女性作家の道を拓く、八王子のハンドメイドコミュニティ。「育児中の女性が陥りやすい、思考の癖・行動パターンを変えることから始めよう」
新宿から中央線の快速列車に乗って40分弱のところにある八王子駅。
高尾山のある街として知られる八王子ですが、街中には染物や織物などの小さな工場があり、今や地方でも見かけなくなってしまった養蚕農家も、この街では残っています。
しかし、世界的な技術力を持つ“ものづくり企業”が八王子にあることはあまり知られていません。
昔ながらの職人と新しい技術が共存してきたこの八王子で、「作り手としての道を歩みたい」という女性たちをサポートしているのが、八王子を中心とした女性コミュニティ「Honeycomb Stage+(ハニカムステージ)」(以下、ハニカムステージ)。
ハニカムステージを創設・運営してこられた小金沢一実(こがねざわひとみ)さんは、実はハニカムステージを立ち上げる以前から、この街の保育サポートを充実させるために働きかけていた女性です。
2012年にハニカムステージを立ち上げた小金沢一実さん
「私自身、妊娠まで苦労の連続ですごく望んだ出産だったのに、小さい子どもは気軽に預けられないし、思うように出かけられなくてストレスで苦しい。実家暮らしの私がこんなに大変なら、身内が近くにいないママの子育てを応援しなくちゃと思い始めたんですよね」
最初は自身も幼い子どもを抱えながら、子どもの一時預かりをする市民グループの代表として活動をしていた小金沢さん。
そんなある時、親子が無料で遊べる広場を運営する委託事業を八王子市が公募するということになり、応募して見事広場をつくる権利を勝ち取った小金沢さんは、市内に「親子つどいの広場」をオープンさせました。
そこでスタッフとしても働き始めた小金沢さんは、広場に訪れる育児中の女性に「出産前はどんな仕事をしていたの?」と話しかけると、「出産を機にやめてしまった」「場所があれば今でも仕事をしたい」とためらいがちに返ってくる答えが心に引っかかるようになったそうです。
繰り返されるやり取りの中で、何か自分にできることがあるのではないかと考えるようになった小金沢さんは、女性が育児中でも仕事をできる場をつくろうと、女性のためのコワーキングスペースとしてハニカムステージを立ち上げました。
▼ 「作品が安すぎる!」という一言で目が覚めました。
「子育て中でも仕事をしたい」という女性のために立ち上げたコミュニティであるハニカムステージ。出だしの頃の活動について、小金沢さんは次のように言います。
「子育て中のママの夢を実現する場所をつくろうと思ったんです。よく“化学変化”って言いますが、人と人との出会いがいい仕事につながる、そんな場になるようにとコワーキングスペースをつくったんですね。ところが始めてみたら、当時、『女性で、フリーランスで、コワーキングスペースを使って仕事をする』という人が八王子にはほとんどいないとわかったんです。」
「1年目にして店舗運営をどうしようかという話になったときに、それが逆に『自分が一生やっていきたいことは何か』を考えるきっかけになりました。私はもともと被服学科を出ていることもあり、ものづくりにはずっと何かしらの形で触れていたい気持ちがあったんです。それで2年目からハニカムステージをハンドメイドメインの女性コミュニティへとシフトしました。」
作家さんはみんな一人で悩みながら作っている…。「手づくりの輪を広げたい」とハニカムステージは再スタートを切った。
ハンドメイドにフォーカスするようになったハニカムステージで、小金沢さんから「作品が安すぎる!」と言われて衝撃を受けたというのは、現在ビーズ織り作家として活躍している中村夏子さん。
ハニカムステージのワークショップで講師デビューをし、八王子だけでなく首都圏の他の街でもワークショップなどを開催するようになり、ネット販売や企業への作品レシピの提供も手がけるなど、作家として活動の幅を広げてきました。
作り手を目指す女性が集まるコミュニティとなったハニカムステージで会員として積極的に関わってきた中村さんですが、それ以前は、ママ友が開く自宅マルシェで作品を販売するくらいだったそうです。
中村さんは次のように言います。
