「歳をとるほど得をする」新宿の路地にある、60歳以上しか入れないシニア劇団「かんじゅく座」

東京メトロで新宿駅から約5分、3駅目の「四谷三丁目」で下車して、「新宿通り」から外れると、石や階段のある昔ながらの路地が現れます。

この新宿区荒木町のあたりは、昔は200人を超える芸妓さんのいる花街だったそうですが、今ではミシュランガイドに載るようなお店から、かき氷屋に坊主バー、そしてユニークなカツ丼屋などがあり、個人店との出会いが楽しい街です。

そんなこの街の一角に、60歳からしか入れないシニア劇団「かんじゅく座」があります。



61歳から81歳まで30名の劇団員を抱える「かんじゅく座」は、年に2つの演目の劇場公演のほか、荒木町のあたりの保育園や高齢者施設などに出張公演もしています。

この日稽古にきていた劇団員の小春さんにお話をうかがったところ、定年退職してからの暮らしの中心にあるのが「かんじゅく座」なのだとして次のようにお話しされていました。

「劇団の稽古に通い、年に2演目の大きな公演に向けて取り組む中で、生活にリズムとかメリハリができました。本番があるっていうことは、締め切りがあるということで、それに向けて準備を進めていくわけですから。」

「劇団のみんなに迷惑をかけちゃいけないと思うので、健康管理にも気を使うようになりましたね。私は今のところ他にすごく重大なことを抱えていないので、役を持つ責任は重荷にならないですし、生活の中に少しくらいそういうものがないとダラダラしちゃいます。だから責任があった方がいいんですよ。」



「かんじゅく座」に入って1年を迎えた小春さん。「舞台をつくっていく過程はまるで文化祭のようです。あまり上手くはないけれど、一所懸命つくるというのが楽しいです。」

小春さんもそうですが、「かんじゅく座」の劇団員はほとんどが入団するまで演劇経験のない素人の方なのだそうです。

2006年の立ち上げから「かんじゅく座」を主宰してきた鯨エマさんは、そんなシニア劇団の演技に対し、演劇をずっとやってきた立場からすると「かなり妥協している」といいます。しかし同時に、「これが正しい」と思っていた自分の固定概念を崩されて大きな気づきを得ている面もあるのだと、次のように述べました。

「『孫が見に来るのにホームレスの役はやりたくない』とか、演劇を本業としている人からすると信じられないリアクションが多いですね。でも、この人たちだからできる表現があるんですよ。つるっぱげのおじいちゃんがランドセルを背負って『僕、小学3年生!』っていうだけで客席はドッと笑うんです。この人たち無敵だなって思いますよ。」

「『演劇とはこういうものだ』『セリフはこうやって喋るものだ』っていうことに私自身、とらわれ過ぎていたんです。演劇はなんでもありの世界だったんだって気づかされる日々です。」

幼い子供の育児真っ只中のエマさんですが、頭の中の85%を「かんじゅく座」のことが占めているそうです。「不満だらけですけど、それが人と一緒に作るってことなのかなと思います」と話すエマさんの表情は、発する言葉とは裏腹にとても誇らしそうでした。

▼ “後期高齢者”という言葉は寂しすぎると思った。高齢になるほどいいことがある方がいい。

「かんじゅく座」を主宰する鯨エマさん。

「労働基準法なんて逸脱しているほどのめり込んでいます。でも、ここにゆりかごを置いて育児をしながら演劇を続けられているっていうのは幸せなことです。」

「かんじゅく座」は現在、全国のシニア劇団が集まる演劇大会の中核的存在となっており、遠い人は千葉の大網や神奈川の大磯から、この荒木町まで毎週稽古にやってくるそうです。

元気に通っているとはいえ、シニアの世代は持病のある人もいれば、親の介護や孫の世話などで忙しい人も多く、「家族が倒れました」と言って急遽芝居を断念する人などが出る可能性も考慮しなければなりません。

