貸し出しを行わない、亀有の子どものための図書館。「図書館にある”出会い”は本だけじゃない」

東京都葛飾区のなかでも、有数の商業地域である亀有。駅の南北に商店街が伸び、下町の雰囲気を醸し出す一方で、再開発によりショッピングセンターなどの大型施設も点在しています。

駅南口を降り30秒ほど歩くと顔を出す「リリオ館」という駅前ビルも、そんな再開発によって1996年に建てられたものですが、2018年4月に7階が大きく生まれ変わりました。

そのなかで現在、多くの地元住民に利用されているのが、「絵と言葉のライブラリー ミッカ」と名付けられた、子供のための図書館なんです。

子供の五感に訴えかけるような仕掛けが施された館内。先が見通せないよう、あえて死角をつくることで「わくわく感」をつくっているといいます。

16歳以上の単独入館が禁止されているミッカ。初めは母子が多かったものの、徐々に父子も多くなってきた。

「大人だけの入館は禁止」という従来の図書館とは異なるコンセプトを掲げているこのミッカについて、館長の山本曜子さんにお話を伺いました。

子どもを対象としている理由には「人生の早いうちから本の魅力を知ってほしい」という大前提の他に、「出会い」という要素も関係していると、山本さんは次のように語ってくれました。

館長の山本曜子さん。葛飾区、UR都市機構、新都市ライフホールディングス等とともに、ミッカ開設の中心人物として尽力。

「図書館て、”接点”が多い場所なんです。とくに最近の子どもの場合、学校・習い事・家で生活がループしてることが多くて、”出会いの場”が限られてしまっています。でも、図書館には、無数に本があるのはもちろん、普段出会うことのないまちの大人や、違う学校の子がいたりしますよね」

「ミッカは小さな施設ですし、大人の単独入館は、セキュリティ面で難しいこともあるので、こちらで”面白い大人”、例えば落語家やお笑い芸人、スポーツ選手さんなどをゲストに招いて、定期的に接点をつくってるんです」

「繋がりをつくる場というのは他にもあると思うのですが、それ自体が目的化されているとどこか不自然で。でも『本』が中心にあると、自然な居場所ができるんです」

▼ ”禁止サイン”がないのは、子供たちと個別に向き合う機会をつくるため。

ミッカの中心にあるシアタールームでは、毎日絵本の読み聞かせが行われる。

子供を対象としているだけに、一般的にイメージされる図書館の秩序を維持するのが難しいように思えますが、なんとミッカには「大声禁止」「走行禁止」などのいわゆる“禁止サイン”がありません。

にも関わらず、目立ったトラブルなどがあまり起きないのは、「無干渉」なのではなく、「発想の転換」を図ったためだと山本さんは言います。

「ニューヨークの公園に行ったときに、『Smell flowers』というサインを見たんです。これは『禁煙』を訴えるものなんですけど、『花の香りをかごう』というポジティブな意味で禁煙を促しています。そうやって全く違う視点に誘い出すサインに、やられたと思いました」

禁止サインがないため、開業当初は廊下を走り回る子供も多くいたそうです。しかし直線だった廊下に家具や植栽を置いてジグザクにしたり、ラグを引いて居場所にしたり、つまり「空間のコントロール」である程度事態は収まったそうです。

色塗りや絵描きができる「アトリエ」につながるギャラリー。テーマごとに変幻自在なスペース。

それでも収まらない事態が起きた場合、ミッカでは直接注意すると言います。一律に規制するのではなく、その個人の性格を見極め、適切な方法で個別に話をする。

「スタッフ:お客さま」だけではなく「人:人」の関係を築いていくことで、きちんと話し合えることも増えるそうなんです。こうしたことを続けていると、ある変化が訪れたと山本さんは話します。

「『禁止サイン』という一律な存在がないことによって、子どもたちが個別に状況を判断するようになったんです。こっちで静かに本を読んでたら、アトリエにいって喋るようになったり。思いやりのアンテナが立っていくようになりました」

このような一風変わった取り組みが多くあるなかで、棚づくりや選書の基準もミッカ独自のものなんです。

通常、公共図書館では「日本十進分類法(NDC)」と呼ばれる国が定めた基準によって分類し、管理しています。ですがミッカではこの方法を用いず、例えば図鑑の隣に詩の本があったりと、視点や興味が縛られないための、独自の棚づくりを行っています。

