を請求される可能性があります。また、立会人への最低限のマナーとして、部屋をきれいに保つべきです。
軽微な損傷については、可能な範囲で修繕しておくことも大切です。火災保険(家財保険)で補償対象となる場合もあるため、事前に保険会社へ確認しましょう。
立会い時に指摘された損傷箇所は、必ず写真に記録してください。後の退去費用請求の際、その内容の正当性を検証する証拠となります。
退去費用の高額請求に関するよくある質問
この記事の最後に、退去費用の高額請求に関するよくある質問にお答えします。不明点や疑問が残る場合は、自己判断をせず、専門家に相談しましょう。
・Q.敷金で退去費用がまかなえない場合は追加で請求されることもありますか?
・Q.退去立会い時にサインしてしまっても、後から撤回することは可能ですか?
・Q.エアコンの清掃費用は誰が負担しますか?
・Q.退去立会いに第三者を同席させても良いですか?
Q.敷金で退去費用がまかなえない場合は追加で請求されることもありますか?
A.はい、追加で請求される可能性があります。敷金は賃料の滞納や修繕費用の担保を目的に、大家に預けているお金です。退去費用が敷金を上回った場合は、差額分を追加で支払わなければなりません。
敷金ゼロのいわゆる「ゼロゼロ物件」に入居した場合も、入居者は原状回復義務を負います。この場合は相殺される預け金がないため、相場よりも高い退去費用が請求される可能性があります。
Q.退去立会い時にサインしてしまっても、後から撤回することは可能ですか?
A.いいえ、撤回できない可能性が高いです。請求書へのサインは、請求額に納得し、合意したものと見なされます。
ただし、法的な救済措置を利用できる場合があります。例えば、通常損耗と特別損耗の違いを理解せずにサインしてしまった場合は、民法による「錯誤取消し」を適用できるかもしれません。大家や不動産会社がサインの撤回に応じてくれない場合は、弁護士に相談しましょう。
Q.エアコンの清掃費用は誰が負担しますか?
A.契約内容や汚れの原因によって異なるため、一概には言えません。
ごく一般的な使い方をしていた場合、エアコンの汚れは経年劣化と見なされます。この場合、清掃費用を負担するのは、原則として大家です。
ただし、入居者がエアコンの清掃費用を負担するケースもあります。タバコのヤニによる汚れがひどい場合などが代表例です。また、賃貸借契約書に「エアコンの清掃費用は退去時に入居者が支払う」といった内容の特約が設けられている場合も、清掃費用は入居者が負担します。
Q.退去立会いに第三者を同席させても良いですか?
A.はい、第三者の同席は可能です。退去立会いは入居者と大家が当事者間で話し合う場であり、家族や友人に同席を求めることは問題ありません。請求額に対する客観的な意見を聞きたい場合や、一人で交渉をするのが不安な場合は、第三者に同席を求めましょう。
ただし、トラブルを避けるために、大家や不動産会社には「当日は第三者に同席してもらう」と事前に伝えることをおすすめします。大きな不安がある場合は、家族や友人だけでなく、宅建士や弁護士などの専門家に同席してもらいましょう。
退去費用が高額にならないような生活を心がけよう!
退去費用が高額になる原因は、貸主側のガイドライン軽視と借主の不適切な利用が挙げられます。解決策はありますが、弁護士費用などさらなる出費がかかり、請求された側が不利になる状況は変わりません。
契約内容の事前確認が重要であり、入居後はペット、喫煙、カビなどに注意し清潔を保つことで、費用増大は防げます。これから引越しを考える方は、現在の生活スタイルだけでなく、将来のライフイベントにも対応できる住まいか、慎重に検討しましょう。





