文士たちが集った石神井「石神井公園の豊かな自然は多くの作品に命を吹き込んできた」
池袋から急行で10分ほどで行ける石神井公園は23区内にあるとは思えないほど緑深く、江戸時代から森と水の美しい景勝地として知られています。そして大正時代に鉄道が引かれると多くの文化人が集まるようになりました。
俳人たちが和歌や俳句の題材を求めてやって来たり、戦後には多くの作家がこの場所に集まり住んだことから「石神井文士」という言葉も誕生しています。
今では失われてしまいましたが、かつては「石神井談話会」と名付けられた文化活動団体も存在し、作家や芸術家、評論家などによって地域住民のための様々な催しものも行われていました。
女優の壇ふみの父親で作家・小説家として活躍した檀一雄も石神井に滞在していたうちの1人で、終戦後に構えた壇の住まいは太宰治や井伏鱒二、中原中也を始めとする多くの文化人が集まっていたそうです。
「堕落論」や「白痴」といった作品で知られる坂口安吾も、檀の家に一室を借りていた時期があったそうで、創業78年の洋食屋「辰巳軒」を訪れると、坂口安吾が一度に100人前を注文したというカレーを今でも食べることができます。
数日間自然の中で過ごすと創造性が50%向上するということがカンザス大学で心理学を専門とするルース・アチリー教授の研究チームによって明らかになっているように、自然から多くのインスピレーションを受けることを考えれば、石神井の自然が多くの作品に影響を与えてきたことは間違いないでしょう。(1)
檀一雄や太宰治、坂口安吾などはそれまでの既製文学に批判的な作家として「無頼派」と呼ばれてきましたが、石神井の自然は彼らの破天荒ではちゃめちゃな生き方を受け止めてくれる存在だったのかもしれません。
自然とは安らぎを覚えるもの、創作意欲を刺激するものだけではなく、時に畏敬や畏怖の念を抱かせるものでもあります。
直木賞作家の村山由佳さんはデビュー作で石神井公園を舞台にした小説「天使の卵」を書いていますが、村山さんは石神井の自然が自分の核となる部分を作ってくれたとして次のように語りました。
「都会の中だけで暮らしていると、家の中に闇のひとつもない。特に、日本は蛍光灯が多いから。この世はこの世のものだけで出来ているわけではないかもしれない…とか。そういう感覚はやっぱり自然の中からしか学べない気がします。」
「そんなに大自然やサバイバルな場所ではないのですが、やっぱり、おそれの感覚を失うと人間て傲慢になってしまうから。森や池は、自分のコントロール出来ないものがこの世にはあることを小さい時から植え付けてくれた恩人みたいなものですね。」
石神井の自然は、これまでの歴史の中で多くの文士を受け入れ、彼らの作品に命を吹き込み、数々の作品の誕生を見守ってきました。
Mr.Childrenの桜井和寿さんは石神井公園をジョギングしている最中に、ダブルミリオンを記録した曲『Tomorrow never knows』の歌詞を思いついたといい、この曲の背景には「厳しい社会の中で磨耗していく自分」がテーマとして歌われています。豊かな自然に溢れる石神井は普段都会の中で型にはめられている私たちがあるがままに過ごせる場所なのかもしれません。
参考文献
フローレンス・ウィリアムズ「NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる ー最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方」 (NHK出版、2017年) Kindle
著者:天野盛介 2018/6/18 (執筆当時の情報に基づいています)
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