「かんじゅく座」では、週1回稽古をするチームと、週2回稽古をするチームがありますが、どちらも全く同じ芝居をしており、そうすることで、一人一役の責任を負っていても、途中で役を降りなければならない人が出た時に互いのチームから代役を補完できるようになっています。







「かんじゅく座」では他にも、シニア劇団を成立させるための一つの策として、年代が上がるほど月謝が安くなるようになっています。エマさんによると、そのような設定になったのは次のような理由からなのだそうです。

「“後期高齢者”って言葉が作られた時に、このシステムにしたんですよ。後期なんて言われたら、もう終わりはすぐと言われているようで嫌な気持ちがしたんです。だからここでは、歳をとればとるほど得をする、歳をとるごとに看板役者に近づいていく、という方がいいなと思って。」

「実際、劇団員の中には認知症に一歩足を踏み入れてしまっている人もいて、本番に衣装を持って来るのを忘れちゃったりとかいうこともあります。そういう人を周りがサポートして、『ほらできるじゃない、認知症だって舞台に立てるわよ!』と言える場にしたいんですね。老いによるハンデを強みにしていかないと。」

大きな声を出すと姿勢がよくなる。「かんじゅく座」では、最初に来た時よりも若返っている人の方が多いという。

最初は西新宿の廃校となった学校のスペースなどを借りて、新宿エリアで稽古をするところから始まった「かんじゅく座」。

次第に“新宿に集まる”という習慣はでき上がったものの、貸しスペースの空き状況によって稽古の時間や場所が変わることはシニアの劇団員にとって負担だったため、決まった場所・決まった時間に稽古をできるように荒木町で物件を借りることになったのだそうです。

▼ どんな人も、同じ目標に向かう仲間の一人。だから怒鳴りあったりすることもあります。



「かんじゅく座」は、カルチャーセンターのような決められた時間の中で完結する習い事とは違う。できるようになるまで稽古をしなければならないし、本番が近づけば終日稽古も増えていきます。

劇団は公演ごとに一段落して団員を募集しており、新しい人が入りやすくなっています。

多様な人が集まる新宿区という土地柄もあってか劇団に集まってくる人のバックグラウンドは多種多様ですが、エマさんはそれぞれの経歴などを聞かないようにしており、違う価値観の人と同じものをつくれるというところを大事にしているそうです。

「ここにくると今までの肩書きを知らない同じ目標を持つ仲間ができるのがいいんですよ。放っておけば人間関係が先細りになってしまう中で、仲間ができるわけじゃないですか。もちろん、合う合わないはありますから、怒鳴り合っていたりもしますけど、出会いが多いのは楽しいと思いますね。」

「歳をとった時に何があると幸せかって言うのは、やっぱりお金じゃなくて仲間だと思うんです。お金は必要最低限あればなんとかなるんですけれども…。歳を重ねると大変なことが増えて来るからこそ、ここで仲間と過ごす時間が貴重になってくるんでしょうね。」



今の現役世代が老後を送ることになる数十年後、高齢者が人口の4割5割を占めるような、高齢者を主とする社会がやってくる。

新宿の大通りから一歩踏み入れると別世界な感じがする荒木町。この街の「かんじゅく座」に、確固たるキャリアから離れた人が一人、また一人とやってきて新しい自分の世界を持ち、第二、第三の青春を送っています。

一方で、平均年齢50歳となる未来を避けることができないようなところまで来てしまった日本では、今の働き盛りの世代が高齢者になっていく30年後、4つに1つの世帯が高齢者のお一人様になるということです。

高齢化社会というと耳を塞ぎたくなるようなニュースばかりですが、荒木町のシニア劇団「かんじゅく座」のように、歳をとるほど仲間も増えて得をする場が増えていった先には、暗いばかりではない高齢化社会の姿が見えてくるような気がします。

◼️取材協力

シニア劇団 かんじゅく座


著者:関希実子・高橋将人 2019/3/1 (執筆当時の情報に基づいています)
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