千葉県四街道市でミュージシャンのように野菜を売る「これからは畑がメディアになっていく」
流通システムが発達し、スーパーに行けばいつでも野菜を買うことができる便利な時代になりました。
しかし、野菜を作っている農家と消費者が顔を合わせる事はなくなり、野菜を育てている作り手の存在や、その生産過程を知ることができなくなってきています。
農家も同じで、誰がその野菜を食べているのか分からなければ、自分が作っている野菜の味すら分からない生産者もいるのだそうです。
スーパーに並んでいる野菜からも見て取れるように、流通の過程で値段に関わるのは「野菜の形と大きさ」であるため、儲けに関係ない「野菜の味」は見落とされてしまうのかもしれません。
一方、千葉県四街道市(よつかいどうし)で農家を営む栗田貴士さんは、市場を介さずに消費者と繋がることで、年間を通して150種類もの世界中の野菜を家庭やレストランに届けています。
そこで今回は、千葉駅から東に電車で10分ほどの四街道市の住宅街にある、「キレド」と名付けられた栗田さんの畑でお話を伺いました。
▼ 成長の過程で、たくさんの表情を見せる野菜「普通だったら売れなくなっちゃいますけど、僕はわざと残しているんです」
これまでの野菜は、決められた大きさで一斉に収穫して、できるだけ形が揃った状態で農協に出荷するのが一般的でした。
しかし栗田さんは、収穫時期を過ぎている野菜もわざと残して育てているそうで、その理由について以下のように語ります。
「僕はこれを、野菜の一生を見る、という風に呼んでいるんですけど、成長するのを見て、どの部分がどうなったら美味しいかっていうのを、常に探っているんです」
「普通だったら捨てられてしまう野菜でも、1対1で繋がっているお客さんに『こういう風に食べると美味しいですよ』って伝えて、出荷しています」
例えば白菜であれば、白くて丸く、鍋などに入れて食べるのが一般的ですが、花が咲くまでに成長すると、生で食べても美味しくなるのだそうです。
今までは農業には、3Kと呼ばれる「きつい、汚い、危険」というネガティブなイメージがあり、栗田さんのように「発想次第で、どんな野菜でも商品にすることができる」という視点を持つ農家は、ほとんどいませんでした。
それは、野菜を「作る」ことは得意でも「売る」ことが苦手な農家が多かったからだと考えられます。
決まった野菜を出荷すれば、販売に関することは農協や市場が請け負ってくれるため、自分が作っている野菜を消費者に「売る」ための技術は身につける必要はありませんでしたし、規格に合わない野菜を作っても、どのように消費者に届けたら良いのか、その「売り方」が分からない農家が多かったのです。
しかし、野菜の直売所の広がりやテクノロジーの発達により、市場に頼らずに農家自身で野菜を「売る」ための販路を開くことができるようになってきています。
実際に、海外の色彩豊かな野菜も取り扱っている栗田さんはホームページやSNSを利用して情報発信をしていますし、それを見た人がオンライン上で栗田さんの野菜を注文してくれることもあるそうなのです。
さらに並行して栗田さんは、月に2、3回、千葉県内や都内で行われているマルシェやイベントでの出店販売も行なっていました。
「僕がやっていることは、ミュージシャンと一緒だと思っていたんです」
「ミュージシャンって、ライブ会場で良いパフォーマンスをして、ファンの方にCDを買ってもらう。その繰り返しですよね」
「僕もほとんど一緒で、マルシェやイベント先で自分が作った野菜を切って食べてもらう。それでファンになってくれる方ができて、定期的に野菜を買ってもらえるようになったんです」
そのように、自分でお客さんのいる場所まで出かけ、パフォーマンスを続けてファンを増やしていくと、今度は口コミで、他のマルシェやイベントに呼んでもらえるという良い循環が起こりました。それを続けることで、個人配達で野菜を注文してくれるお客さんが増えていったのだそうです。
しかし、増えるのは都内のお客さんばかりで、四街道市のお客さんはほとんどいないという状態のまま、地元の畑で野菜を作り続けることに対して、徐々に疑問を抱くようになったと栗田さんは語ります。
「ミュージシャン型を続けていると、ぼくの畑はどこにあっても良いんじゃないか、っていうことになりますよね」
「でも、地域の方に『四街道には、キレドさんのこんな畑があるんですよ』って思ってもらえるような関係性になることが、一番の幸せなんじゃないかなって思い始めたんです」
そこで栗田さんは、畑という場所を介して、地元の消費者とつながるための活動をしていきたいと考えるようになったのです。
▼ 五感に対して働きかける畑という場所は、生産者と消費者、人間と自然などの関係性を生み出す、メディアのような場所になる
これまでの、イベント先まで自分で足を運んでいた出店販売とは違い、畑を利用して消費者にアプローチするためには、逆に畑まで足を運んでもらう必要があります。
もともと緑や大地がある広い空間を使っている畑は、人が集まる広場のような機能を持っているものの、普通に野菜を作っているだけでは、地域の人は訪れてくれません。
そこで、人を畑に呼び込むきっかけとして栗田さんが始めたのが、レンタルスペースの運営でした。
大家さんが使っていた家を、友人らと修理して作ったレンタルスペースは、ワークショップなどで使いたい方への貸出はもちろん、自分で行う料理教室でも利用したいと栗田さんは語ります。
「例えば、カレーとか、ベトナム料理のフォーとかって、トッピングするハーブで全然味が変わってくるんですよ」
「だから僕がハーブに合う料理を出して、参加される方は畑からルッコラでもパクチーでも好きに収穫してもらって、トッピングして食べてもらう。そんな風に畑を楽しんでもらえたら良いなって思います」
そのように、レンタルスペースでの活動を通して、実際に畑で野菜を収穫してそのまま食べてもらうことによって、野菜という食べ物を見直すきっかけができますし、生産過程を知ってもらうことで、農家という職に対する理解も生まれるのでしょう。
また、消費者に対して情報を発信する手段は多様化していますが、土の手触りや、懐かしい匂い、畑で採れた野菜をそのまま食べるという五感に訴える体験は、畑でなければ感じることができないモノです。
その意味で、生産者と消費者、人間と自然、などの繋がりを生み出す畑という場所は、農家にとって野菜を作るだけの場ではなく、消費者に対して活動を行う上で、重要な場所になっていくのではないでしょうか。
「畑は面白いところです」と語る栗田さんの笑顔が忘れられません。
□取材協力
キレド代表 栗田貴士
著者:早川直輝 2019/6/4 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。