流行の街ではなく流行を“つくる”街、板橋「モスバーガーもカラムーチョもここで生まれた。」

街に関するランキングには「住みたい街ランキング」など様々なものがありますが、中には「住んでいるだけで女子にモテない街ランキング」というものまであり、東京・板橋区が「貧乏なイメージ」や「どこにあるのか分からない」などの理由で2位にランクインしていました。

世間で板橋の存在がほとんど認知されていないのは、中央区には銀座、港区には六本木、そして千代田区には秋葉原など誰でも知っているような有名な街がある一方、板橋区には有名な街が一つもなく、さらにどの区にも必ずあるような大きなターミナル駅が板橋にはないことが理由でしょう。



そうした背景があって板橋は東京23区の中でもっとも田舎だとよく言われますが、実は板橋にはモスバーガーや蒙古タンメン中本の第1号店など飲食店の第1号店が非常に多く、さらにポテトチップスの「カラムーチョ」が全国に広がり、辛いお菓子が当たり前に流通するようになったのも板橋がそもそもの始まりだと言われています。(1)

板橋に「日本で最初」とか「世界で最初」といった企業や商品がいくつも生まれ、常に時代を先取りするようになったのは、明治頃に日本近代化の先駆けとなった火薬製造所がここ板橋に作られたことが影響しているようです。

▼ 近代日本の工業化の先駆けとなった火薬製造所が板橋に作られて以来、流行はいつも板橋から生まれるようになった



火薬製造所や光学兵器製造所など、軍需工場の大集積地が形成された板橋エリアでは、兵器の生産が盛んに行われていたと言われているのですが、終戦後、その製造技術は光学機器や精密機器などの製造へと応用されるようになり、板橋は東京有数の工業の街となりました。

その結果、シャッターレンズで世界シェア1位の日本電産コパル、日本初の純国産カレー粉を作ったエスビー食品、そして世界で初めて体脂肪率が計れる体重計を製造販売し、『タニタ食堂』などでも有名になった大手計測器メーカーのタニタなど、板橋には洗練された技術を持った企業がいくつも生まれたと言われています。

このように何か新しいものを生み出そうとする板橋独特の雰囲気は工業だけでなく、板橋にある飲食店やサービス業など他の業界にも影響を与えてきたという訳なのです。



興味深いことに、そんな板橋には他の区と比べて人口あたりのコンビニや100円ショップの数が少ないことが分かっていて、実際に新宿区には人口1万人あたり約7軒のコンビニがある一方、板橋には約3軒程度しかありません。(2)

さらに商店街が密集している板橋の南東部では新しいコンビニが開店しても次々と撤退するという事が頻繁に起きているのです。各コンビニチェーン店は優れた地域リサーチ力を持ち、勝算のある土地にしか出店しないことはよく知られていますが、それは裏を返せば板橋という街がコンビニにとって商売のしにくい街だということになります。



コンビニが次々と撤退していく背景には、職人の街として知られる板橋が実は「商人」の街でもあることが関係しているようで、事実、板橋では卸売業と小売業に従事している区民が東京23区中もっとも多く、板橋にある事業所の約25%が卸売・小売業に関するものなのです。(3)

卸売や小売業者が密集している板橋では、コンビニや100円ショップよりも値段が安く圧倒的に質の高い商品が山のように売られています。その結果、板橋では100円ショップやコンビニはただの「値段が高くて質の低いものを売っている店」になり下がってしまうのですから、コンビニなどが次々と撤退するのも無理はありません。



さらに板橋が江戸時代には宿場町として内藤新宿や品川宿とならぶ江戸四宿として賑わっていた歴史ある街であることからも分かるように、板橋には100年以上も同じ土地で商売をしている家が数多く存在しています。

そのため、同じ商店街で商売をしている人は「3代前から知っている」とか「客がまだ赤ちゃんだった頃から知っている」という間柄であることが珍しくなく、こうした歴史や人間関係に後押しされて、米を買うなら「◯◯さん」、酒を買うなら「△△さん」といった関係が確立しており、そこに新しく入ってきたコンビニが入り込む隙間は無かったのです。



無縁社会と呼ばれるような現代において板橋の人たちが互いに繋がり続けられているのは、地元に留まって働くひとの割合が東京23区の中で5番目に多いことも関係しており、大企業、大工場、そして下請け企業がいくつもある板橋ではわざわざ他の街に働きに出る必要がないことにあります。

このように地元に働き口が豊富な板橋では電車を利用する必要がないため、板橋エリアの一駅あたりの平均乗車人員は23区の中でもっとも少なく、これが冒頭の板橋に大きなターミナル駅がない理由の一つになっているのです。

一方で若者が地元に残る板橋では、15歳〜24歳の若者の数が都内で2番目に高く、若者の感性と行動力が次の「業界初」を生み出すエネルギーの源泉になっていることは間違いありません。



意外と知られていないことですが、実は板橋は隠れたグルメの街でもあり、興味深いことにそういった店は路地裏など大通りに面していない場所に店舗を構えている傾向が強いのです。

