柏市の女性消防チーム「助けを呼ぶ人は男女半々。助ける側が男女半々でも不思議ではありません。」

消防本部は全国に728ヶ所ありますが、そのうち女性職員がいるところは約70%。つまり、210ヶ所の消防本部には、女性職員が一人もいないということになります。

その一方で、女性職員の割合が全国平均の2倍に近づこうとしているのが、千葉県柏市消防局です。

2018年、柏市で消防隊員や救急隊員を務める女性職員が集まり、「にじいろ救命女子」というチームが結成されました。

現場の女性隊員13名で発足した「にじいろ救命女子」。「に」「じ」「い」「ろ」は、「にこにこ笑顔で、情熱と、癒しの心で、老若男女に安心を」を意味する。

今回お話をうかがったのは、「にじいろ救命女子」の髙澤さんと垣崎さん。ともに二児の母であり、産休育休を経てご活躍されています。

柏市で女性職員のみなさんがどのように働いているのか、次のようにお話されていました。

「消防署には、24時間勤務という、消防や救急の現場に出る仕事があります。この勤務体系で務めている女性は、他の地域では少ないんですが、柏市では24時間勤務に就いて現場で働いている女性が多いのが特徴です。」

「私たちが入った16年前、柏市で初めて女性が現場の仕事に配属されたんですね。当時、女性が現場に出るのは、全国でも珍しいくらいに早かったんです。」



柏市では女性が現場に出るようになって配属されるごとに、その署に女性のためのシャワー室や仮眠室が設けられていきました。出産しても24時間勤務を続けられるように、「ここに保育園があったらいいよね」という声も聞かれるようになりました。

柏市では昨年の1年間だけで、救急車の出動件数が20,000件を超えているとのこと。

消防車や救急車で駆けつける現場の仕事は、ハードな仕事のようなイメージがありますが、柏市で現場に携わる女性職員が集まって意見を出し合った中では、「仕事において女性だからって困ることはない」というのが共通していたそうです。

髙澤さんは次のように言います。

「患者さんを持ち上げて搬送するとか、荷物を持ち上げるとか、そういった場面で心配されるんですね。女性なのに大丈夫なのかしら、務まるのかしら、と。」

「『男性と同じ訓練をして、同じ知識・技術を持ってやっています。だから安心してください』と、市民のみなさんに伝えたいという気持ちは大きかったですね。」

「にじいろ救命女子」の髙澤さん(右)と垣崎さん(左)。ずっと現場に出ていたけれど、昨年から配属先が変わり、現在はそれぞれに救急隊員、消防隊員のサポートをする業務についている。

共働き世帯の割合が専業主婦世帯の倍となり、夫婦のどちらも働いているのが一般的になったためか、「出産しても続けられる仕事」として、時間や場所にしばられにくいフレックスタイムやリモートワークに注目が集まっています。

しかしながら柏市消防局では、女性が24時間勤務に就き、現場で働いてきました。

そんな柏市消防局では女性職員が出産しても辞めずに仕事を続けており、その蓄積で女性の割合が増加しています。

▼ 火災・事故が起きてしまった後だけではなく、起きる前にどう守れるかっていうのも、私たちの仕事



2018年、発足にあたって「にじいろ救命女子」は、記者会見を開くなど積極的にPR活動を行った結果、新聞各社によって報じられ、市内で配布されている広報の紙面でも3ページにわたって紹介されました。

そうして市民にその存在が広く知れ渡った今では、保育園や小中学校、あるいは赤ちゃんのいる親が参加する育児講座で話をして欲しいという要望が、「にじいろ救命女子」宛に届くようになっています。

例えば、幼児の窒息事故を防ぐというテーマがあったとして、「にじいろ救命女子」のメンバーが実際に現場であった生の体験を話すことにより、危険だということがより効果的に伝わるのだそうです。



育児講座に呼ばれた際には、消防士の着用するおなじみの防火衣の幼児サイズのものを持参したりするそうです。「なければないで成り立つけれど、あったらみんなが楽しめる」機転のきいたアイデアによって、講座のことが参加者のSNSでも広まっています。

東京に通勤しながら、新居を構えて暮らすファミリーの多いベッドタウン、柏市。

この街に暮らす人の“安心”をつくりたいと、垣崎さんは次のように言いました。

「昔だったらおじいちゃんおばあちゃんが近くに住んでいたりしたと思いますけど、今では多くが“家族ひとりぼっち”。」

「大変な困っている現場に行くのが、消防のやりがいではあるんですけど…。でも、困ったことになる前に市民と笑顔で接することができるのも、この仕事のやりがいなのかなと思います。」

「消防の仕事は困った時じゃなくて、困る前にできることがある。保育園などで講座をしていると、『AEDを使うときに女性の下着ってどうしたらいいの?』など、女性同士だからこそ聞きやすい質問も出てきます。」

お節介な親類も隣人もいない家族が暮らす都会でも、まるで地域の年長者から生活の知恵を語り継がれるように、地域の消防職員から街の人々に伝えられることがたくさんありそうです。

▼ 守られるのは女性だけではありません。男性も守られる存在なんです。

42万という人口を抱える柏市。つくばエクスプレスの「柏の葉キャンパス駅」周りなど、マンション開発が進む。

女性の深夜勤務ができるように法律が改正されたのは25年ほど前と、まだ比較的最近のことであり、多くの消防局では今も女性が現場に出るものではないという空気があるのかもしれません。

しかしながら、16年前から女性が現場で活躍してきた柏市では、女性職員たちが仕事をする中で、女性であることを意識することはあまりなかったのだそうです。

髙澤さんと垣崎さんは、次のように言います。

「採用に女性枠があるわけではないですし、男女区別なく入庁します。入ったら入ったで、仕事では男女同じ扱いをされます。」



髙澤さんは言います。「24時間勤務では夕食をみんなで作ります。カレーも20人分で作ると美味しいですよ。短時間でできる栄養満点なレシピを、にじいろ救命女子のブログで紹介していきたいです。」

「女性として、男性として、というのはないんですね。守られる側の市民も女性だけではなく、男性も守られている。例えばセクハラだって、女性だけではなく、男性に対しても同じことですよね。」

「助けられる人だって、男性半分、女性半分。だったら助ける側に女性が半分いても不思議じゃないと思います。」

柏市消防局では政府の目標である女性職員の割合5%に手が届くところまで来ていますが、髙澤さんと垣崎さんは、それでもまだまだ少ないと語気を強めました。

「にじいろ救命女子」は全国的に知られるようになり、地方から講演に呼ばれるようになった。話を聞いた青森の女性が今年、柏市消防局に入ったという。

思えば、かつては“女性の権利を”と叫ばれていたフェミニズムにおいても視点は変わり、“男性が泣くことができる社会を”という考えが浸透しつつあります。

何か女性として特別なことをしているわけではないけれど、「にじいろ救命女子」のメンバーが救急の現場にいるだけで緊張が和らいだり、「いてくれてホッとした」と言われることがあるそうです。

もしかしたら、女性だけではなく男性にも平等に守られている意識が育つことによって、本当に誰もが安心して暮らせる街へと近づくことができるのかもしれません。


◼️取材協力

柏市消防局 救急課 消防司令補 髙澤夏子さん

東部消防署 消防管理室 消防士長 垣崎香苗さん


著者:関希実子・早川直輝 2019/8/6 (執筆当時の情報に基づいています)
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