時速2kmで青梅のまちを歩く「行商をしている今の自分が、一番真っ当な仕事をしている気がします。」
奥多摩方面へ、新宿から電車でおよそ1時間のところにある青梅(おうめ)のまち。
青梅駅近くにある「cafeころん」は、西多摩初のクラウドファンドプロジェクトとして100人以上の方の支援をうけ、50名を超えるボランティアが関わってつくられたレンタルカフェです。
リノベーションされた古民家がもとになっている「cafeころん」の敷地内に足を踏み入れると、庭の大きな木にはツリーハウスがつくられ、昭和レトロな映画看板が板塀に飾られていました。
映画看板のまちとして20年間青梅を支えていた、青梅生まれの看板絵師 久保板観(くぼばんかん)さんが昨年亡くなられた。その作品を保存するために、映画看板を飾る板塀がつくられた。
ボランティアを募ってDIYを重ねてきたこの場所の主催者は、青梅を拠点にリヤカーでシフォンケーキの行商をしている久保田哲さんです。
5年前、「cafeころん」を開くプロジェクトを考えた当時を振り返り、久保田さんは次のように言いました。
「すごい勢いで、まちからどんどん人がいなくなって行くのを感じたんですよ。サラリーマン人口が増えても、昼間のまちの人口って増えないんですよね。ぼくがリヤカーを引いている時間に人がいないとぼくは生きていけない。そういう人って他にもいて、自営業の人なんですよね。」
「自営業の店にお客さんが来るようになると、店に行くまでの動線でぼくとも出会うような形になる。それで、お店をやりたいと思っている人がやってみられる場として、『cafeころん』をつくったんです。」
遠くは静岡からレンタルしに来られるという「cafeころん」。
レンタル契約をした人は自分で借りたい日を押さえるシステムで、土日の競争率が高く、平日は別の仕事をしているけれど次の夢としてカフェをやりたいという人が利用することが増えてきています。
▼ 「飲食店は3年で7割つぶれる」本当に勉強しなければならないことは、美味しい料理を作ることではなくて、お店を回すこと。
「cafeころん」を借りる人たちはまず、「私のつくるものを食べてもらっていいのだろうか」というところからスタートし、だんだん店のイメージができてくると、「本当に大金をかけてお店を出してもいいのだろうか」と悩むようになっていくそうです。
久保田さんは、そうした不安は大抵“的外れ”だとして、次のように言いました。
「飲食店は廃業が多い業界だっていわれています。3年で7割潰れるっていうんですよね。不景気だからっていうのももちろんあるんですけど、圧倒的に多いのがものを知らないではじめちゃうことだと思うんですよ。」
「お店をやるということは、美味しい料理を作る仕事だと思われている。それは料理人の話であって、お店を経営する人の話ではないんですね。本当に勉強しなければならないことは、美味しい料理を作ることではなくて、お店を回すっていう、経営を勉強することなんです。」
久保田さん。ぼくはカフェで何のメニューが出ているか知りません。衛生管理とかはしないといけないですけどね。お店を始めて1年くらい経つとお客がつき始めて2年で人気店になる人もいます。それでも結構早いペースだと思うんですよね。」
「例えばサラリーマンで仕事を始めると、最初はコピー取りから始めて、少しずつ仕事を覚えていって大きなプロジェクトを任されるようになります。でも、自営業ってそのプロセスがないんですよ。」
サラリーマンのように自営業を始められたら、とスタートした「cafeころん」。
実際にお店を試してみて、「なんでこのお客さんは2回目も来てくれたんだろう」といったことからコンセプトを磨いてマーケティングの手法も試し、2年3年と経営の勉強を積んで自分の店をオープンした人が、これまでに3人ほどいらっしゃるそうです。
▼ どれだけたくさん人がいても、目的を持って歩いている人ばかりのまちでは、行商は成り立たない。
「cafeころん」を起点に、DIYで敷地全体をデザインし直してきたこの場は2018年あたりから「ぼくらのひみつ基地」と呼ばれるようになり、まだまだ進化過程にあります。
「ひみつ基地」という名前にはどのような思いが込められているのか、久保田さんは次のようにお話ししてくれました。
「やっぱりチェーン店でもなんでもない小さなお店が残っていくためには、口コミがすごく大事。そして口コミがおきるって物語性だと思うんですよね。」
「ここはDIYで数百人がこれまでに関わっている。そういう意味ではひみつではないんですよ。ここのひみつっていうキーワードは『ひみつ基地をつくろうよ』っていう意味。手作り空間がだんだん広がっていって、日替わりのカフェがあって…。いろんな入り口があるといろんなストーリーが生まれて口コミが生まれるんじゃないかな、と。」
久保田さん「『ひみつ基地作りたいんですよねー』って業者に頼むことはないじゃないですか。廃材とか集めて自分たちで作るからひみつ基地なんですよ。」