と言うのも、少し前までは飲食店は人通りの多い目立つ場所に出店することが当たり前だったものの、SNSや食べログなどの口コミサイトが発達した現代ではお客さんが自ら足を運んでくれるようになったため、味に自信のある飲食店はわざわざ割高の家賃を払って大通りに店を出さなくても、十分に商売が成り立つようになってきているからなのでしょう。

また、路地裏など家賃の安い場所にあえて店舗を構えることによって、料理の値段は低く抑えたまま食材にこだわったり、調理方法に手間と時間をかけて料理の質を上げることができるため、店の評判はさらに良くなり、お客さんもさらに増えるという好循環を生み出すことにもなります。



板橋の路地裏に隠れた名店が多いのは、そうした事に気付くことのできる先進的な考え方を持ち、なおかつ、確かな料理の腕を持つ職人気質な人が多いという何よりの証拠でしょう。そういった意味で、この板橋の路地裏文化というのは板橋の先進性と職人カルチャーとがうまく交差した様子を端的に表しているように思えます。



▼ 商品を売買する場から、健康を提供する場へと変化する板橋の商店街



さらに板橋では区と板橋に拠点を置く企業とが手を組み合って、全国にまだ例を見ない新しい取り組みを始めています。板橋区は大手計測器メーカーであるタニタと連携して、55万人の板橋区民を対象とした「いたばし健康づくりプロジェクト」を発足し、板橋区民に毎日1万歩歩いてもらえることを目標とした事業を始めました。

このプロジェクトは栄養、食生活、運動、そして計測など総合的な健康事業においてもっとも先進的なタニタが参加者に活動量計を配布し、参加者はそれを持ちながらウォーキングなどの運動を行います。

すると、活動量計にその人の活動量が保存され、板橋の各所に点在している計測スポットでデータをアップロードすることで、それらのデータはタニタの専用サイトでデータ管理され、自分の体重や血圧などの情報をそこに追加することによって現在の体の状態が「見える化」し、大きな病気などを未然に防げるようになるのだそうです。

実際にタニタの板橋本社で社員全員を対象とした調査が行われ、このプログラムによって平均体重が3.6キロ減少、体脂肪率に関しても1.6%下がったと言い、さらにプログラム導入後2年間で医療費が9%も低くなりました。

また、板橋でもっともメジャーな商店街、ハッピーロード大山商店街の中にある計測スポットにはタニタ監修の健康的な食事が食べられる「大山SUKUSUKUカフェ&キッズ」が併設されており、板橋の商店街は単に商品を売買する場所から、健康づくりの場を提供するという新たな役割を担うことになったのです。

そもそも板橋の商店街の歴史を振り返ってみると、もともと板橋エリアは水田が広がる農村地帯だったため商店が極端に少なく、このあたりに住んでいた人々の暮らしには「よろず屋」と呼ばれる何でも屋が欠かせない存在でした。

よろず屋には日用品、食料品、酒、そしてタバコなど、生活するために必要なものが全て揃っていたため、よろず屋には常に多くの人が集まっていたのだそうで、よろず屋は時代のニーズに合わせて規模を拡大していき、それが後に現代の商店街となったのです。

板橋エリアの商店街の原点がもともと街の何でも屋だったように、商店街というものは時代が変化するに伴ってその役割も同じように変化しなければなりません。

現在の商店街というシステムは、モノが少なく貴重で、なおかつ人の移動が現在と比べてあまり活発ではなかった時代には機能していたのかもしれませんが、モノが大量に溢れかえり人の移動もダイナミックになった時代において、既存の商店街という存在はその役割を終えつつあるからです。(4)

そうした変化に対して無関心な商店街が少しずつ居場所を失い、その姿を消しつつあるという現象が全国で起きている中、ここ板橋でもっともメジャーな商店街であるハッピーロード大山商店街では商品の売買する場所から健康を提供する場へと少しずつシフトし始めました。

こうして見てみると、住んでいるだけで女子にモテないと言われている板橋が実は現在進行形の社会問題に対して常に一番早く対応している先進都市だったということがよく分かります。

現在、日本全体を様々な問題が覆う中、本当にスポットライトを当てるべきは板橋のような地味でマイナーで普段あまり話題に上らないような街だということなのでしょう。



参考資料

板橋区Walker「一年中使える!板橋区の「うまい」「楽しい」がいっぱい! (ウォーカームック (No.67)) 」(角川クロスメディア、2007)P58
地域批評シリーズ編集部、荒井禎雄「これでいいのか東京都板橋区 地域批評シリーズ」(マイクロマガジン社、2016)P127
地域批評シリーズ編集部、荒井禎雄「これでいいのか東京都板橋区 地域批評シリーズ」(マイクロマガジン社、2016)P22 
飯田 泰之、 木下斉、‎ 川崎 一泰、入山章栄、 林直樹、 熊谷俊人「地域再生の失敗学」(光文社、2016)Kindle


著者:高橋将人 2018/1/27 (執筆当時の情報に基づいています)
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