一日一個、自然を感じるルーティーンを入れる…イバフォルニア・プロジェクト「街は電車の沿線じゃなく、海辺にあるべきだ。」

上野からJR常磐線特急に乗り、勝田駅でひたちなか海浜鉄道に乗り換えて、のんびりと海を眺めながら数駅越えてたどりつく、海辺のまち。

茨城県ひたちなか市の阿字ヶ浦は、80年代には、一夏300万人の海水浴客を集めたとして有名な海水浴場でした。

しかしながら、常陸那珂港(ひたちなかこう)の開発によって砂浜の浸食が進んでしまったこと、全国的に見られる日本人の「海水浴離れ」、そして2011年の東日本大震災の影響もあり、阿字ヶ浦に訪れる人は全盛期の3%にまで落ち込んでいます。

ひたちなか市の街中から、海辺のまちを巡っていくひたちなか海浜鉄道。「阿字ヶ浦駅」はその終点。近くに花畑で有名な「国営ひたち海浜公園」がある。

そうした中で昨年、まちの若い世代を中心に立ち上がったのが、「イバフォルニア」プロジェクト。

そこに込められているのは、カリフォルニアのように、季節を問わず、人々がランニングしたり、散歩をしたり、昼寝をしたり、楽器の練習をしたり、子供が遊具で遊んでいたりする…「海辺を、ただ当たり前のように人が集まる空間にしたい」という思い。

まず、プロジェクト最初のイベントとして2019年5月に開催されたマーケットには、目標としていた出店数の倍近い、57もの店が集まったそうです。

マーケット出店者は、ほとんど市内や近隣の方。8月には15時からスタートのナイトマーケットが開催された。続けることによってマーケットが宣伝をせずとも知れ渡り、定着していけばと考えている。

阿字ヶ浦で続いてきた民宿「満州屋」のご主人、小池さんは、立ち上げ当初からのイバフォルニアに参加してきて、クラウドファンディングによってついにマーケットが実現したことを、次のようにお話されていました。

「マーケットのためにお金も必要だったんですけど、それよりも、ここで地域のために頑張ってるよっていうことの周知を図ろうと…。僕らと一緒に活動してくれる人がいたらいいな、趣旨に賛同して一緒に頑張ってくれる仲間を見つけたいなっていう思いがあったんですよね。」

「クラウドファンディングでいただくコメントを見ていると、阿字ヶ浦に思い入れがあるという人がたくさんいたんですよ。それぞれの心の中に残ってる阿字ヶ浦があって、出資してくれる方が多かった。最盛期から40年近く経っているので、そういった人たちが阿字ヶ浦を忘れないうちに、こういう取り組みができてよかったなっていうのがすごくあります。」



小池さんは言います。「個人的には、イバフォルニアという名前をあまりかっこいいと思えなかった。どこかの真似事になっちゃうとオリジナルを超えられないから。でも、イバフォルニアって覚えやすくて、キャッチーなんです。『なんかイバフォルニア、だんだん馴染んで来たな』ってなっていったんですよ。」

クラウドファンディングは目標額の150%を達成。マーケットにはビーチファッション、クラフト雑貨、マッサージ、クラフトビール、ヨガなど、様々なショプが立ち並び、訪れた人の数はなんと、2日間で約3000人にもなりました。

「たまたま来た」という地元の人が7割を占めていたにもかかわらず、砂浜に座っておしゃべりをしたり、昼寝をしたり、ワークショップを楽しんだりと、2、3時間ほどゆっくり過ごしていく人がたくさんみられたそうです。

▼ サーフィンのできない海だけど…。「海でのんびりすると、ゆとりとか幸せが生まれると思うんです。」



阿字ヶ浦のあたりは、同じひたちなか市内の勝田地区がもともと日立製作所の企業城下町であったこともあり、まちで暮らしている人は海が好きで移住してきたわけではありません。

そうしたこともあって、これまで阿字ヶ浦では、海を楽しむ地元の人はそれほど多くないと思われてきました。



しかし、今回のマーケットで砂浜でのんびり過ごす人々を目の当たりにしたイバフォルニアチームは、海と触れ合いたい人がまだまだいるんだという、ポテンシャルを感じたそうです。

