古都から最先端都市へ。鎌倉を変えた”パブリテック”とは。
神社などの歴史建造物が多く並び文化都市として有名な一方、由比ヶ浜や稲村ヶ崎など、多くの海岸を擁する鎌倉市。
観光地や別荘地として県外から多くの注目を浴びている土地ですが、近年ではさまざまなIT企業が進出し、米国「シリコンバレー」を文字って、「鎌倉バレー」「カマコンバレー」と呼ばれるなど、最先端都市としての様相を呈しています。
競争の激しい東京から少し距離を置き、豊かな環境の中で「働く」だけではなく「住む」。職住接近に適した環境であり、資本主義の流れから少し逸れたところで、新しいものを創造していきたいと考える企業は少なくないようです。
鎌倉を代表する海・由比ヶ浜
一大観光地である小町通り
しかしこの流れは、企業だけではありません。住民レベルでも、子供や高齢者向けのプログラミング教室を開く人がいたり、観光客向けサイトを立ち上げる人がいたりと、徐々にITに親しみの深い土地になりつつあるんです。
このように市全体にIT化が進んでいるのには、当然鎌倉で活躍する最先端企業が起こしたムーブメントが大きく貢献していることは言うまでもありませんが、そもそもの背景には、行政の積極的な二つの取り組みが関係しているようです。
鎌倉市役所の庁舎。この先移転を予定しており、新庁舎には、シェアオフィスや保育施設が入るとされている
一つ目の取り組みは、まちの指針の方向転換です。一般的な印象として、鎌倉といえば「観光で訪れる場所」であり、そのため市の収入も、観光客からの消費に依存しているイメージがあります。
ですが実際にはそのほとんどが日帰りの客であり、また1人あたりの消費金額は6千円〜7千円と高くなく、実際には、市の収入のほとんどが市民税と固定資産税で成り立っている状況にあるようです。
そうした中で行政が生み出したのが、「観光するまち」から「働くまち」へという流れでした。
インターネットが急速に広がっていく時代の流れ、また自然や伝統建造物が多いゆえの環境への負担などを考え、情報通信・IT 関連企業やベンチャーなどのスタートアップ支援を呼びかけ、誘致に乗り出したんです。
2017年に、リニューアルされた鎌倉駅東口前。モダンなカフェなどが軒を連ねている
このようにして、徐々に集まってきたIT関連企業。しかし、それだけではありません。企業の誘致に乗り出す自治体は多いですが、鎌倉市では、これらの企業や近郊の関連企業との「共創」を打ち出しました。
民間は民間、行政は行政、と考えるのではなく、互いの知恵を出し合って、新しい技術を作っていく。その中心的キーワードは「パブリテック」。
パブリック(公共)とテクノロジー(技術)を組みわせた造語で、IoTやブロックチェーンといった近年のさまざまなICT技術を駆使したシステムを、社会の課題解決と結びつけたのものです。これが取り組みの二つ目です。
たとえば、株式会社ボイスタートとの連携では、シニア世代の孤独の解消や認知症予防等のため、AIスピーカーの活用について実験実証が行われたり、LINE株式会社との提携では、LINE上での操作で、ゴミの分別が簡単に分かったりするなどの仕組みが作られたり、また将来的には、LINE上で転出入の手続きをできるようにしたりといったことも検討されています。
メニューの「ゴミの出し方」を選ぶと、「どのゴミを確認しますか?」とのメッセージが来る。出したいゴミの種類を入力すると、該当リンクが送られてくる
他にも、株式会社グラファーとの連携では、「くらしの手続きガイド」が一新されました。多くの自治体では、転入や婚姻、出産などのライフイベントが起きた際、どのように手続きを取るのかについて、自治体HP上、あるいは冊子などを見て自ら調べにいく必要がありますが、この連携によって、一括された専用サイト上で質問に答えていくだけで、どのようなアクションを取ればいいのかが分かる設計になったんです。
「暮らしの手続きガイド」サイト画面。転入・転出・出産…などのライフイベントを選択するとアンケート画面に進み、回答を続けていくと、手続きの内容が表示される仕組み
日本では珍しく、行政組織の中に「パブリテック担当」を置くなどして、多くの自治体をリードしてきた同市ですが、海外などに目を向けますと、これらの取り組みが当たり前に行われていたりするものです。
エストニアでは、行政手続のほとんどがオンライン上で完了することから「電子国家」と呼ばれたり、デンマークでは、医療・福祉分野にICT技術を導入し、遠隔医療や遠隔リハビリなどを実現することで、国際的にデジタルヘルスの成功例として位置付けられたりしています。
技術を持った企業と行政が手を組み、社会課題をICT技術で解決していくという事例は、実際には少なくないんです。
鶴岡八幡宮を前に控える赤門
このようにして、民間企業だけが最先端化していくのではなく、共創することで、幅広い層の市民にもITという概念を広めていった鎌倉市。
とはいえ、一方で鎌倉にはやはり「歴史と伝統」という古都としての側面も大きくあります。最先端のIT技術を推し進めることと、この歴史と伝統という概念は、相反するようにも見えるかもしれません。
しかしこれらは、じつは反発し合っているのではなく、どうやら調和し合っているように伺えます。
たとえば、およそ800年の歴史を誇る建長寺を舞台に、修行とプログラミングを兼ねあわせた「禅ハッカソン」が開かれたり、また3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機材を揃えたものづくり拠点である「ファブラボ」は、築130年の蔵の中に構えられているんです。
古いものを潰すのではなく、あえて利用することで、付加価値に繋げる。地域の資源に先端のテクノロジーを組み合わせて、両方の価値を打ち出そうとしているようです。
鎌倉駅から5分ほど歩くと現れる荘厳な造りの「結の蔵」。ものづくり拠点「ファブラボ」や、プログラミング教室「ビットラボ」が入っている
仕事だけでなく、観光もできる。自然豊かな場所にいられながらも、最先端技術に触れられる。鎌倉の豊かな歴史・文化・自然などの質の高い環境のなかでこそ、質の高いアイディアや魅力的なサービスが生まれるのかもしれません。
2020/6/19 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。