全く異なるジャンル同士が隣り合う本棚。なかには漫画本なども並ぶ。

リーディングルームに置かれる色彩別に分けられた書籍の数々。

また本自体についても、「絵と言葉のライブラリー」という名のとおり「絵と言葉の本(絵本、漫画、図鑑、写真集)」だけをセレクトしていると、山本さんはその基準について語ってくれました。

「選書の基準の一番に『設定された正解がない本』というのがあります。『〇〇を目指そう』というような特定の目標に誘導していくものよりも、純粋に作者の表現を楽しめるような本を選んでいます」

「だからこそ『子供向け』ということにもこだわっていなくて、映像技術に関する本とか、ある種、大人向けの本も置いています。子供は『なんの意味があるの?』と考えるよりも、理解を飛び越えて感覚で楽しんでしまうので、どの層が対象になってるかというのは二の次なんです」

▼ 「貸し出し」は行わない。同じ本がどこでも手に入る時代だからこそ、その”場所”が大事になる。

このように独自の基準で選ばれた本ですが、図書館の最大の特徴とも言える「貸し出し」はやっていないのだそうです。その理由について山本さんは、以下の通り語ってくれました。

「貸し出すとなると、システムを導入して、本に管理シールをつけてカバーを貼って…とコストが膨らむうえに、本の並びや手触りに統一感が生まれ、発色も変わってしまう。その本の個性を封じ込めてしまうように感じたんです」

本棚のなかには、月に一回ほど設定されるテーマごとに並べられた書籍もある。

「それに、いま日本の本が海外に流通したり、その逆もしかりで、さらにインターネットで、同じ本がどこでも手に入る。だからこそ、ミッカという場の意味を強める必要がありました」

昔から図書館が好きだったという山本さん。ですが、その価値に改めて気づいたのは、東日本大震災だったと言います。

「あの瞬間、年齢も地位もお金も関係なく、互いに助け合わなきゃいけない状況になりましたよね。人と人の垣根がなくなり、フラットになった」

「そのとき、むき出しの自分の無力さと、辛い状況の中でシンプルに想い・想われることの小さな幸せを何度も感じました。しばらくして自分が何をしたいのか考えていたとき、図書館を思い出したんです」

「図書館には誰がいても不思議じゃない。全てが個に帰還するこの時代だからこそ、人々をフラットに受け止める器として価値があるって」

以前は金融業界で働いていたという山本さん。図書館開設への経緯は”縁”だったそう。

もともとは全く関係のない業種でサラリーマンをしていたという山本さん。東日本大震災を機に退職し、様々な出会いを経て、リリオ亀有のリブートプロジェクトの中心として「全く新しい図書館」の設立を進めてきました。

開設から1年半が経過したいまでは、「週刊ミッカ新聞」や「恋のお悩み相談所」など、子どもたち自身が考えた企画が沢山走るなど、子どもの創造性が育つ環境になってきています。

いまだに成長し続けるミッカですが、今後は一層「人:人」で子どもたちと触れ合えるようになっていきたいと、「駄菓子屋」を例に語ってくれました。

取材中に駆け寄ってきた子どもと、同じ目線に立って話す山本さん。

「駄菓子屋さんって、究極の公的空間だと思うんです。子供はお菓子を買うというワクワクと同時に、そこが居場所になる。カウンター奥に座ってるおばあちゃんは、『店員』という認識よりも『おばあちゃん』。そこに『お菓子』があるから、自然にその空間が人々の受け皿になる」

「だからミッカも、『スタッフ』ではなく『おばちゃん』とか『おばあちゃん』とか、そういう風に、もっともっと子どもたちとの垣根をなくしていきたいんです」

これまでに掲げた取り組みの他にも、アトリエでワークショップを開いたり、企業や団体と連携してギャラリーの展示会を開いたり、と数えきれないほどの仕掛けを用意しているミッカ。

それらの積み重ねによって、お客さんから「子どもの感性を磨く場所」「クリエティブな子どもを育てる施設」と評されるようになるなど、図書館の枠を大きく超えた全く別の施設になっているんです。


【アクセス】

東京都葛飾区亀有3-26-1 リリオ館7階

JR亀有駅南口より徒歩30秒ほど

【取材協力】

絵と言葉のライブラリー ミッカ 館長/山本 曜子さん


著者:清水翔太 2019/8/22 (執筆当時の情報に基づいています)
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