ホームページを持たず、宣伝もしていない、松戸で噂の博物館。「展示の仕方は、“ドン・キホーテ式”です。」

江戸川を隔てて東京都葛飾区の東隣にある、千葉県松戸市。

街の中心部から外れて、JR武蔵野線と北総線の交わる「東松戸駅」を下車して徒歩15分、畑や住宅の広がるのどかな風景の中に見えてくるのが「昭和の杜博物館」です。

博物館に近づくと、まず目を奪われるのは、飛んでいきそうな屋根の上の飛行機。一歩敷地内に足を踏み入れれば、線路や踏切までついた鉄道車両に、実物4分の1サイズのスペースシャトル、そしてクラシックカーの数々。どこから驚いていいのかと迷うほどの光景が広がっていました。

博物館の2階から外を眺めると、雑多な展示物がひしめく光景に改めて驚く

800の敷地内の屋外、そして2階建ての屋内に、初代博物館館長の吉岡光夫さんが20数年に亘って個人で収集して来たものが所狭しと展示されている「昭和の杜博物館」。

「3500点とか4000点とかいうのですけれど、ここに展示していないモノもあるので実際のところはどれだけモノがあるのかわからないんです。」というのは、昨年から「昭和の杜博物館」で学芸員をされている中村邦寿(なかむらくになが)さん。

松戸市の「昭和の杜博物館」で学芸員をされている中村邦寿(なかむらくになが)さん

中村さんは次のように言葉を続けます。

「博物館は今年で9年目になりますが、昨年財団法人になるまでは、この近くで建設業を営んでいた吉岡光夫さんの私設博物館でした。吉岡館長は元々博物館の知識があったわけではないので、モノを集めてどんどんどんどん並べていかれたんですね。博物館の建物も最初は小さかったのですけれど、もっと展示ができるようにと増築していったんです。」

「あまりにも展示品が多かったので、そろそろ展示されているモノを整理しようかと言っていた矢先、今年(2019年)の1月に館長が亡くなられてしまったのです。」

中村さんたちは、そんな「昭和の杜博物館」の展示の仕方を『ドン・キホーテ式』と呼んでいるそうです。訪れる人の感想には、“カオス”という言葉も聞かれるそうですが、まさにドン・キホーテの店内にいるように、雑多にたくさんの展示品が並んでいます。

金・土・日・祝日だけで月間来館者数400名。館内で昔を懐かしんでいる大人も、外の電車の運転席ではしゃいでいる子どももいます。

外には電車の車両が4両、クラシックカーは15台。クラシックカーは屋内にもあり、映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」に出演したダットサンも展示されている。写真に写っているのは1月に亡くなられた吉岡光夫館長、屋内に展示されている映画出演車両と一緒に。

「昭和の杜博物館」は吉岡館長が会社の仕事をしながら運営をしていた当時のまま、金・土・日、そして祝日の10時から16時までのオープンとなっており、曜日も時間も限られているのですが、訪れる人の数はなんと、毎月300〜400名にもなります。

現在までホームページもなく、宣伝広告もほとんど出さずにきたため、近所の方が「あの屋根に乗っている飛行機はなんだろう?」ということで訪れるなど、最初は松戸市や近隣の柏市、野田市の辺りから来館される方が多かったとのこと。

最近では、ブログやSNSを介した“インターネットの口コミ”で訪れる人が目に見えて増えているのだそうです。

2011年3月11日に発生した東日本大震災で閉鎖されてしまった松戸の「昭和ロマン館」から引き継がれたという、空想画家小松崎茂氏の原画等が展示。昭和30年頃にはオスプレイやリニアモーターカーの原型のような画も描いている。原画は他にも、手塚プロダクションや水木しげるさんの画もある。

というのも、「昭和の杜博物館」では撮影禁止とされているモノが一つもありません。

「『どこを撮影してもいいですよ』とオープンにしているのです。」と中村さんも話をされていましたが、お客様も実際、館内を回っていると「あ、これ持ってた」「これ、おばあちゃん家にあった」、あるいは「まさかここで再会するなんて!」など、ときめくものがあちこちで見つかるため、あれこれとシャッターを切っていくうちに写真の数はあっという間に数十枚にもなると言います。

そうして撮影した写真を誰かに見せて回りたいという衝動に駆られた人たちがSNSやブログに写真をアップロードしているということなのでしょう。

スペースシャトルの隣になぜか電車の車両がある、というように屋外でも屋内でも、展示物の配置が個性的で絵になる「昭和の杜博物館」の写真は、それを見た人の記憶にも残りやすいのかもしれません。

