星空の下で映画を見る、学校の裏山に秘密基地を作る。お父さんがもう一度青春できる街、調布。
今東京の23区以外で、転入者の数が最も多い街。それが新宿から西へ、京王線特急で15分のところにある調布市です。
この調布市に多く入って来ているのは30〜40代のファミリー層で、彼らが調布市の人口に占める割合は高齢者を上回っているそうですが、特にこの街がファミリー向けに環境を整えられているわけではありません。公園や図書館だったら、お隣の府中市の方がよほど充実しているといいます。
実のところ、この“つまらない”ところが、遊び盛りの子どもを抱えた調布市の育児世代に、自分たちで何か面白いことをしようという気を起こさせるようで、2014年にスタートした「調布を面白がる会」を主催している唐品知浩さんも次のように話していました。
「以前住んでいた恵比寿のような人の多い街で何かを変えたいとは思わないが、調布は誰のために、何を目指しているのかがはっきりせず、場所的にも都会でもなく、田舎でもないという中途半端なところがある。ここなら何かできるという規模感があり、だから動いてみようと思える。」
「調布を面白がる会」が主催した、多摩川河川敷の橋脚などを利用して映画を上映し、寝袋やテントを持参して星空の下で映画を見るという「ねぶくろシネマ」は、開催2回目にして400人以上を集めたそうです。
他にも調布市では、小学校の裏山(通称「かに山」)で活動を始めた子育てサークルの親御さんが、木に渡したロープのブランコ、段ボールの秘密基地、そして竹で作ったおよそ20メートルの流しそうめんなどを準備して、手作りのイベントを開催したりもしています。
母親がちょっと思いつかないような冒険的な遊びを、父親と子どもがワイワイできる調布市のような街というのは今の時代、そう多くは存在しないのかもしれません。
精神科医から作家になった樺沢紫苑さんの著書「父親はどこへ消えたか 」には、不登校の子どもたちの父親に目立って多いのが “普通のお父さん” だとありました。(1)
本来、父親の役割というのは家庭という安心なくつろぎ空間から、子どもを社会という外の世界に引き出すこと。ところが、ごく普通のお父さんはきちんとお金を稼ぎ、家族に対して何一つマイナスのことをしていないとはいえ、“父親” としての役割を果たしておらず、その結果子どもが母性の影響を強く受けて育ち、家庭に閉じこもりがちになってしまうのだそうです。
外の世界は「自分には縁のないこと」として育った子どもたちが、狭い世界でしか動けないようになるのは無理もありません。
一方で、夜遊びをする、泥んこになって駆け回る、あるいは秘密基地を作るなど、調布市でお父さんに引き連れられて育った子どもたちは、外の世界に出て冒険することを特別に思わずに成長するでしょう。
「子どもとがっつり遊べる時期は、そう何年もない」とツイッターで呟いたことが大きな反響を呼んだ「朝日おとうさん新聞 oton+to JOURNAL」の編集長 布施 太朗さんは、父親が子どもと目一杯遊べるのは幼稚園年長から小学校中学年くらいまでの5、6年しかないのだと言いました。
3児の父である布施さんは、「お父さんというものは、子どもにばかり合わせていると飽きてしまう生き物である」と断言し、この時期に子どもと遊ぶ心構えを次のように語ります。(2)
「この時期は、いってみれば、父としての青春期。子どもに教えてあげる。子どもと競い合う。子どもと一緒にはじめてみる。子どもと何度も何度も練習する。とにかく子どもと笑い合う。」
“イクメン” を目指そうとすると、子どもの喜ぶことをするとか面倒をみるとか、どうも母親目線になってしまいますが、「調布を面白がる会」を発足したお父さんたちのように、父親は自分のやりたいことにどんどん子どもを巻き込んでしまう方が性に合っているのです。
子ども手当とか、医療費が無料だとかいった行政による子育てサポートもありがたいですが、調布市のように行政の取り組みがゆるく、お父さんが子どもと思いきり青春を謳歌できる街というのが、お母さんが楽をできてお父さんと子どもは楽しい、本当の意味でのファミリー向けの街なのかもしれません。
参考資料
樺沢紫苑「父親はどこへ消えたか -映画で語る現代心理分析- 」(学芸みらい社 2012年) p235
布施 太朗「父親が子どもとがっつり遊べる時期はそう何年もない。」(三輪舎 2016年)p7
著者:関希実子 2018/2/23 (執筆当時の情報に基づいています)
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