埼玉県入間市の住宅街に突然現れるアメリカ、ジョンソンタウン「でもこの街ほど日本らしい街はない」

池袋から西武池袋線で40分くらいのところにある埼玉県入間(いるま)市に、アメリカの街並みが広がるジョンソンタウンと呼ばれる住宅街があります。

このジョンソンタウンは戦後の日本が占領下にあった時代、入間市に米軍ジョンソン基地(現在の自衛隊入間基地)が設置された際にアメリカ軍兵士のために作られた米軍ハウスが集落で残っていたエリアで、現在は当時の米軍ハウスを基に街が整備されています。



そんな入間のジョンソンタウンは2016年にインスタ映えランキングで6位に選ばれたことで近年は観光を目的に訪れる人で賑わっているのだそうで、今回はジョンソンタウンを運営管理している株式会社磯野商会の磯野章雄さんにお話を伺いました。

磯野さんによれば、米軍ハウスが注目されるようになったキッカケは、小説家の村上龍さんを始めとする芸術家たちが若かりし頃に米軍ハウスに住みながら、自由を求めて独自のライフスタイルを模索していたいたことにあると言います。

▼ 入間のジョンソンタウンには柵も塀もない「塀はむしろ街の安全性を損ねる」



芸術家の卵たちが住んでいた米軍ハウス文化は第二世代を迎え、現在もカメラマンやライターなどの若いクリエイターたちが自分たちで一から新たしい文化や生活を作り上げようと、入間のジョンソンタウンに集まってくるのだそうです。

磯野さんによれば、ジョンソンタウンにクリエイターが集まりやすいのは、住民が自由にDIYができるような設計にしていることが理由の一つだと言います。

ジョンソンタウンにある住宅は内装にOSBと呼ばれる部材が使われているため、壁に釘を打ったり、事前に相談すれば壁に好きな色を塗ることも可能で、さらに事前相談の上、貸主の承諾が得られれば原状復帰の必要もないため、各自が自由に家の中を改装することができるとして、磯野さんは次のように語っていました。

「ジョンソンタウンには多くのクリエイターが住んでいて、彼らは僕たち管理会社なんかよりもずっとセンスが良いんです。だから、僕たちが内装を施すよりも、彼らに任せたほうが家の価値が高まるんですよ。」

「それに自分で内装をDIYした家なら愛着が生まれますから、長期にわたって入居して頂けるので、そういった意味でも管理会社としては有難いですね。」



また、入間のジョンソンタウンには本場アメリカの住宅街のように家と家の間に柵が設置されていないため、住民同士が早く打ち解ける傾向にあると言います。

何かと街の治安が話題に上がる現代において住宅街のセキュリティは強化される傾向にありますが、それとは対照的に入間のジョンソンタウンは柵を設置せず開放的な街にすることで治安を維持しているのだそうです。

と言うのも、高い塀は外からの侵入が難しいものの、一度入ってしまえば外からは見えづらくなるため、安全性を考慮するのであれば塀はむしろ危険な選択肢だと磯野さんは指摘します。



一方で、柵がなく住民同士が互いの顔を認識している入間のジョンソンタウンでは住民の目が街全体に行き届くので、仮に子どもたちに不審者が近づいても周りの大人たちが助けることができるという訳なのです。

このようにジョンソンタウンは住民同士の距離感が近く、住民が互いに助け合って生活していることから磯野さんはジョンソンタウンのことを「見た目はアメリカだが、中身は昔ながらの日本」だと表現していました。

▼ 街の価値はアクセスや部屋の広さではなく、庭で決まる「自分の庭はみんなの庭、みんなの庭は自分の庭」



ただ、柵がなく庭が外から丸見えなのがアメリカの住宅街の特徴で、それゆえ、入間のジョンソンタウンでは庭の手入れを呼びかけています。

入間のジョンソンタウンを歩いていると、店舗はもちろんのこと、どこの一般の住宅も庭を綺麗に整備していることがよく分かるのですが、磯野さんによれば庭を綺麗にすることは街全体の価値を上げることに繋がるのだそうです。

