お客さんが長居すればするほど儲かる名古屋の喫茶店
名古屋発祥のモーニングサービスが全国的に浸透するにつれて、愛知県名古屋市が喫茶店王国であることは今や全国的に有名になりました。
そんな名古屋では、市内にある飲食店の41%が喫茶店として営業しており喫茶店の数は4000軒にも上ると言いますから、そう聞くと名古屋の人々が大のコーヒー好きなのだと想像してしまいがちです。
ところが、実は名古屋における一世帯あたりのコーヒー消費量は、全国の主要都市の中で42位とほとんど最下位であり、要するに名古屋の人々はコーヒーが好きなのではなく、あくまでも喫茶店が好きだということが分かります。
そもそも名古屋に喫茶店が増えた背景には、モノづくりの街、名古屋に工場が多かったことが関係していました。
製造業が多かった名古屋エリアでは、会社で打ち合わせなどをする際に、社内では機械の音がうるさいからとの理由で近所の喫茶店が積極的に利用されるようになったと言われています。
▼ 雑誌や新聞、フカフカのイス、そしてオマケを用意して、いかに長居してもらうかを徹底的に考える喫茶店
名古屋生まれの経済ジャーナリストである高井尚之氏は、名古屋で喫茶店が浸透したのは、名古屋のビジネスマンが関係していると分析しています。
高井氏によれば、徹底した合理主義で知られる名古屋のビジネスマンが、会社でお茶を準備して後片付けをするところまで考えれば、水とおしぼりが出てきて、冷暖房が完備されている喫茶店を利用する方が効率的かつ便利だと考えたことが喫茶店が増えた理由なのだそうです。(1)
さらに名古屋は大都市圏の中では土地代が比較的安く、その恩恵を受けた多くの脱サラ店主が喫茶店を開業させたのですが、そうしてたくさんできた喫茶店を支えたのが頻繁に利用する名古屋企業やビジネスマンだったと言われています。
そんな名古屋の喫茶店は、回転率を重視する全国のカフェチェーンとは対照的に、いかにお客さんに長居してもらえるかを工夫することで知られています。
例えば、名古屋で昔からやっている喫茶店は、コーヒーの濃厚な苦味を大切にしているのだそうです。
濃いコーヒーと言えば、ベトナムコーヒーが有名で、ベトナムには濃厚なコーヒーを仲間と談笑しながら時間をかけてチビチビと飲む文化が根づいていますが、それと同じように名古屋の喫茶店も濃いコーヒーを提供することによって、お客さんの長居を促進しているのでしょう。
さらに、「足し算」の文化で知られる名古屋の喫茶店はコーヒーにお菓子などのオマケを付けるだけでなく、何時間座っていてもお尻が痛くならないイスや、読み放題の雑誌などを店内に揃えることで、お客さんが長居できる環境を整えると言われています。(2)
名古屋の喫茶店がここまでお客さんに長居をさせる理由は、名古屋の喫茶店がコーヒーを飲む場ではなく、「貸し席屋」としての場を提供しているからに違いありません。
前述したように、もともと名古屋の喫茶店は、地元にある工場の打ち合わせの場として発展してきました。
そして次第に、名古屋の喫茶店は名古屋市民にとって単なる「お茶をする場」から、何かを食べながらお喋りや読書をする自宅のリビングの延長の場へと変化してきたのです。
実際、名古屋の街を歩いていると、大通りはもちろんのこと、駅から離れた郊外の生活道路沿いに出店しているケースが少なくなく、その地域に住む人にとって喫茶店とは自宅のリビングのような存在だと言えるのでしょう。
もちろん飲食店にとって、このような居心地の良い環境を提供することは理想の形ではあるものの、現実的にはお客さんに長居をされると売り上げを確保することができないため、従来、お客さんの居心地と店の売り上げを両立することは難しいことだと考えられてきました。
ところが、名古屋の喫茶店が興味深いのは、お客さんが長居をすればするほど、店の売り上げが上がるというところにあります。
▼ 名古屋人が喫茶店を選ぶ基準はお得かどうか「でも、気に入れば何度も何度も足を運んでくれる」
名古屋には前述したとおり、「お得」を重視する合理的な考え方が大企業から庶民にまで広く共有されているようです。
