ボランティアがUSJを上回る全国第3位のテーマパークをつくる街、船橋市

「ふなっしー」の影響もあって今や千葉県船橋市は全国的に有名な街になりましたが、実はここ船橋市は小説家の村上春樹が初の本格長編小説『羊をめぐる冒険』を執筆した当時住んでいた街であり、日本文学に強い影響を与えた太宰治の『人間失格』もこの街を舞台として書かれています。

太宰治は故郷の津軽を離れ、東京近辺で住まいを転々としてきた中で船橋がもっとも愛着が深かったと著書『十五年間』の中で書いており、そういう意味では船橋は太宰治や村上春樹に強い影響を与え、さらに彼らの小説をこれまでに読んできた数百万、数千万もの人々にまで間接的に影響を与えてきた街だと言えるのかもしれません。



さらにもう少し時間を遡ってみると、船橋市は1868年に江戸幕府と新政府軍との間で行われた戊辰戦争の舞台としての顔も持っています。

結果的にこの戦争で新政府軍が勝利したことにより江戸幕府は完全に滅び、新政府を主導とした明治という新しい時代が始まったことで日本は近代化してきたのです。(1)

そう考えれば、ここ船橋は近代日本のスタート地点であり、さらに現代人に大きな影響を与えて来た著名人の受け皿としての役割も担ってきた、言わば明治以降の日本を影で支えてきた街だと言っても過言ではありません。

そんな船橋市は市街地の賑わいからも分かるように政令指定都市を除く都市の中で国内最大の61万人もの人口を抱える巨大都市なのですが、その歴史をひもといてゆくと、船橋が太古の昔から人を惹きつける土地柄を持っていることが分かりました。



実際に船橋市大穴町の海老ヶ作貝塚などの縄文時代以降の遺跡を調査したところ、なんと遡ること3万年前にすでに船橋に人が住み始め、大規模な集落ができていたことが分かっています。

船橋に人が集まるようになった理由は海にあると言えるのかもしれません。船橋は東京湾の最奥部にある三番瀬に面しているのですが、ここには江戸川から土砂や栄養分を含んだ淡水が流れ込むため、魚介類や海苔に恵まれており、それが人が集まる要因となったのです。

その後も船橋は人を引き寄せ続け、江戸時代になると小さな漁師町に発展し、そこに訪れた徳川家康によって江戸城に魚を献上する栄誉が与えられ、船橋はそこから港町や宿場町として大きく繁栄するようになります。



そして時が経ち昭和16年には太平洋戦争が始まり、1919年以降は東京都やその周辺都市は大規模な空襲を受けたのにも関わらず、都心から程なく近いここ船橋は奇跡的に被害をほとんど受けませんでした。そのため農産物や海産物の集積地として関東中から人が買い物に押し寄せたことから、船橋は日本の上海とも呼ばれていたのだそうです。

その当時の名残として現在でも船橋は水産業で有名な街で、出世魚として有名なスズキの漁獲量は876トンと日本一であり、都内の有名レストランから指名買いされることもよくあると言います。

▼ 移住者が多く、すぐに「つながり」がつくりにくい街だからこそ、スポーツを通じて、街がつながる。



このようにして船橋は豊富な資源の集積地として今も昔も多くの人々を引きつけてきた訳ですが、人が集まるとそこに文化ができるのは自然な流れであり、船橋の場合それはスポーツだったのです。

船橋市はスポーツ健康都市を宣言しているだけあって、市内には13面のテニスコートがある運動公園グラスポや最大6000人を収容できる船橋アリーナなどの本格的なスポーツ施設が17箇所も点在し、市民の運動を支えています。

実際に船橋市内を歩いていると、これらの本格的なスポーツ施設以外にも街のあらゆる場所にテニスコートなどの運動施設が見られ、平日の昼休憩や休日などを利用して、日常生活の中で仲間と体を動かすという習慣が身に付いている人が非常に多いのです。