「買いに来るお客さんがママ友だったり幼稚園つながりのお友達だったりすると、『安くていいもの、安くて可愛いもの』をみなさん求めているので、価格の高いものの販売はなかなか難しいんですよね。」
中村夏子さん「最初の頃、『趣味ならいいんじゃない』って主人にも言われました。でもある程度売り上げが出るようになったら『やるじゃん』と認めてくれるようになりました。」
「自分でもこのままでは価格があげられないなっていうのは、薄々わかっていたんですけど…。『自分はプロではない』という言い訳とか甘えみたいなのもあったと思います。でも、自分が真剣にやっていないことは、周りだって趣味の延長としてしか見ることができないんですよね。自分から『価値のあるものです』ときちんと言えるようになりたいと、努力するようになったんです。」
“育児最優先”というのを心に据えて育児の隙間時間にものづくりをしている女性にとって、「自分はプロとして仕事をしています。」と言うのはとても難しいことです。
そうした気持ちの部分がつくられてしまうのには、実は育児環境における女性同士の、「○○ちゃんのママ」というお互いに対する見方も大きく影響しているのかもしれません。
近頃よく聞かれる行動経済学では、例えば5000円のものが売られていたとして、価格の脇に「通常価格9800円」と書いてあるだけで、そのものがより価値あるものに見えて買いたくなるというような、経済行動の中で人の陥りやすい心理的な罠のようなことが研究されています。
「○○ちゃんのママ」という印象がお友達価格につながってしまうのもそうしたパターンの一つなのかもしれませんが、そこから抜け出すには自分自身の思考の癖に気づかされ、それを変える以外にないのでしょう。
▼ 八王子で培った自信を武器に「東京ビッグサイト」で出店!
昔からガッツのある熱い個人店主や作家の多い、八王子。
ハニカムステージでワークショップを開き、作品を見てもらう機会も増え、「プライドを持ってやってもいいのではないか」という気持ちがムクムクと湧いてきた中村さんは、東京ビッグサイトやパシフィコ横浜などの大きなイベントに出展するようになっていきます。
「全く知り合いが来ないイベントでも私の作品を買っていただけて、認めてもらう機会が増えたことで更に自信に繋がって、胸を張って『この作品はこの価格の価値があります』と言えるようになりました。」という中村さん。
ハニカムステージという場は、自分にとっての“ブースター”だったとして次のように述べていました。
「SNSもあまりやりたくなかったのが、ハニカムステージで背中をどんどん押されるので『しょうがない、やってみよう』となり、アメブロも最初は全然できなかったけれど、やっていくうちになんとなくこなせるようになって…。」
中村さんの作品たち。縦糸と横糸で織る、一粒ずつビーズをつなぐ、あるいはレンガ状に半分ずつずらしながら模様を編むなど、ビーズ織りでは形を作る方法も、模様を作る方法もさまざま。
「とにかく試してみて、『やってみてるよ』と報告できる場がある。発破をかけてくれる人がいて、進捗状況を報告できる。外部のそういうブースターみたいなものがないと、自分一人ではできないですよね。ハニカムステージが私にとってはそれだったんです。」
ある時、中村さんは作品を販売委託しているお店のオーナーさんから、「作家さんは、売れないのは作品が良くないからだと思ってる。だからもっと良い作品にしようって思うだろうけど、私たち売る側はどうしたら売れるかを考える」と言われたことがあったそうです。
ハニカムステージに飛び込んで以降、ものづくりに関わっている人たちに出会い、それぞれの考え方を知るようになったという中村さん。
「自分の商品を客観的に見たり、どういうイベントに出るべきか、どういうふうに知ってもらっていくかみたいなことが大事だったんだと思います。」と話していました。
▼ 子どもと一緒にモールで過ごすばかりでは、新しいことは何も始まらなかったと思う
八王子でイベントに出ている姿を子どもに見られるのは、ちょっと面白いと言う中村さん。「一番最初に作品を見て評価をくれるのが子どもです。インスタもフォローされています。」