それを表す名古屋の言葉に「間に合う」というものがあります。一般的に「間に合う」とは時間に間に合うという文脈で使われますが、名古屋では「役に立つ」という意味合いで使われるのだそうで、合理主義の名古屋の人々が何かを判断するとき基準となるのは、間に合うかどうかだと言われています。(3)
そのため、名古屋の喫茶店はお客さんから「間に合う店」だと認めてもらうために徹底してお客さんに尽くすわけです。
しかし、一度「間に合う店」だと認められれば、人との繋がりを重視する名古屋のお客さんはその後、継続的に店を訪れる常連さんになる傾向があると言われています。
そうした背景があるからこそ、名古屋の喫茶店はいつ訪ねても大勢のお客さんで賑わっているのかもしれません。
実際、早朝の時間帯はモーニング目当てでやって来るビジネスマン、そこから昼にかけては近所に住む高齢者、昼時は子供連れの主婦、午後には商談や打ち合わせのビジネスマンが再びやってきて、夕方には学生といった具合に全時間帯にお客さんがやって来ると言います。(4)
つまり、お客さんが長居しても名古屋の喫茶店が儲かるのは、自宅や仕事場の延長としての場を確立しているがゆえに、全ての時間帯にお客さんがまんべんなく訪れることにあるのでしょう。
要するに、ランチタイムなどの限定された時間帯での回転率が悪くても、1日を通して見た時の回転率が圧倒的に高いがゆえに、お客さんが長居しても儲かるという訳なのです。
このように名古屋の喫茶店はお客さんが長居をすることが前提となっているのですが、その中で新しいビジネスの形がいくつか生まれたのだそうで、その一つがマンガ喫茶だと言えます。
マンガ喫茶は、マンガの購入経費がかさむ上に、お客さんがコーヒー1杯で何時間も粘るため、東京では商売として成り立たないと言われていました。
ところが、現在では当たり前になった「延長料金制」は名古屋が発祥で、入店から1時間半が過ぎると以後10分毎に30円がかかるという仕組みが生み出されたのです。
この延長料金制は当時では画期的なアイデアだったと言い、こうしたアイデアはお客さんが長居することが前提だった名古屋だからこそ生まれたアイデアだと言えるのではないでしょうか。
こうして見ると、モーニングからマンガ喫茶まで、名古屋には喫茶店にまつわる話がいくつもありますが、興味深いことに名古屋には喫茶店はあっても「カフェ」はほとんどありません。
カフェと喫茶店はよく混同されがちですが、『名古屋の喫茶店』の著者でフリーライターの大竹敏之氏によれば、カフェはオーナーの主張が非常に強く、「こんな空間をつくりたい」という思いが店内に強く反映される傾向があるのだそうです。(5)
一方で、喫茶店はあくまでも受け身であり、店のあり方は店を訪れるお客さんが決めるというスタンスをとっているのです。
そのため名古屋の喫茶店は内装も和洋折衷で、客層も老若男女が混在しているため、まるで自宅のような雑多な雰囲気に包まれていますが、ある意味、そうした環境こそが本当に居心地が良いと言えるのかもしれません。
オシャレな内装が売りのカフェは時間が経つとあっという間に飽きられてしまいますが、居心地の良い自宅の延長線上にある喫茶店には「飽きる」という概念は存在しないのでしょう。
そう考えれば、名古屋の喫茶店がいつも大賑わいなのがよく分かります。
【参考書籍】
(1)高井 尚之『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社; 1版、2016)
(2)大竹敏之『続・名古屋の喫茶店』(星雲社、2014)Kindle
(3)清水義範『日本の異界 名古屋』(ベストセラーズ、2017)Kindle
(4)高井 尚之『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社; 1版、2016)
(5)大竹敏之『名古屋の喫茶店』(リベラル社、2013)Kindle
著者:高橋将人 2018/6/25 (執筆当時の情報に基づいています)
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