健康な船橋市民とは対照的に、 現代人の子どもの運動不足が問題視されるようになっており、ある調査によれば全体の約4割の子供が片足立ちが5秒以上できない、前屈をすると指先が床に付かないなど、骨、関節あるいは筋肉に何らかの機能不全を持っていることが分かっています。(2)

そもそも人間が誕生してから何十万年も経っていますが、運動しなくても生活できるようになったのは交通手段や働き方が大きく変化したここ30年だけの話で、本来、人は頭も体も両方が疲れることでしっかり眠り、次の日も同じように働くというサイクルを送って来ました。(3)

人間の体は一部だけを酷使すると必ずどこかで異常が起きるようになっていて、例えば、テレビやスマホの画面からは1秒間に30コマもの画像が出てくるため、画面を見続けると脳の一部が極端に疲れる一方、体の方は疲れていないために寝ても眠りが浅く、そうした習慣が現代人を悩ませる生活習慣病に繋がるのです。(4)



そういった意味で船橋市民のように普段の日常生活の中に体を動かす習慣を入れることは、私たちが本来あるべき姿と言えるでしょう。

運動が日常生活に浸透している船橋市はスポーツが非常に強いことで有名で、市立船橋高校などのスポーツ名門校が全国的に知られており、例えば市立船橋のサッカー部はインターハイで7度の優勝を誇っていますし、サッカーだけでなく、バレー、バスケット、体操、そして陸上でも全国トップクラスの成績を残しています。

船橋出身のスポーツ選手の中にはソウルオリンピック100メートル背泳ぎ金メダリストの鈴木大地選手など有名な選手が少なくありませんが、これは船橋に著名なスポーツ指導者が集まる傾向にあるからなのだそうで、例えば、市立船橋高校陸上部はシドニーオリンピックのマラソンで金メダルを獲得した高橋尚子さんの監督で有名な小出監督を起用したことで全国的に有名になりました。(5)



船橋市は昔から良質な食材が集まる日本の上海だと言われていたように、これは人材に関しても言えることで、船橋には選手や指導者ともに優秀な人が集まりやすい土壌ができているのでしょう。

確かに船橋はスポーツが強いことで有名ですが、一般的にスポーツは社会の中で下に見られる傾向にあります。実際、スポーツの勝負の見どころを語る人は多くいる一方で、スポーツが将来的なコミュニティのあり方に大きく影響する可能性を説明できる人はほとんどおらず、文化的な視点はなかなか注目してもらえないのが現実です。(6)



現代社会では、ほとんどの人が家と会社の行き来だけで生活が完結してしまいがちなため、地域の人と関わる機会がほとんどありません。

そんな中、船橋市では子供の部活に親同士が交代で送迎や応援などに協力することによって家と会社の中間にある「子供の部活」という第3の場が生まれ、そうした環境が地域の活力や横の繋がりを作っているのでしょう。

一昔前であれば、地域に根ざした喫茶店や居酒屋がたくさんあって、そういった場所が人々にとっての第3の場として機能していたのかもしれませんが、現代のように生活リズムに多様性が生まれた社会ではそういった場所がが第3の場として機能していません。



また、船橋市は政令指定都市を除いた都市の中で移住者の数が全国で7番目に多いという非常に流動性の高い都市であるため、ますます地域の接点が持ちづらいという性質を持っており、そういった意味でも子供の部活に積極的に協力することは地域住民と接点を持つ数少ないきっかけになると言えるのです。

そうやって親たちが連携して生徒の部活動を支えることによって、生徒間だけでなく親同士の繋がりも生まれるでしょうし、そうして生まれた繋がりは地域を大切にしたり、地域に貢献しようといった愛着心を育むことになるのではないでしょうか。

▼ 設備投資費が1日1億円以上かかるディズニーランドとボランティアが価値を保つアンデルセン公園



船橋市民の地域への愛着を見て取れるのが船橋市内にある「ふなばしアンデルセン公園」です。

ふなばしアンデルセン公園は船橋市の姉妹都市であるデンマーク・オーデンセ市の全面協力によって19世紀のデンマークを再現した公園で、世界最大の旅行口コミサイトであるトリップアドバイザー2015年版の国内テーマパーク部門で東京ディズニーランドと東京ディズニシーに次ぐ第3位にランクインし、大阪のUSJを上回りました。

