よこすか海軍カレーはB級グルメではない。「ご飯の炊き方から、包丁の持ち方、野菜や肉の切り方まで、栄養理論を駆使したカレー」

“ペリー来航の地”として知られる横須賀でここ数年、「海軍カレー」という日本帝国海軍の伝統食を目当てに訪れる観光客が増えています。

海軍で出される料理というと豪快なもののようなイメージがありますが、実のところは「カレー」という一つのメニューでも、それぞれの艦艇の料理人が食材や気候、そして食べる人の体調まで考慮してつくっている、極めて合理的な料理というのが正しいようです。





海軍カレーと呼ばれるまでに定番メニューとなっているカレーも、その昔、原因不明だった脚気の予防策として栄養を強化するために取り入れられたことが始まりでした。

この対策によって多くの海軍兵が助かるのですが、こうした食べ物の力を思い知るような事例を積み重ねた歴史があるために、今の海軍においても栄養に対する意識が非常に高いのかもしれません。

カレーを出している横須賀のレストランでも「よこすか海軍カレー」の店として認定されるには、「サラダと牛乳をセットにして提供する」という原則をパスしないといけないのだそうで、これも栄養バランスを外さない海軍料理にならっているためなのだそうです。



「よこすか海軍カレー」の第一条件には、参考にしなければいけないとされている古い調理の教科書があります。

その教科書の内容を習わされ、戦時中に“飯炊き兵”としてミッドウェー海戦でも料理を作っていたという高橋孟さんは、そこに書かれていることは料理の本質をついていて無駄がないのだと、次のように述べました。(1)

「飯の炊き方から、味噌汁の作り方、包丁の持ち方から、野菜、鳥、獣、魚肉の切り方まで教えていて、おまけに、なぜ、材料を切ったり、煮たり、焼いたり茹でたりするのか、まで、親切に説明しているところが違うのだ。つまり、食品を切ったり煮たりするのは、人体内の消化吸収を助ける体外消化作業であると解説しているのである。」



つまりこの教科書では、調理からすでに食べ物の消化が始まっていると捉えられており、「体が栄養素をよりよく吸収できるように」という目的に向かって、材料も下ごしらえも味付けも考えられているわけです。

ゆえに伝統的な横須賀の海軍カレーも、スープストック作りから具の炒め方まで、一つ一つの材料に落とし込んだ細かな手順でつくられています。



一方で家庭では、下ごしらえの済んでいるレトルトや冷凍食品を活用することが一般的で、調理の工程を省くレシピの方が重宝されるようになりました。

「料理は科学だ」という料理家の小林カツ代さんは、今から15年ほど前に出された本の中で、なんでも一から手作りするのが当たり前だった時代を振り返り、次のように述べています。(2)

「自分の手で作っていたから、ハンバーグばかり続けば、作るのもイヤになるし、『うちの子はヘンではないか。こんなものばかり作らせて…』と気づくことができたのですが、今はいとも簡単にでき上がり品を買うことができるからそのあたりの意識がなくなり、子どもの偏食に気がつかなくなってしまったのですね。」

連日同じものを食べ続けても不思議に思わなくなり、栄養が偏っていることにも気づかなくなってしまった私たちは、糖尿病や骨粗鬆症などの病気になってようやく体と食べ物の関係を理解するのでしょう。

「よこすか海軍カレー」の原則には「B級グルメではありません」という項目もありますし、海軍で料理を学んだ高橋孟さんも、魚のダシが水に溶けやすいことを知っているだけで自然と料理が上手くなると言います。(3)

幕末に「横須賀造船所」が建てられて以降、軍港として海軍料理も発展してきた横須賀の街。海軍カレーを味わいながら、普段手間を省いている料理と何が違うのかを考えてみることからでも、食べ物に助けられた昔の人たちが後世に伝えたかった、人と食べ物とのよりよい付き合い方が見えてくるかもしれません。


参考資料

高橋孟「海の男の艦隊料理」(新潮社 1986年)p353
小林カツ代「愛は食卓からはじまる」(海竜社 1992年)p81−2
高橋孟「海の男の艦隊料理」(新潮社 1986年)p354
高橋 孟「海軍めしたき物語」(新潮社 1982年)
藤田 昌雄「写真で見る海軍糧食史」(潮書房光人社; 新装改訂版 2014年)


著者:関希実子 2018/2/27 (執筆当時の情報に基づいています)
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