作品の見方について、小金沢さんは「作家さんと違う視点を持てるのは、私が作家じゃないからだと思うんです」と言います。
色々なものを見てきた経験から、ものの適正な価格であるとか、作品をどのように見せたらいいのかをつい考えてしまうと話す小金沢さん。そちら側の視点も大事だと作家さんに伝えていくことが、ハニカムステージにおける自分の役割なのではないかと。
そしてここ数年、ハニカムステージからは、「安くて可愛い」から脱け出した作家さんたちが着々と成長し、八王子の街のイベントに、街の外のイベントにとどんどん巣立っていっています。
ママの集まるハニカムステージは、作り手と目利きの集まる女性コミュニティへと進化した。現在はオフィスを持たず、会員制度のコミュニティとして運営しています。
「子どもが小さいうちは郊外のモールなどで買い物を済ませてしまうような生活でしたね。」という中村さん。
その気になれば、たくさんの作り手や個人店の方々につながる八王子でも、買い物や用事を一箇所で全て済ませたい子ども連れの女性の場合、大きなモールなど、なんとなく自分にとっては無機質な場の方に習慣的に通うようになってしまうのかもしれません。
八王子のイベントに出て作家さんやその知り合いの方ともつながるようになった中村さんは、個人店の多い八王子の駅周りに行くことが増え、今では八王子の呉服店に商品を置かせてもらえるようになりました。
そして自分でも着物の楽しさに目覚め、また新たな世界が広がり始めているそうです。
▼ 近江商人の「三方よし」のように、仕事とはみんなが幸せになることをすること。
「I❤八王子」と書かれたTシャツとか着ていそうな、八王子愛溢れる地元民が多いという八王子の街。
「やっぱり家族の理解が一番大事。家族を一番に考えながらもプロとして活動する女性が増えたら、みんなが幸せな未来に向かって進んでいけると思います。」
この街のこれからをそう思い描く小金沢さんのように、出産をきっかけに、家族の幸せ、周りの幸せへと思いが広がっていく女性はきっと少なくないでしょう。
小金沢さんは次のように言葉を続けます。
「子どもを持つと視野が広がりますよね。つい、この先の世界平和を願ってしまいます。子どもが大人になって子どもを作る時代までちゃんと平和な世界であればいいと思います。そういう意味で、子どもを持った母親は強く、優しい。近江商人の『三方よし』のように、みんなが幸せになることをするのが仕事ですよね。」
ハニカムステージでは、夏休みなどに親子向けのワークショップも開催しています。
そこでは時折、親御さんが子どもに「あなたにはまだ無理よ」と話しかける様子が見受けられるのですが、実際に子どもに任せてやらせてみると、子どもは瞬きを忘れるほどの集中力を発揮して丁寧に手を動かすのだそうです。
自信を持つことの大切さを知っているハニカムステージの作家さんたちは、「親が思うほど子どもはできなくない」ということを示しながら、ものづくりを通じて子どもの中にも「できる」という自信を育てることができるのかもしれません。
“ライフシフト”という言葉が話題になりましたが、八王子のハニカムステージのような女性ならではの思考の癖・行動パターンに「安すぎる!」と喝を入れてくれるコミュニティが同じ街にあるだけで、女性はもっと自分らしく、自信を持って人生をシフトしていけるのではないでしょうか。
かつて海外に輸出するための絹織物を八王子から横浜の港に運んだ「シルクロード」と呼ばれる道も残っているという、織物産業が盛んだった街、八王子。
2019年3月、街の魅力を一言で表す「ブランドメッセージ総選挙」投票が行われ、八王子を表すメッセージが決まりました。
「あなたのみちを、あるけるまち。八王子」
八王子はこれからますます、育児中の女性も「○○ちゃんのママ」としてだけでなく自分の道を歩もうと、背中を押される街になっていくことでしょう。
⬛️取材協力
「Honeycomb Stage+(ハニカムステージ)」代表 小金沢一実
ビーズ織り作家 中村夏子
著者:関希実子・早川直輝 2019/6/27 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。