日本最先端の戸越銀座商店街「商店街トレンドはいつもこの街から生まれる」

消費の場が商店街から大型スーパーやネットへとシフトする中、次の時代を見据えて、買い場からサービス場へと立場を変え「小さなレジャーランド」を目指す商店街が全国で目立ってきました。

その中でもとりわけ圧倒的な認知度を誇るのが、東京・品川区にある戸越(とごし)銀座商店街。

東京一の長さを誇る全長1.3kmの戸越銀座商店街には約400もの店舗が立ち並び、平日でも1万人以上が足を運ぶ賑わいを見せており、今や情報番組やロケ番組の定番となっていることは言うまでもありません。



とは言っても、戸越銀座商店街は最初から賑わっていたわけではありませんでした。

実は戸越銀座商店街は、現在日本中の商店街で取り組まれている「商店街ブランド」の醸成に真っ先に取り組んだ先駆者であり、さらに全国に無数にある○○銀座を日本で一番最初に名乗った商店街でもある、いわば日本最先端の商店街とも言えるのです。

常に時代を先取りした商店街ブランディングを行う戸越銀座商店街は、全国の商店街に影響を与える商店街業界のインフルエンサーとも言える存在で、そんな戸越銀座商店街を見ているとこれからの商店街トレンドが見えてきます。



そんな戸越銀座商店街を語る上で、外せないのが街の成り立ち。

江戸時代の戸越銀座周辺は谷筋に川が流れる水田を中心とした小さな農村で、江戸から相模国(現在の神奈川県)に移動する際に「江戸越えの村」と呼ばれたことに由来して、「戸越(とごし)」と名付けられました。

そんな江戸越えの小さな農村に商店街が生まれるキッカケになったのは1923年に発生した関東大震災。震災被害を受けた東京や横浜の人々がこの地に移住し、商店街を形成したのです。

実はこの時、震災で中央区銀座の建物の多くが倒壊し、大量のレンガが破棄されることになりました。もともと水田が広がっていた戸越エリアは水はけが非常に悪く、戸越の人々は銀座で破棄されたレンガを譲り受けて道路の舗装に使用したのです。

いつかレンガを譲り受けた銀座六丁目のように商売繁盛する商店街になって欲しいと言う願いをこめ、その名にあやかって「銀座六丁目商店街」を名乗るようになり、次第に現在の「戸越銀座商店街」と言う名称が定着するようになります。それが本家銀座以外で初めて採用された、日本初の「○○銀座」の誕生でした。



その後、高度経済成長期が訪れると大崎駅から戸越周辺にかけて数多くの工場が集まる工場の街が形成され、戸越銀座商店街はそうした工場で働く人々が集まる商店街として賑わいを見せるようになります。

最盛期には先が見えないほどの賑わいを見せたと言われる戸越銀座ですが、バブル崩壊と同時に客足はバッタリと途絶え通行量が激減しました。

百貨店や大手スーパーなどでの買い物がすでに定着していた当時、戸越銀座商店街は特に目立つ存在ではなく、わざわざ遠方から訪れるような商店街でもなかったことから、生き残りをかけ未来を見据えた選択を迫られました。

そこで彼らがとった選択は、今では全国各地で当たり前に実施されている「商店街ブランド」の醸成、つまり「地域そのものをブランディングする」という取り組みです。



戸越銀座通りという通りの中には商店街が3つもあり、それぞれの商店街の間に協力関係はありませんでしたが、3つの商店街を統合し1つの「戸越銀座商店街」に再編成したのです。

商店街統合の背景にあったのは、ブランド力のない個人店がいくら発信に力を入れたところで、商品の魅力が顧客に伝わりにくいという点。

そこで彼らは個人として戦うのではなく、一商店街として戦う方向性を見出し、商店主たちが力を合わせて「戸越銀座」の知名度を上げることを最優先にブランディングを開始しました。

彼らが行ったのは統一のロゴを作り、商店街では珍しいお土産商品を作るなど戸越銀座を前面に押し出した特異な取り組みで、物品を販売していないお店に関しても「戸越銀座の電気屋」や「戸越銀座の洗たく屋」といった具合に戸越銀座という名称を露出させる看板を構え、商店街ブランディングに協力したのです。



それに加えて、戸越銀座に来なければ食べられない商品として「戸越銀座コロッケブランド」に20年前から着手し始めました。

これは商店街で食べ歩きができるコロッケを通じて、それぞれの商店主がお店の魅力を発信するもので、今では肉屋さんはもちろんのこと、おでん屋さんが販売する「おでんコロッケ」という変わりダネまで存在します。



こうした特異な取り組みを行っていると集まってくるのがテレビ局。

戸越銀座商店街はテレビ局が集中する港区から車ですぐにアクセスできる上に、平日でも1万人以上の人々が集まる「いつでも人がいる」場所であることから、テレビ局側にとって定番のロケ地として選ばれるようになります。

テレビのロケ地として使われる→話題になり人が集まる→ロケ地としての価値が高まる→さらに人が集まる、というサイクルが生まれ、メディア効果と商店街力の相乗効果で戸越銀座商店街は商店街として圧倒的な地位を確立していきました。



駅前や大規模商業施設など、人が多く集まる場所は常に「プロモーション媒体」としての価値を持つものですが、それは商店街も例外ではありません。

実は戸越銀座商店街は数年前から「商店街のキャッシュレス化」を推進しており、その中でクレジットカード大手のアメリカン・エキスプレス・インターナショナル(AMEX)と、ジェーシービー(JCB)とタッグを組んで、キャッシュレス化を加速させています。

2019年には、AMEXとJCBが連携して行う「SHOP LOCAL(ショップローカル)」と呼ばれる、全国各地の中小店舗や商店街を応援し魅力を発掘・発信するプロジェクトの記者発表会の会場に戸越銀座商店街が選ばれ、プロモーション媒体として今後注目されていくのかもしれません。

常に時代を先取りした取り組みを行い、全国の商店街に影響を与え続ける戸越銀座商店街。この商店街で何か目新しい動きを目にしたら、きっとそれは数年後、全国の商店街で当たり前に取り組まれるものになっているのでしょう。


2020/10/9 (執筆当時の情報に基づいています)
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