標高0メートルから横浜のまちを眺める水上の旅 「SUPから見た景色は毎秒変化する」

巨大な観覧車が見下ろすみなとみらいの海。そんな横浜のメインエリアに向かって流れる大岡川では時おり、水面を漂う一枚のボードに人が乗っている光景を見かけることがあります。



「SUP」と言われるそれは、スタンドアップパドル・サーフィンの略称で、ここ数年に認知度が高まってきた水上アクティビティです。

およそ3メートルの一枚のボードを水面に浮かべて立ち、一本のパドルを漕いで進んでいくSUP。そんなSUPを、港町である横浜のまちづくりや、その住民や観光客のコミュニティづくりなどに活用している「一般社団法人水辺荘」という市民団体があります。

横浜駅から京浜急行で約5分の日ノ出町駅から少し進むと、せらせらと流れる大岡川を望むことができる。

今回は「水辺荘」代表の山崎博史さんに、お話を伺いました。SUPについて、山崎さんは次のように話します。

「水辺荘ではSUPを水上アクティビティとして講習会を行うというよりは、多くの方が『川や水辺』に接する機会を提供することを目的としています」

「手軽で習慣化されやすいSUPは、川に親しむツールとして最適だと思い、横浜では最も早くから体験会などを採用しています。標高0メートルの視点からまちを眺めることで、普段とは異なるまちの側面を見てほしいんです」

以前は主にゼネコンの設計部門で、ホテルやマンションなどの高層ビル等を手掛けていたという山崎さん。水際に立つ高層建築に携わる度に、水辺が「借景」としてしか機能せず、生活やコミュニティの場になっていないことに、もどかしさを感じていたそうです。

▼ 「川」と「人」の心の距離が離れている日本。その原因は、根強く残る川への負のイメージ

2012年9月にスタートした「水辺荘」。市職員や建築家などさまざまな業種の人が集まる。

もともと「川」というのは、人類の歴史の中で生活の中心にありました。食料などの物資を船で運び、川べりで洗濯や炊事を行う、という風に、「人」と「川」というのは、本来切っても切れない関係にありました。

そうした背景がある中で、この両者が断絶してしまった要因の一つに、「フェンス」の存在があります。日本の都市部では、物流が水運から陸送にシフトしていく過程で、川や運河の両脇にフェンスが隙間なく整備されるようになりました。そうした背景について山崎さんは以下のように話します。

「フェンスが整備された過程として、日本がそもそも水害の多い気象であるというのがあります。それに加え、川や運河を誰が管理するか、というのが大きな問題なんです。水際には道路などの公有地が多いために、それを行政が管理する流れになったんです」

「例えば日本では子供が川に落ちた場合、責任を管理者が負わされることが多い。だから意地でも事故を防ごうと、フェンスを整備したんです。幼い頃から川の前にフェンスがあれば、心も離れてしまいますよね。そんな心理的距離が、川と陸の断絶に影響していると思います」

「市民の水辺利用を身近にしていきたい」と語る山崎博史さん

また、そうした心理的距離がある背景のもう一つの理由として、川への「負のイメージ」が根強くあると、山崎さんは語ります。

「よく『都市河川は汚い、落ちたら大変!』と言われますよね。でも、本当はそんなことはないんです。確かに、日によっては赤潮などで汚い場合や潮位によってはゴミが多く浮いていることもあります。しかし、夏などの特定の時期を除けば、思っているより綺麗な場合が多いんですよ」

「横浜を流れるこの大岡川なんて、かなり綺麗な川です。そうしたイメージを拭うためにも、ぜひSUPをやって色々体感してみてほしいですね」

SUPはボートの上に直接立って進むアクティビティであるため、水面と顔の位置はかなり近くなります。

また、もし途中で疲れてしまった場合、ボートに跨がるようにして座ることもでき、より近くで水面を見ることができます。実際の参加者も、体験中に川の綺麗さに驚く人が多くいると言います。

▼ 曲がりくねった大岡川から見るまちは、刻々とシーンが切り替わり奥行きのある印象を受ける

水面に映る真綿のような雲。近くで見ると、水中も見通せる。

水辺荘から徒歩1分ほどのところにある大岡川桜桟橋から川にエントリーし、市街地中心部であるみなとみらいに繋がるこのコースについて、山崎さんは次のように話します。

「直線の多い運河とは異なり、二級河川のこの川は、ところどころ曲がりくねっていて、先を見通せないことが多くあります。この地形に沿って生じたカーブによって、次にどんな景色が現れるか予測できないんです 」

「歴史を感じる建て物が並ぶ大岡川から、近未来的でフォトジェニックなみなとみらいを目指す。大岡川は、このコースのオードブルのような位置付けで、ゴールのみなとみらいはメインディッシュ。いきなりメインディッシュよりオードブルからのワクワク感があったほうが、ツアーとしてははるかに楽しいですよね」

スタート地点からしばらく漕ぐと急に視界が開け、みなとみらいのきらびやかな海に出る。(写真:水辺荘)

普段は公共交通機関や徒歩で陸を移動する私たちですが、SUPを利用して水面を移動することで、日頃覗くことができないまちの「顔」が見えてきます。そんな新しいまちの側面について、山崎さんならではの語り口で次のように話します。

「普通、人はまちを、公共交通や道路でつながる感覚で見ています。でも、川を利用したりと少し異なる移動経路を使うと、途端にまちの距離感が変わることがあります」

「公共交通ではアクセスしにくい場所同士が、水運だとスムーズに繋がったりする。そこに人は新しい発見をし、感動する。SUPなどで川を移動してみると水運からまちができていたことが、肌感覚で分かると思うんです」

「川を移動するSUPから見たまちの風景は、地上で最も低い視点から見上げた景色です。シーンが刻々と変化し、まちに奥行きを感じます。景色が毎秒変化しているのを、実感するんです。高層ビルから俯瞰した面としてのまちの風景とは、違った印象を受けると思います」

▼ 橋の下から見る景色は、まるで一枚絵のよう。「次はどんなシーンになるのかなと、ワクワク感が助長される」

(写真:水辺荘)

みなとみらいまで向かう途中、SUPはいくつもの橋をくぐります。大岡川のコースの中でも橋は特別な役割を担っていると、山崎さんは以下のように話します。

「橋をくぐる度に、次はどんなシーンになるのかなと、ワクワク感が助長されます。橋の下から見る景色は、それ自体が額縁となった一枚絵のようです。つまり、橋が風景のフレームのような役割を果たすんですね」

「また、橋自体も面白い。橋の構造や裏側は一つ一つ異なっていて、その光景は、水面を行く人しか見ることのできない光景なんです」



途中いくつもの橋をくぐるが、その全てが異なった形状をしている。

水上アクティビティというと、水に恐怖心がある人やスポーツが苦手な人は尻込んでしまうかもしれません。しかしSUPは、それらの中では最もハードルが低いものとされます。難易度としては、自転車と同じくらいだと話す山崎さん。

川をスローペースで移動することで、新たなまちの風景が視界に飛び込んでくる…曲がりくねるコースをボード一枚で進む、他にはない水上の旅。横浜のまちを巡る際、あえて既存の交通ではなくSUPで巡ることで、普段とは異なる横浜の顔が見えるかもしれません。

【取材協力】

◼水辺荘/山崎博史


著者:清水翔太 2018/12/4 (執筆当時の情報に基づいています)
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