横浜元町商店街にある建物の軒先が「1.8m」くぼんでいる理由

チェーン店や有名店の目立つ建物がほとんどなく、魅力ある強い個人商店が集まる商店街として全国的に高い知名度を誇る、横浜元町商店街。

全長1000mの元町商店街を実際に歩くと、商店街の建物の軒先が等しくボコっとくぼんでいることに疑問を感じた人もいるかもしれません。

実はこの特徴的な「くぼみ」は、元町商店街の人たちの「まちづくり精神」を表すものだったのです。



地元住民主導のまちづくりが注目される昨今において、元町は地元住民主導のまちづくりの先駆けとも呼べる存在で、なんと1955年に日本初となる「まちづくりのルール」を自分たちで策定した街なのです。

魅力があり人が集まるまちづくりは、個人商店が多く集まる元町の商店主にとって死活問題であり、早い段階から主体的にまちづくりが行われてきました。

しかし、建物の軒先を1.8mくぼませることと、まちづくりとの間にはどのような関係があるのでしょうか。

各商店は自らの土地を提供し、自主的に建物の1階部分を道路の境界から1.8m後退させることによって、軒下に空間を生み出しました。そうすることによって歩行者の歩くスペースを広く確保したり、雨の日でも楽しく街を歩けるような空間づくりを試みたのです。



ただ、軒先1.8mを後退させるということは、店舗の売り場面積を自ら小さくしてしまうことになるため、目先の経済的利益は失ってしまいます。しかし、元町商店街の人々にとって重要だったのは「建物の1階部分」の活性化でした。

建物の1階部分の活性化は近年高い注目を集めています。例えば、アメリカなどでは超高層ビルの1階部分に関しては、家賃をものすごく抑えて花屋やカフェなど庶民的なお店に入居してもらい、無機質になりがちな高層ビルの周辺に賑わいを作り出すことに成功しているのです。

一般的に、人々の街に対するイメージを形成しているのは、建物の1階部分だと言えます。実際、私たちがまちを歩くとき、私たちの視界に入ってくるのは建物の5階や6階ではなく、目の高さの景色(建物の1階部分)ではないでしょうか。

そのため、私たちが「いい街」と感じる基準は大抵の場合、1階部分の景色が充実しているかいなかにかかっていると言えます。そして、その魅力を構成しているのは人が集まっているまちの様子です。

客が一人もいないラーメン屋よりも、行列ができているラーメン屋の方が美味しそうだと感じるように、ある空間に誰かがいることは、「そこに何か価値がある」ことを示す最良のバロメーターになりうるのです。



その意味では、「いい街」をつくるためには、一階部分に人が集まるような仕掛けをしなければならないわけですが、元町商店街には店舗の1階部分の扱いについて厳密なルールが存在します。

【元町商店街のルール(一例)】

◆夜の賑わいを醸成するため、可能な限り午後8時まで営業してください。

◆ウィンドウショッピングを楽しんでいただくため、ウィンドウ内の照明は午前0時まで点灯してください。

◆閉店後もウィンドウショッピングが楽しめるよう、シャッター等の形状を工夫し、ウィンドウ・ショーケースの見通しを確保してください

◆夜間も安全で楽しく歩けるように、軒下に照明を設置し、日没から日の出まで点灯してください。照明の色は暖色系を推奨し、その照度は80〜100ルクスとします。

(出典:元町通り街づくり協定/協同組合元町エスエス会)



その街で楽しそうに時間を過ごしている人がどれだけ溢れているかという都市の魅力を数量的に研究したものとして、LIFULL HOME’S総研による「センシュアス・シティ・ランキング」という調査が挙げられます。

同ランキングは全国の都道府県庁所在都市、政令指定都市、そして東京都区部の134市区部に居住する20歳〜64歳の男女18000人を対象に行われた調査で、「共同体」「匿名」「ロマンス」「機会」「食文化」「街を感じる」「自然を感じる」「歩行」の8つの指標をもとに集計されたものです。

この調査によれば、元町商店街がある横浜市中区は「買い物途中で店の人や他の客と会話を楽しんだ」という指標において134市区部中22位と高い評価を付けており、全国有数の質の高い買い物体験を提供しているまちだと言えます。



これまでまちづくりは大企業やデベロッパーが中心となって行われ、個人や商店が都市にコミットできるレベルは限られているという認識があったかもしれません。

しかし、全国にある商店街の99%が繁盛していないこの時代に、多くの人々を引き寄せる元町商店街の取り組みは、個人商店主らによって街の魅力を底上げすることができることを証明しています。

これまでは街というものは行政によって整備され、与えられてきたものでした。しかし、元町商店街を見ていると、これからは地域住民が自ら作り出し、獲得する時代になってきたのかもしれないと感じずにはいられません。


2020/5/15 (執筆当時の情報に基づいています)
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