社会科見学で訪れた子どもたちが家に帰って話をして、次の日曜日にお父さんやお母さんと来てくれるのです。



「昭和の杜博物館」の入館料は、子供は高校生まで含めて無料、大学生以上の大人は税込で300円という安価な値段になっています。

館長だった吉岡さんは「博物館をしたい」という思いで収集をされていたのではありません。

建設業の会社を運営する傍ら、大好きなクラシックカーを集めることから始め、そのうちにモノが増えて博物館をオープンすることに決めると、子どもが好きだった吉岡さんは、こうしたモノを今の時代の子どもたちに見てもらいたいと考えて、入館料の設定をされたようです。

訪れた子どもたちからの「ありがとう」というメッセージ

「昭和の杜博物館」から徒歩10分くらいのところにある松戸市立東部小学校からはここ数年、子どもたちが社会科見学で博物館を訪れるようにもなりました。

吉岡さんは、世界に一つしかないイタリアの自動車メーカーの「ランチャ・ミザール」という車などが自慢で、そうした思いのこもっている博物館のいろいろな展示品について子どもたちに話すのを楽しみにしていたのだそうです。

中村さんは博物館に訪れる小学生たちのことを次のように話してくれました。

「ゴジラのオブジェ、車や電車、あとはキューピー人形やプラモデルといったおもちゃなどもごちゃごちゃありますので、子どもたちはそれぞれに楽しんでいますね。低学年ですと、正直どこまで理解しているのかはわからないのですけれど、子どもが家に帰った後に話をして、次の日曜日にお父さん、お母さんと訪れるということが結構あるんです。」

大人気となったゲーム「桃太郎電鉄」の20周年を記念したラッピング車両。営団地下鉄銀座線から西武鉄道などに移り、最後には銚子鉄道で走って2016年に引退した銚子電鉄の車内。

「難しいモノが展示してあるわけではなくて、昭和時代に普通に使っていた生活用品ですね。こうしたモノというのは、なくなってしまったからといって作ることはできないじゃないですか。吉岡館長は『何億円の絵』とかそういうモノではなくても、日常の生活道具も一つの貴重な展示品ではないかと考えたんです。それらを博物館として保管・展示して、『昔はこんなモノを使っていたんだよ』と子どもたちに見せられるようにと。」

展示品が実際の暮らしの中で使われていたモノなのだと伝えている「昭和の杜博物館」では、たくさんのクラシックカーも動く状態で保存するように心がけていて、修理や車検など目が届くように、博物館が専属のメカニックを抱えているのだそうです。

「昭和の杜博物館」ではこの頃、「おじいさんがずっと大切に保管していたモノなんです。」といって文化的、歴史的にも価値のあるモノが寄贈されるようになりました。

その一例として見せていただいた昭和9年の軍事教育の教科書には戦争時の戦闘の図例が載っており、実物を目にして初めて、日本にも子どもたちがこういう教育を受けていた時代があったのだという実感を得られたような気がしました。

▼ 昭和30年頃までは電化製品が一つもない家庭が一般的だった。「今自分が使っているモノが使えなくなったらどうなるだろう?」



溢れるほどにモノがある現在、「モノを集めて大切にする」というのは時代に逆行しているのかもしれませんが、「昭和の杜博物館」でたくさんのモノと向き合ってきた中村さんは、今の人も「モノを大切にしてないわけではないと思います」と、次のように話をされていました。

「もちろんいらないモノもあるのでしょうけれど、自分のモノを大切にするという精神はいつの時代も変わらないと思います。要は、経済のことを考えると、車でもなんでもニュー・モデルをどんどん出さないとモノが売れない、モノが売れないと経済が発展しない。捨てるということではなくて、新しいモノを買わせるっていうことだと思うのです。」

「『昭和の杜博物館』で、こんなに不便だけれど、それを昔の人はずっと使っていたということを見て学んでいただければ、大きな地震とかが来た時に『電気がなければ何にもできない』とならないで、今使っているモノがなくなったらどうなるんだろう、と考えられるようになったらいいなと思いますね。」

中村さん「今では仮想現実の部分も多くなってますが、自分の手で動かさなければ何もできない時代があったんですよ。」

「日常品も貴重なモノだ」と吉岡さんが考えていたとおり、普段当たり前に使っている身の回りのモノ一つ一つが、自分にとってはなくてはならないモノなのかも知れません。

大切なモノは失ってはじめてわかる、と言うのはきっとその通りですが、松戸の「昭和の杜博物館」で前の時代にかえってみると、時代が移り去って失われる前に今あるモノのありがたみを教えてもらったような気がします。

⬛︎取材協力

一般財団法人「昭和の杜博物館」

JR武蔵野線・北総線「東松戸駅」より徒歩約15分


著者:関希実子 2019/5/28 (執筆当時の情報に基づいています)
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