王子のまちを音楽で包むゲストハウス。「人々が交流したり、安らいだりする、“地域の箱”」
改札を抜けると、深い緑と渓谷が顔をだす。東京都北区のちょうど真ん中あたりに位置する王子のまちは、都心の繁華街としての姿がある一方で、人々の心を癒す豊かな自然も魅力の一つです。
東京メトロ南北線と京浜東北線が通るアクセスのいい王子のまちでは、多くの外国人観光客を目にします。桜や紅葉が見どころの音無親水公園や飛鳥山公園、そして、海外向けの観光本などにも大きく取り上げられる王子稲荷神社など、日本の「和」を感じさせるスポットがたくさんあるのです。
葉が橙色に色づきはじめている飛鳥山公園。
そんななか、外国人客が身を置き、さらにはまちの人々の交流拠点にもなっている場所があります。駅から3分ほど歩いた高台に位置する、「東京ゲストハウス王子ミュージックラウンジ」です。
2017年にオープンしたこのゲストハウスは、単に『泊まる場所』というだけではなく、王子のまちの人々が宿泊者と会話をしたり、ライブを観て協奏したりできるような、社交の場となっているようです。
週末になると、シンガーやハーモニカ奏者など各界で活躍するプロのミュージシャンを呼び、一階のラウンジでライブを催すゲストハウス。そこには、宿泊者はもちろん、王子のまちの人々も音楽を聞きにふらっと顔を出しに訪れます。
▼ 音楽は無言のコミュニケーション「みんなで即興演奏が始まることもある」
「音楽は人々の共通言語」と語るオーナーの小林さん
「音楽」を使って地域と関わりを深める独自の取り組みついて、「東京ゲストハウス王子ミュージックラウンジ」オーナーの小林さんは、以下のように語ります。
「地域の方がミュージシャンと話したり、楽器の使い方を教わったり、といった光景は日常茶飯事です。そこに音楽好きのゲストが下りてきて、みんなで即興演奏が始まることもあります。」
「音楽は、『言語』というツールを必要としないのがいいんです。国籍も年齢層もバラバラなゲストハウスだからこそ、そうした無言のコミュニケーションが大事なんです」
今でこそ、地域の人たちが顔を出しに来るほどの交流拠点となったゲストハウスですが、そのように認知をされるようになった背景には、2018年に開催された『音の滝』というフェスの存在がありました。
2018年8月に開催された『音の滝』。地域の方もたくさん見にきたと言います。 写真提供:東京ゲストハウス王子ミュージックラウンジ
これは、自治会とゲストハウスが組んで開催されたライブイベントで、王子の夏祭りの開催場所の一つである、醸造試験所跡地公園の一角に舞台を設けて行われたものです。総勢20組のアーティストが舞台に立って演奏するかたわら、別の場所では盆踊りをやっている、という風変わりな光景が見られました。
「どうにかして地域を盛り上げることができないかと考えた末に、祭りにライブを持ち込もうと思ったんです。町内会長さんなどに協力を仰ぎ、説得して回りました」
「普段、特にお年寄りの方とかだと、ライブって行かないですよね。でもお祭りなら来る。来てみたらそれが楽しくて、さらにそこには外国籍のゲストが何人も観に来ていて、そこで交流が生まれる。普段なら起こりえない化学反応がたくさん起こったんです」
さかのぼってみると音楽は、たとえば縄文時代には石器を打ち合わせたり石笛を吹くことで音を奏でたりするなど、言語が未発達の時代においても芽を出していた文明の一つでもあります。異なる国籍、幅広い年齢層などで、「言語」を媒体にすることが難しい状況において、音楽が人々のあいだを流れる潤滑油のようになるのでしょう。
▼ ゲストハウスは、「地域の箱」。まちの楽屋であり、相談先でもある。
定期的にライブを行う4人のホストミュージシャン
2018年の夏祭りのあとには、まちの音楽好きの人が「来年はここで演奏してみたい」と声をかけてくることもあったそうです。さらに最近ではまちを運営する主体からも声がかかるようになったと、小林さんは話します。
「今では、自治体や観光協会から、『ミュージシャンを紹介してくれ』って、声がかかるようになりました。地域の相談所として、うまくまちに溶け込めてきているような気がしますよ」
また、このような取り組みは音楽だけにとどまらず、「アート」や「食」にも手を広げていると小林さんは語ります。
「毎月、アーティストが一階の窓にテーマの異なったペイントをするんです。ここを通る地元の方は、そのアートを楽しみにしてくれていたりして、ちょっとした風物詩にもなっています」
「最近では、ゲストハウスの入り口にピザ屋もオープンしました。音楽と似て、『食』というのも良い接点になると思ったんです。店先で買ってラウンジで食べながらゲストと交流したり、うまく使ってもらっています」
外に開かれた大きな窓には、毎月違った絵が描かれます。音楽に合わせて描くライブペイントを開催することも
さまざまなツールを用いて交流のきっかけをつくることができているのは、ゲストハウス自体が、うまく「地域の箱」として機能しているからだと小林さんは話します。
「王子では毎年、王子稲荷神社で『狐の行列』と呼ばれる有名な祭りを開催するんです。そこでは参加者の顔に狐の化粧をほどこすのですが、そのメイク室としてうちが使われることになっています。このように、音楽やアートなどのソフト面だけでなく、今後はハード面としてもうまく地域に馴染んでいけたらと思っています」
これまでは音楽やアートといったイベントを地域に向けて発信していましたが、ゲストハウスが広く認知されてくるようになると、今度は地域の側から「これをしたい」と相談がある。スペースをもちながらも、さまざまなノウハウや人脈を持つこの施設は、地域にとっても貴重な存在なのでしょう。
宿泊者や遊びに来た人の記録写真が、アートとともに壁面に飾られています
また、一度来て終わりという一過性のものではなく、コミュニティカフェのように、継続して交流できるという点もキーになっているようです。そもそも王子というまちを選定したのにも、小林さんなりの理由がありました。
「王子のまちは、『音無橋』という高架があるほど、都内とは思えないくらい静かなんです。都心の華やかな喧騒のなかでは、良い音楽は響かない。高層ビルやマンションがなく、音が遮られることがない。その代わりに、石神井川や飛鳥山公園があって、そうした自然のなかを音楽が流れていくんです」
静かに高台に構える、「東京ゲストハウス王子ミュージックラウンジ」という“地域の箱”。上野や浅草などの観光地からほど近くにある王子では、心地よいライブミュージックがやさしくまちを包んでいます。
【取材協力】
◼東京ゲストハウス王子ミュージックラウンジ/コバヤシ ヨウヘイ
著者:清水翔太 2019/1/8 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。