一般的に日本では、駅からのアクセスや部屋の広さで家の価値というものは決まってしまう一方、アメリカではどれだけ家が古くても、しっかりとメンテナンスを施して庭の整備をすることでその家の価値が上がると言います。



そのためアメリカにはHOAと呼ばれる住宅組合が街や家の資産価値を守るために庭を綺麗にするルールを設けていて、それに違反すると罰金を取られると磯野さんは語っていました。

入間のジョンソンタウンでは、アメリカの住宅街の考え方を取り込むことで「自分の庭はみんなの庭、みんなの庭は自分の庭」と呼びかけ、時には業者に依頼して庭のメンテナンスをしてもらうことで街の価値を守っています。



実際にそれは街を訪れる観光客数に反映されているようで、磯野さんの試算によれば、ジョンソンタウンには年間約36万人の観光客が訪れるのだそうです。

入間市の人口が15万人であることを考えれば、ジョンソンタウンには市の人口の倍以上の外来者が訪れている計算になり、そういった意味では庭を整備することで街の価値が上がるというジョンソンタウンの考え方が正しいことがよく分かります。

▼ ジョンソンタウン最古の店、河村商店「急須を持たない世代にお茶を飲んでもらうカギはデザインにある」



興味深いことに、アメリカンな雰囲気が特徴的なジョンソンタウン最古の店は、アメリカとは対照的な「河村商店」というお茶の販売店です。

河村商店は戦後の復興期に入間市で創業され、地元名産の「狭山茶(さやまちゃ)」の販売を行っています。



河村商店のジェネラルマネージャーである河村皇志さんは、お茶という日本の伝統的な商品も、時代に合わせて売り方を変えていかなければならないとして次のように述べていました。

「本当は茶葉を売っていきたいのですが、今の人はあまり急須を持っていないですよね。だから、若い人に買ってもらえるように、本来、ティーバッグにしないような高品質のお茶をあえてティーバッグ用に加工して販売しているんです。」

「それに加えて、ジョンソンタウンがオシャレになるにつれて、ウチでもデザインにこだわるようになりました。入間出身のデザイナーにパッケージをデザインしてもらって、外からは絶対にお茶だとわからないデザインになっているんですよ。」



さらに河村さんは、次の新しい世代にお茶を繋げるために「東京神茶皇園」とういう新会社を入間で立ち上げ、彫蓮氏と彫妙氏の世界的に著名な2人の刺青師にパッケージのデザインを依頼し、新しいお茶販売のあり方を模索しています。

狭山茶が興味深いのは、通常の茶農家では1年間に4回から5回もお茶を摘み取るのに対して、狭山茶は1年間に1回、多くても2回までしか摘まないのが特徴で、それゆえ葉に栄養分が多く蓄積されて味が良くなるというところです。

河村さんはそうした狭山茶の良い部分を大切にしつつ、ティーバッグやデザインなどの外見を時代に合わせて変化させることで新しい世代にお茶をつなげようとしています。

こうした日本的な伝統や考え方は大切にしつつも、外観は時代ごとに変化させて次世代に伝えていくという考え方はジョンソンタウンにも通ずるのかもしれません。

入間市の住宅街から突然現れるアメリカンな街、ジョンソンタウン。見た目はアメリカンでも、これほど日本らしい街は他にはないように感じます。

【取材協力】

・株式会社磯野商会(ジョンソンタウン管理会社

・河村商店

・東京神茶皇園



【参考書籍】▪内田樹 (著)『街場のアメリカ論』(文藝春秋、2010)Kindle ▪池上彰 (著)『そうだったのか! アメリカ』(集英社、2009)Kindle ▪佐藤唯行 (著)『アメリカ・ユダヤ人の経済力』(PHP研究所、1999)Kindle ▪渡辺靖 (著)『アメリカン・コミュニティ―国家と個人が交差する場所―』(新潮社、2013)Kindle ▪久繁哲之介 (著)『商店街再生の罠 ―売りたいモノから、顧客がしたいコトへ』(筑摩書房、2013)Kindle


著者:高橋将人 2018/7/18 (執筆当時の情報に基づいています)
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