リヤカーで行商をしている久保田さん自身、毎日ルートを決めずに気分で歩くようにしており、「シフォンケーキを売っているリヤカーを偶然見つけた」という物語性をとても大事にしています。
リヤカーで歩いていると「待ってー」と追いかけられると語る久保田さん。
JR中央線で都内に1本でアクセスできるところにありますが、久保田さんは「青梅のまちは、時間軸がすごくゆっくりな気がする」と、言葉を続けます。
「行商を始めた頃、最初はわからないから人が多いところに行ってたんですけど、全然売れなかった。人はいるけど、目的を持って歩いている人しかいなかったから。それが青梅にきたら、人は少ないのにえらい売れる。みんなゆっくり歩いていて、『あんた何しているの?』と声をかけてくれる。」
「気にかけてもらえたり、気にかけたり。ソフト面でそういうところのある人が多い気がしますね。年配の人が多く、芸術家も多い。都内に出やすい環境で、この環境は青梅特有なんですよ。保守的な人の隣に斬新な人が住んでいる。」
青梅では古い路地裏に、ポップな看板やサインが溶け込んでいる。
5月の青梅大祭など伝統文化がしっかりと守られ、路地裏があちこちに残る、青梅のまち。
その一つ一つの家を眺められるような、時速2kmのスピードでリヤカーを引いてまちを歩いて来た久保田さんは、のちに一緒にDIYをしてくれるようになる建築家と出会ったり、おばあちゃんが守って来た家に芸術家が入ったり、目的のないところから生まれる出会いや発見を楽しんでいます。
▼ 億のお金を動かすサラリーマンの仕事は続けられなかった。「ずいぶん難しくなってきましたね、真っ当に生きるって」
手作りオブジェなど、ここにしかない世界観が広がっている「ぼくらのひみつ基地」。カフェコロンのほか、2階に映画上映のできるレンタルスペース「おうめシネマ」があり、1階には有機農家「ヤナガワファーム」の事務所と直売所と、鍼灸院「カラコロ堂治療院」が入っている。
行商というと堅実な仕事というイメージに直結しなさそうですが、もともとはサラリーマンをしていたこともある久保田さんにとって、今の行商という仕事が「一番真っ当な気がする」そうです。
久保田さんはその理由を次のように言いました。
「『生業(なりわい』という言葉が好きですね。『生業』って、そんなにワクワクするものではないけどそれなりに楽しい、ということを毎日ちゃんと続けることだと思う。」
「朝シフォンケーキを焼いて、地べたを歩いてリヤカーで売って、たまに行きつけの飲み屋で一杯ひっかけて帰る…っていう日常を続けて生きられることがすごく大事。そういう仕事をしてちゃんと暮らしていける社会を作ることが大事なことだと思うから、そのためにもぼくはこの仕事を続けないといけない。」
「サラリーマンをしていた頃の、億単位でお金を動かして億単位で儲けるっていう仕事は面白いけど続けられる仕事ではなかったんですよね。ギャンブルみたいで。」
「今日のように、この炎天下を4、5時間歩いた後に飲むビールと、クリックして儲けたお金で浴びるほど飲むシャンパンだったら、ビールの方が断然うまい。誰も不幸にならないし」
久保田さん「行商って時速3km越えると売れなくなるんですよ。時速2kmの世界って、ぼくはある気がしているし、目的を持って歩いていない人しか気がつかないものもある。変な人にはリヤカーで会いますしね。普通にサラリーマンやっててリヤカーやってる人に声かけないでしょ?」
「ずいぶん難しくなってきましたね、真っ当に生きるって」という久保田さん。
子どもたちにも、このまちで自営業をするという将来の選択肢を増やしたいと、次のように言いました。
「サラリーマンになれない子どもっていうのは一定数、必ずいると思うんですよ。そういう子どもたちの受け皿になりたいですよね。リヤカーを引きたければ引けばいいんです。」
「毎週月曜日、幼稚園に出店しているので、その子たちは自営業を目の当たりにしてるんですよね。リヤカーを引いてみたりして。街を歩いていてもそうですよ、子どもたちがゾロゾロついて来て、俺が引くんだと。壊れるもんじゃないからね、リヤカーだから。そういう体験をして、将来、選択肢の中に残ってるといいですよね。」
主催者がリヤカーで行商をしているためにほぼ不在状態の「ぼくらのひみつ基地」。
保守的でありながら新しいものも好きという青梅の人たちから、「だんだん受け入れられている気もするし、絶対受け入れてもらえない気もする」と久保田さんは言います。
しかし、いろんな人が入ってきて、新しい人間関係が生まれ、そこからプロジェクトが立ち上がり、「次は何が始まるんだろう」という期待を青梅のまちの中に生み出してきました。
建物に自分を合わせるのではなく、自分に合わせて建物を変えていく。それは、仕事に自分を合わせるのではなく、自分に合わせて仕事を変えていいのだという生き方についてのメッセージにもつながっています。
⬛️取材協力
シフォンケーキ屋「ちゃんちき堂」 久保田哲さん
著者:関希実子・早川直輝 2019/9/5 (執筆当時の情報に基づいています)
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