小池さんは次のように言います。

「ゆったりのんびりしてもらえるような環境をこちらで提供してあげれば、来た人はゆっくりしてくれる。ゆっくりしてくれることで、その人の生活にゆとりが生まれたり、より幸せになる。そうしたら『また海行こうかな〜』ってなる。」

「ピースフルで家族にも優しいビーチをつくりたい。若い人のやんちゃな雰囲気を敬遠して、海に行かないっていう意見も結構あるんです。」

安く簡単にお店を出せるように、使われていない海の家を長屋みたいに区分けしてミニモールにする、という話も出ている。

「僕たちは自営業というのもあって、普段からゆるく過ごしているんですよ。それを実践してみせることによって、『みんな、そんなにあくせく働かなくても、ゆっくりのんびり阿字ヶ浦で人生楽しんだらいいんじゃない?』っていう提案をしていきたいですね。」

「観光客が来ることによって地元の人が地元を見直すってこともあるんですけど…。地元の人に関心持ってもらって、地元に愛されている場所は観光客の人にもメリットがあると思うんですよ。」

店主もみんな、ゆったりとして明るい、イバフォルニア・マーケット。

マッサージやエステなど、街中のマーケットにはなさそうなお店が阿字ヶ浦のマーケットでは多くあり、「波音が聞こえる場所でやりたい」「海の近くでお店を出したい」という潜在的な声を引き出すことにもなりました。

そういう人たちが「やりたくてもツテがない」と諦めることのないように、昔から地元で商売をしてきた小池さんたちが、地元の地主さんとの間に入ったりしていきたいと考えているそうです。

▼ 海に入らなくていい。海辺でのんびり過ごせるイベントや環境をつくっていく。

マーケット以外にも、芝生を植える、キャンプ場をつくる、犬のイベントをするなど、やりたいことは山盛り。イバフォルニア・プロジェクトは現在、メンバーを絶賛募集中。

マーケットを開催するにあたり、「阿字ヶ浦の海にはいかないけど、イタリアの海には行った」という声も聞かれたそうですが、実際、イバフォルニア発案者のチームメンバー、小野瀬さんも、オーストラリアで出会った海辺の文化から地元の阿字ヶ浦を変えようと思い立ったそうです。

小野瀬さんは、次のように語ります。

「オーストラリアも寒い時期はあるけど、年中ビーチに人がいますね。朝起きて自然と海沿いを歩くだけでも気持ちよくて、すれ違う人に『ハロー』って笑いかける。全然知らない人でも友達みたいに…。」

「朝起きて仕事に行って、ご飯食べてテレビを見て寝る、みたいなライフスタイルが今の主流。全然面白くないじゃないですか。そこに、朝起きてビーチ沿いを散歩するっていうルーティーンを入れる。毎日の中に一つ自然を感じる場面を作るだけで一日が全然変わる。小さいことを気にしなくなる。」

歩道があって、公園があって、ヤシの木とかリゾートを彷彿とさせる景色がある、そういったまちづくりをしたいという小野瀬さん。「つまらない今を変えたい。」

「自然は素晴らしいとか、人生は素晴らしいとか。みんな知ってるんだけど、恥ずかしくて言えないじゃないですか。でも、そういうのを堂々と言って生きる方が絶対に気持ちいい。海外で出会う人にそういう人間が多かったんですよね。」

「電車の沿線に人が集まるんじゃなくて、街は海にあるべきだっていう思想というか…。そういうことを発信して、共感してくれた人たちで仲間をどんどん増やして、もっとストレスのないようなまちにしたい。」

2018年は数人しか集まらなかったランタンナイト。イバフォルニア・ナイトマーケットと合わせて開催された2019年、台風で天気があやしいにもかかわらず、地元の人が多数集まった。

「ビルの中ではなく、自然の見える所で働きたい」と、あちこちから人間の本音が聞こえてきているイバフォルニア・プロジェクト。

イバフォルニア・プロジェクトがスタートしてから、阿字ヶ浦で古くから海の家をやっている人がマーケット出店者に間貸をするなど、海水浴場の常識が少しずつ変わり始めているそうです。

“明るくてルーズ”といわれてきたカリフォルニアの人々ように、海辺にいるだけでなんとなく一日楽しい気持ちで過ごせたら、人は十分幸せなのかもしれません。


⬛️取材協力

「イバフォルニア・プロジェクト」小池伸秋さん、小野瀬竜馬さん


著者:関希実子・早川直輝 2019/9/19 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。