屋台が生き残れる町、小金井「屋台があるから町が賑わうのではない。協力してくれる人たちが多い町だから屋台が成り立つんです」

カフェを開こうと考える場合、店舗を借りて、内装を施し、食器を揃えるところまでにかかる費用はどんなに安くても約500万円かかる一方で、移動販売による屋台であれば50万円ほどから開業することができるのだそうです。

そうした背景から、移動販売という営業スタイルは常設店を開業するまでの過程の一つとして捉えられています。

そんな中、東京・小金井市で「珈琲屋台 出茶屋」を運営している鶴巻麻由子さんは、移動販売にこだわり、屋台を続けるために常設店をオープンさせるという、通常とは真逆のアプローチをとっているのです。

▼ 冬に火鉢を置くと、人が自然に集まって身を寄せ合い、知らない人同士でポツリポツリと会話が始まる



移動販売では電気もガスも使えないため熱源は炭。小金井の井戸水を鉄瓶で加熱すると、まろやかで美味しいお湯ができると店主の鶴巻さんは語ります。

屋台での移動販売を始めてから今年で15年目の鶴巻さんが常設店をオープンさせたのは、今後も屋台を続けていくために基盤を作ることが目的だと言います。

屋台を始める以前、もともと喫茶店で働いていた鶴巻さんは、屋台には店舗にはない面白さがあるとして店舗と屋台の違いを次のように述べていました。

「私はもともと都内の大きな喫茶店で働いていたので、屋台という小さな場所で起こるコミュニケーションが楽しいんです。普通のお店では知らない人と会話したりしませんが、ここでは会話が自然に生まれるんですよ」

出茶屋の店主・鶴巻麻由子さん

「会話のキッカケになっているのが火鉢です。さすがに夏は置いていませんが、肌寒い季節になると真ん中に火鉢を置くんですね。すると、お客さんが火鉢を囲むように集まり、身を寄せ合い、そこから自然に会話が始まるのです」

「これは屋外だからできるんですよね。お店の中だとすぐ隣に人がいたら、どうしても気になりますが、外だと壁がないので身を寄せ合っても人との距離があまり気にならないんです」



来客の9割が常連さん。でも、常連さんは初めてのお客さんが気まずくならないよう、「どこから来たんですか?」と気さくに話しかけるのだそうです。

そもそもお店で炭を扱うようになったのは、電気やガスが使えない移動販売屋を行う上で、お湯を沸かす熱源を炭でまかなえないかと考え始めたことがキッカケだと鶴巻さんは語ります。

出茶屋では炭と鉄瓶で沸かしたお湯でコーヒーを作るのですが、鶴巻さんによると鉄瓶で沸かしたお湯はまろやかで美味しく、また井戸水が美味しい小金井の水とも相性が良いのだそうです。

▼ 屋台は絶対になくならない「屋台は電気やガスが無くても成り立ちます。3.11のときもジワジワと人が集まってきました」



屋台営業で、なおかつ熱源が炭、そして移動の際は出店先まで自分の手でリヤカーを引っ張っていくという出茶屋の存在は、商いの原点に極めて近いという印象を受けますが、鶴巻さんは屋台は絶対に無くならないとして次のように語っていました。

「リヤカーの受注は減ってはいるものの、絶対になくならないと思うんです。やっぱり手仕事のものって確かな安心感がある。電気やガスが無くても、移動は手で引っ張るし、炭があればコーヒーも淹れられますからね。実際、3.11のときもジワジワと人が集まってきたんです」

結局、人が安心感を持ったり居心地が良いと感じるのは、自分の足や手を使って活動することのできる人間サイズの空間だと言うことなのかもしれません。



人間サイズの空間という意味において、小金井という町は散歩をしている人が多く、歩きやすい町でもあると鶴巻さんは述べていました。

「小金井には散歩をしている人が多いんですよね。ここから西側にいくとクルマ社会になってしまうし、都心側だとバタバタしている。小金井はちょうどその中間にあるから、ゆっくり散歩している方が多い印象があります」

「実は私が屋台を始めようと思ったのは、都心から小金井に引っ越してきたばかりの頃。散歩が好きで小金井の町を歩いているときに、『外で美味しいコーヒーが飲めたら』と考え始めたことがすべての始まりなんです」

こうして小金井の町を散歩しながら思いついた出茶屋。その意味では、歩きやすい小金井という町と、手仕事によって成り立っている屋台というシステムは相性が良いと言えるのかもしれません。

▼ 屋台が生き残ることができる町、小金井市「商いの原点『屋台』は地域住民の応援なしには成り立たない」



鶴巻さんに取材をさせていただいたのは、屋台の出店先である小金井神社でのお祭り会場で、そこには鶴巻さんのコーヒーを買い求める大勢のお客さんが長い列をなして賑わいを作っていました。

屋台と言えば福岡の屋台村や台湾の夜市などが有名ですが、屋台がある街はどこも賑わいがあるように感じます。

屋台と町の賑わいに関して鶴巻さんに伺ったところ、屋台があるから町が賑わうのではなく、地域住民が団結していて屋台を認めてくれるからこそ、屋台が成り立つのだとして、このように述べていました。



「屋台は裸一貫ではなかなかできないんですよね。やっぱり地元自治体や地域の人たちが応援してくれないと、今の世の中では屋台は生き残れないんです。保健所の問題もそうだし、交通法や場所の提供など、地域が協力的じゃないと屋台運営はできないんです」

「それに最近はご近所問題も厳しくなってきているじゃないですか。だから、みんなが互いの存在を認識して、協力して、そして団結していないと屋台営業は難しいです。その意味では、私は小金井の人たちに本当に支えられていると感じますね」



寒空の下、地域の人々が足を止め、火鉢を囲みコーヒーを飲みながら談笑する場所を提供する「コーヒー屋台 出茶屋」。

店主の鶴巻さんは今日も鉄瓶と炭で沸かしたお湯でコーヒーを淹れ、お客さんを出迎えます。

【取材協力】

◾珈琲屋台 出茶屋/鶴巻麻由子


著者:高橋将人 2018/11/23 (執筆当時の情報に基づいています)
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