この公園には絶叫マシンや人気キャラクターがいるわけではないのですが、都内の公園とは違ってテントやシート、弁当、そして飲み物などの持ち込みが自由で各自が思い思いに時間を過ごせるため、都会から近い大自然として人気で、2015年にはオープン以来の入園者数が1000万人に達してメディアでも注目されています。

そんなふなばしアンデルセン公園は植物園で有名なのですが、なんとその植物園は市民のボランティアのみによって管理・運営されているのだそうです。

施設運営費に関するある調査によれば、前述の東京ディズニーランドやディズニーシーなどの東京ディズニーリゾートが2015年に使った設備投資費は428億円にも上ったことが分かっており、そう考えればボランティアのみで運営されている植物園が全国で3番目に人気のテーマパークにランクインしたことがいかに異例の出来事かがよく分かります。

また、アンデルセン公園は東京ドーム6個分もの広大な敷地面積を誇っているのにも関わらず、ボランティアの手だけで運営が成り立つというのは、住民同士の繋がりが強いことの何よりの証ですし、この繋がりは子供の部活動を支える中で育まれたという見方もできるのかもしれません。

互いに顔は知っている一方で互いのことを知り過ぎないといった、遠すぎず近すぎずの関係性が都市で生活する中でもっとも快適だと言え、船橋市はまさにそれを体現していると言えるでしょう。

もちろん都市に住んでいても近所付き合いは大切ですが、自分がいつ、どこで、誰と、何をしていたかが筒抜けになる街は息苦しさがあり、適度な匿名性が必要でしょう。そうした街の居心地を測れる指標として挙げられるのが、平日の昼間から人目を気にせずにお酒が飲めるかどうかだと言えます。(7)

最近はワークスタイルの多様化によって土日に会社に出勤する代わりに、振替の休みを平日にとる人も珍しくありませんが、住民同士の距離感が近すぎる街では、平日の昼間からお酒を飲んでいたら「◯◯さんちのご主人はリストラされたんだ」などと勝手に思われ、近所で噂になって窮屈な思いをしないとも限りません。

ただ船橋には昼から開いている居酒屋が少なくなく、実際にそこに入ってみると平日でも昼間からお酒を飲んでいる人を見かけるため、船橋の人たちは互いの距離感を上手に保っていると言えるのかもしれません。

船橋は駅前にこそ商業ビルなどが立ち並び東京都内にも引けを取らない近代的な都市ですが、一本路地を入るとそこにはまだ太宰治が生きていた当時の懐かしい風景が広がるといった二面性がある街なのです。

一般的にその街に人や文化など新しいものが流れ込むと、古いものは淘汰される運命にあるものの、この街では古き良き伝統が受け継がれつつも、新しいものが入り込む隙間がきちんと用意された街だと言えます。

漁師町である船橋に昔から住んでいる人情に厚い住民と、移住してきて新しいモノを船橋に持ち込む人たちとの化学反応はまだまだ続きそうです。



参考資料

「ふなばしお散歩マップ」(船橋市、2015)
柴田輝明「跳び箱に手をつき骨折する子ども」(ポプラ社、2016)Kindle
柴田輝明「跳び箱に手をつき骨折する子ども」(ポプラ社、2016)Kindle
長田渚左、‎深代千之「スポーツのできる子どもは勉強もできる」(幻冬舎、2012)Kindle
森田保「千葉県謎解き散歩」(KADOKAWA / 中経出版、2012)
長田渚左、‎深代千之「スポーツのできる子どもは勉強もできる」(幻冬舎、2012)Kindle
島原万丈、‎HOME’S総研「本当に住んで幸せな街~全国「官能都市」ランキング~」(光文社、2016)Kindle


著者:高橋将人 2017/12/16 (執筆当時の情報に基づいています)
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