まちをデザインする電気屋、anima garage。町屋を支えるのに「肩書き」はいらない。
東京都荒川区の中央北部、木造家屋や商店街、町工場などが所狭しと立ち並ぶ町屋。東京メトロ千代田線が通り都心まで好アクセスな一方、駅を降りれば下町風情溢れる街並みが広がる。
そんな町屋に、一風変わった「倉庫」があります。「anima garage」と名付けられたそこは、静かな住宅街のなかにぽつんと佇み、なかを覗けばドライフラワーやデザイン照明などが置かれ、一見しただけではどのような店か分かりません。
もともとは店名も異なる「町の電気屋」だったanima garageは現在、照明はもちろん、花の販売、空間デザインなど多岐に渡って町屋の生活を支える屋台骨のような存在になっています。電気に特化した事業から空間全体へとその幅を広げていったのは、3代目オーナーの福嶋さんでした。
町屋の住宅街に突然草木の茂った一角が顔を出す。中を覗けばデザイン照明が煌々と光る。
福嶋さんは「電気屋」でありながらも、常に建て物全体を捉えてきました。照明単体を見るのではなく、家そのものを見る。商品だけではなく、その先の「空間」を見通す。このanima garageの本質とも言える考え方について、福嶋さんは以下のように語ってくれました。
「例えば店頭で『これ、おしゃれだな』と思って買っても、家に帰ってつけてみたら『あれ違うな』となる場合がある。それは当然なんです。照明というのは、場所や状況、つまりシチュエーションによって輝き方が違うもの。単体では価値は測れないんです」
二階にあるインテリアスペースで「照明」について語る福嶋慶太さん
「普通の電気屋さんではないと思うんですけど、基本的にはお客さんの家を見に行くか、自宅の写真を送ってもらうようにしています。照明というのは『全体の一部』という存在なので、この『全体』に合わせて姿を変えなくてはいけないんです」
「もっというと、生活もそうです。休日コーヒー飲みながらソファに横たわって本読むなら、この照明かな、とか。いつどこでどんなときに使う照明なのか、ヒヤリングします。『生活』のなかに『照明』があるということを日頃から意識しています」
▼ 「既存」に新たな価値を足す。資材置き場だった倉庫も、町の生活を支える機能的な空間へ
常に照明の「その先」を見てきたという福嶋さん。このように照明を売るだけでなく、お客さんの生活に寄り添ってきただけに、照明以外のものについてもお願いされるようになり、草花や、空間全体のコーディネートなどを任されるようになりました。
その場所に映えるものはなにか、その人の生活に活きるものはなにか、そう考える福嶋さんの根底にあるのは、「既にあるものを尊重する」という思想でした。
一度ゼロにして新しくする、ということではなく、既存のものを徹底的に研究して、そこに新しいものを付加する。福嶋さんは、そう考えるようになったきっかけについて語ってくれました。
「デンマークに行ったとき、その街並みに衝撃を受けたんです。何百年も歴史がありそうな倉庫を取り壊さずに、むしろ活かしてる。煉瓦造りの倉庫にガラス張りの建物をくっつけて、全く新しいものにしている。そういう考え方は日本にはないなと」
福嶋さんの目によって選び抜かれた色鮮やかな草花が、淡い照明のもと美しく身を寄せる。
このことはanima garageという名前にも現れていて、そもそもメインの店舗となるのは、電気屋だった時代に実際に材料置き場として使われていた倉庫。
本来外に見せるような場所ではない空間を整理し、店名に掲げるほど洒落たデザインに変えてしまったのも、この思想がもとになっているようです。
▼ 「肩書き」に意味はない。町屋の生活を思えば、自然と事業は広がっていく
anima garage横の駐車場で開かれたイベントの様子。「既存」のものをコーディネートするのは福嶋さんの匠の技。(写真提供:anima garage)
福嶋さんは現在、住宅だけでなく、町の施設などの空間デザインの仕事にも携わっています。もともと町屋に根付いていた会社であるだけに、町に活気を出したい、という気持ちは人一倍あるようです。
そうしたまちの仕事でもこの思想は活かされているようで、ただお洒落にするということではなく、そのまち本来の良さを活かそうと常に考えています。このことについて福嶋さんは、次のとおり語ってくれました。
「たとえば京都や金沢とか本当に素敵なまちですけど、別に真似する必要はない。そのまちには固有の特徴や歴史があるから、そこを活かすことで本当の意味でのオリジナリティが出る」
「町屋のいいところはやっぱり、下町風情。昔っからある駄菓子屋さん、大衆居酒屋、もんじゃ屋さん、木造の古い建物、電柱、長屋…そういうものが町屋らしい。これをそのままに、むしろ活かすようにして新しいまちのデザインを考えたいです」
町屋駅からanima garage方面につづく通り。高架下には店々だけでなく、保育園なども入っている。
これだけ多岐に渡って事業を展開しているだけに、まちの人からの認知のされ方は千差万別。まちの電気屋、花屋、内装屋さん、空間デザイナー、とさまざまな側面を持つanima garageですが、とくに肩書きについてはこだわっていないと言います。福嶋さんは、今後のビジョンについて次のように話してくれました。
「空間デザインでいうと、病院や福祉施設のデザインをもっとやれたらなと。薬をもらう、病気を治す、介護してもらう、心身を癒す場所だからこそ、空間全体でリラックスを図る必要があると思っています」
「最近では町屋にも若い人たちが入ってきて、うちが電気屋であることを知らない人が増えてきています。それはそれでいいかなと。今後はスーパーやアパレルなども始めたいと思っていて、『住』だけでなく『衣食』も、つまり人の生活に貢献できることならなんでもしたいと思っています」
店内にある加工食品は、全て福嶋さんが選び抜いたオーガニック食品
よく晴れた日の日中、anima garageの店先に集う地域の住民。(写真提供:anima garage)
こうした柔軟な考えのもと、まちに根付くanima garage。そもそも不思議な名前ですが、この「anima」というのは、ラテン語で「息物」という意味。
人間や動物に限らず、草花も、そして職人の息がかかった照明も、すべて福嶋さんにとっては「息物」だと言います。ただ売るだけでなく、その先の空間に映えるようにと福嶋さんの「息」を吹きかける。
そうして、無機質な物も活き活きと空間に溶け込む。このようにして出来上がったanima garage という不思議な生命体は、町屋とともにいまも成長をつづけています。
【取材協力】
福島電設株式会社
anima garage 福嶋 慶太さん
【アクセス】
東京都荒川区荒川7-34-2
東京メトロ千代田線町屋駅3番出口から徒歩5分ほど
著者:清水翔太 2019/5/31 (執筆当時の情報に基づいています)
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